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89 私と冬と時計屋 2

昨日の続きです。

「折角こんな所まで足を運んでくださったんです。よろしければお茶でも飲んでいかれませんか?」


辺りはだいぶ暗くなっている。窓から見える景色はいつの間にか夜の帳に包まれ、オレンジの灯りがより輝きを増していた。本当はそろそろ帰らないといけないんだけど…。

私はふと手に持っていた籐かごの存在を思いだした。


「それでは…お言葉に甘えて少しだけ…」


店主は再びにっこりと笑うとドアの外にCLOSEの看板を下げ、ドアの明かり窓のカーテンを閉めた。


「ちょうど閉めようと思っていたので…。さあ、そこに座って待っていてください」


店主に勧められたソファーに腰を下ろし、改めて店内を見回す。この間来た時は昼間だったから気がつかなかったけど、夜にも関わらず明るい室内になんだか違和感を感じた。通常であれば壁際に備え付けられているろうそく立てにあるべきものがない。その代わり、店内に吊るされたいくつかのランタンから放たれる白光がやけに眩しい。


「なに、あれ?電球?まさかね…?」


当たり前だがこの国には電気はない。だから夜の明かりはろうそくと相場が決まっている。それは貴族の屋敷でも同じ事。だけどこれは…。


「お待たせしました。お口に合うといいのですが」


店主がトレーに黒いティーセットを持って現れた。お茶と言っていたけどこの香りは…まさか。


「あの私もこれ…。お口に合うといいんですけど」


私は持ってきた籐かごを店主に差し出した。店主は受け取り、かかっていたフキンを外す。


「これは…『アルテイシアの星』ですか?」

「はい、ちょっと早いんですけど…もしよろしければ召し上がってください」


中身は星形に型抜きしたクッキー。祭り用にデコレーションを施しそれなりにかわいく仕上げたつもりだ。しかもこの国特有の硬めで甘さ控えめなものではなく、バターと砂糖をたっぷり加えサクサクホロホロの食感に仕上げた特別製。試食をさせたセシリアから取り上げるのに苦労したくらいだから味の方はきっと問題ないだろう。

店主はクッキーを一つつまむとおもむろに口に運んだ。


「どうでしょう?甘すぎますか?」


店主が目を瞑ってゆっくりと味わう。咀嚼し飲み込むまで彼は何も言わない。そしてゆっくりと目を開いた。


「これはお嬢さんがお作りになったんですか?」

「はい。この国の定番のものとは少し違いますが…」

「大変おいしいです。こんなにおいしいクッキーを食べたのは初めてです。この食感…。噛んだ瞬間、口の中でホロホロと砕けてしまってあっという間になくなってしまいましたよ。ここだけの話、私はあの硬いクッキーが苦手でして…。甘みも少ないのでいつも飲み物に浸してからでないと食べる気にならなかったんです。でもこれは…、いくらでも食べられますね」


店主は目を細めて二つ目を口に運んだ。


「私のような者に『アルテイシアの星』を…。まだお嬢さんとお会いするのは2回目ですのに…」

「回数なんて関係ありません。初めて会って時から私はご店主の事が大好きになりました。この星は大切な人にお渡しするものですから。ご店主は私にとって大切な方です」

「…光栄です。ありがとう、お嬢さん」


店主がなんだかしんみりとした顔をする。


「ああ、お茶を入れますね。と言ってもお茶ではないのですが…。コフィアと言うもので、最近は専らこっちを好んで飲んでいるんです。お口に合えばいいんですが」


店主はポットから深めの黒いマグにコフィアを注ぐ。この香りは…絶対間違いない!


「少し苦いので…お好みで砂糖やミルクを入れてください」


その店主の言葉を最後まで聞かず、私はカップのコフィアをブラックのままグイッとあおった。


(これ…っ!間違いない!コーヒーだ!!)


久しぶりのコーヒーの味の余韻に浸る。前世の私はコーヒーが大好きだった。一日に10杯以上は飲まないとやってられないくらいの中毒だったのに、この世界に来てから一滴たりとも飲んではいない。今までは特に何とも思わなかったけど、この香りと味を思い出しちゃったからにはもう昨日の自分には戻れない。

まさかこの世界でもコーヒーに有りつけるなんて夢にも思わなかった。

その感動にいつまでも浸っていると、


「お口に合ったようですね。よかったです」


と店主に笑われた。


「最近、馴染みの商人から譲り受けたんですが…これはいいですね。お茶のように渋みがなく独特の香りと苦みが癖になります。少々値は張りますがね」

「そんな貴重なものを…ありがとうございます」

「いえいえ。おそらく今後、流通が拡大し安く手に入れられるようになると思いますよ。ヴェルナー男爵領のへイデン商会が商っているんですが…あそこは良心的ですからね。あ、もしお気に召したようなら少しお持ちになりますか?」


店主がにこやかに勧めてくれる。私はしばし言葉を失った。


「…いえ、へイデン商会なら知り合いがおりますので…。何なら私が月一でこちらにお届けに上がりますよ」


へイデンさん…。こんないいモノ商ってるんだったら、もっと早く私にも教えて欲しかった。


「そうなんですか。お嬢さんはお顔が広いんですね」


とにこやかに感心してくれた。




次回90話は明日19時頃更新予定です。

時計屋のおじさまのお話もう少し続きます。


本日も最後までお読みいただきありがとうございました☆

また明日もよろしくお願いいたします。

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