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88 私と冬と時計屋 1

ちょっとクリスマスっぽい話になります。

王都に初雪が舞う。

ここロクシエーヌ王国にもようやく本格的な冬がやってきた。


私は厚手のコートの上に巻いたストールの首元をしっかりと握りしめながら一人、足早に夕刻の平民街を歩く。吐く息が白い。凍り付く前のうっすら積もった雪に足跡を残しながら滑らないよう慎重に歩く。行先である職人街はもうすぐそこだ。


この時期、王都はいつも以上の賑わいを見せ人々の活気も満ち溢れる。街の至る所ではオレンジ色の灯りがまばゆく輝き、大通りや広場にはこの時期だけのマーケットが数多く立ち並ぶ。飲食店に工芸品、みんなが手にしているマグに入っているのはおそらくホットワイン。元成人の私の喉がグビリと鳴った。


(おいしいんだよね、ホットワイン。甘くてちょっとスパイシーで体を芯から温めてくれて…。でもいけないわ、ステラ…。あなた15歳なんだから。この国ではお酒は18歳から。あと3年の辛抱よ…。ああでも、長い…長すぎる)


そう自分に言い聞かせる。


今、このロクシエーヌ王国は「聖女祭り」と呼ばれる祭りの真っただ中だ。イメージとしてはクリスマスみたいなものを想像してくれたら間違いない。

その昔、この国の魔を浄化してくれた「聖女アルテイシア」の功績を称え、初代国王が制定したという由緒ある祭りだそう。この賑わいはおよそ一月ほど続き、祭りの最終日には「アルテイシアの星」と呼ばれる焼き菓子を大切な人同士で送り合うという何ともロマンチックな祭りなのだ。


私はようやくたどり着いた職人街の時計屋「クロノール」のドアの前に立つとそっと扉を引いた。カララーンと小気味いいドアベルの音が店の主人を呼ぶ。奥から出てきた主は前回と同じく穏やかな笑みで私を迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなお品をお探しでしょうか?」

「あの、先日こちらで眼鏡を購入させて頂いたんですが、覚えていらっしゃいますか?」


店主は片眼鏡(モノクル)を外すと私の顔をじっと見る。そして柔和な顔でにっこり笑った。


「もちろん覚えていますよ。いかがでしたか?送り主には気に入って頂けましたか?」


私は彼の前に歩み寄ると深々と頭を下げた。


「ごめんなさい!実は…」

 

私はあの眼鏡が送り主の手を離れ人手に渡ってしまった事、今はどこに行ってしまったのかわからない事など話せる範囲で説明し、謝罪した。


「ご店主が思いを込めて作った大事な品だったのに…、本当にごめんなさい」


私は再び深く頭を下げた。

店主がフーッと大きく息を吐いた。

呆れられちゃったかな、と思ったが店主の言葉はそうではなかった。


「それを言うために、こんな雪の日にわざわざいらして下さったんですか?」

「はい…」

「あなたがこの店を訪れない限り、もう私とは会うこともないでしょう?それに私とあなたは売り主と買主です。買った者が品物をどうしようとそれはあなたの自由です。それをなぜ?黙っていれば私には知りようもない話なのに…」

「そうかもしれませんが……」


私は一旦言葉を切った。


「私自身、あの眼鏡がすごく気に入ってたんです。友人に似合うと思ったのももちろんですが、あの細工の素晴らしさに私が魅了されました。それなのに…行方がわからないと聞かされて…すごく残念だったんです。それにご店主にも申し訳なくて…。だからきちんと謝りたいと思ったんです」


スチュアートから質に流したと聞かされてからずっと心がモヤモヤしていた。


「大事に使ってもらえると思ってたのに、突然知らないところに連れて行かれて…あの眼鏡も悲しい思いをしてるんじゃないかなって思ったらなんだか胸が痛くて…」


何件もの質店を回って探してみたけど結局あの眼鏡は見つからなかった。もし今、別の誰かの手に渡ったとして大切にしてもらえてるんだったらいいんだけど…。


「あなたはあの眼鏡の身を案じていらっしゃるのですか?」


店主が少し驚いたような声を上げ、真面目な顔で私を見つめる。


「昔…祖母に言われたことがあるんです。どんなモノにも魂は宿る、たとえお米一粒にだって神様はいるんだよって。だからどんなものでも大切にしなきゃいけない、そう言われて育ちました。それ以来一度自分の手に渡ったものはどんなものでも幸せになって欲しいと思っています」


これはソフィアおばあちゃんではなく紗奈の祖母の教え。祖母の口癖は「八百万(やおろず)の神様はどこにでもいらっしゃる。いつも紗奈を見てるからね」だった。おばあちゃんは亡くなるまで古いモノに囲まれて生活していたが、それらは常にきちんと手入れ大切に扱われていた。知らず知らずのうちに私の心の中にもその考えは根付いている。

店主は薄い顎髭を人撫でするととても優しい顔で微笑んだ。


「あなたのおばあ様はとても素敵な事をおっしゃる方だったのですね」

「はい。大好きなおばあちゃんでした」

「眼鏡の事はどうぞお気になさらないでください。きっとまたどこかで新しい出会いがあるはずですから。あなたにこんなに心配してもらっているのですから、きっと素敵な主に巡り合えるでしょう」


茶目っ気たっぷりにウインクする店主に、私の顔も自然にほころんだ。






次回89話は明日19時頃更新予定です。

今日の話の続きになります。


世間はそろそろクリスマスに片足を突っ込む季節ですね。

私事ですが今年はケーキを4個も注文させられました。全部家用です。4人家族です。

1人1ホールの計算ですね(^^)


昨日に続きブックマーク登録ありがとうございました。

だいぶ長くなってきましたので時間はだいぶつぶせると思います(笑)

皆様の連載のついでに少しずつお読みいただければ光栄です。


本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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