78 オレと秘密と「白き乙女」
「バカみたい」
容赦なくなじる言葉に反論する気すらおきない。
「だから言ったでしょ。嫌われちゃうわよって」
クローディアが偉そうに腕と足を組み、ジトっとした目でオレを見る。
「…うるさいな。誰のせいだと思ってるんだよ」
小さく反論した声は彼女の耳には届かない。
つらつらと並び立てる小言にうんざりしながらオレは視線を学舎へと向けた。
東棟の3階の一角。今そこにあいつがいる。おそらくあの子爵崩れと一緒なんだろう。
「はぁ…」
大きくため息をつくと左の頬にそっと手を当てた。あの時の痛みが未だに消えない。
即座にクローディアが「聞いてるの?」と噛みついてくる。
この中庭は秘密の話をするには絶好の場所だった。
元々人気の少ない場所ではあったが、仲睦まじく(見えるように)ベンチに座るオレたちのそばに誰も近寄ろうとはしない。それだけオレとクローディアの噂が学園中に浸透しているという事なんだろう。
「ほんとの事話しちゃえばいいのに。なんで黙ってなきゃいけないの?彼女そんなに口が軽いの?」
矢継ぎ早に質問され少しイラっとする。こいつは昔からこういうところがある。
「色々事情があるんだよ…。いいから…ほっといてくれ」
「なによ、イライラしちゃって感じ悪い…っ!だからステラ嬢にも嫌われちゃうのよ」
クローディアが心底嫌そうな顔でオレを見る。
「うるさいなっ!言われなくても分かってるんだよ!っていうか誰が聞いてるかわからないんだからちゃんと猫被ってろ!」
そこへ、
「アレン、クローディア様」
長い黒髪をなびかせてヴィクターが木の陰から姿を現した。
「あら、ヴィクター。ごきげんよう」
「…少しお時間を?」
「ああ、かまわない」
ヴィクターが少し離れたところからオレたちに向かって話しかける。
「調べてみたが、2年にスチュアートという名の生徒はいなかった。クラレンス家の子息も2年前に卒業しているし、他に息子はいない」
「じゃ、あいつは誰だ?」
「おそらく本人だろう」
「つまり歳を誤魔化して学園に忍び込んでたという事か?」
ヴィクターが静かに頷いた。
「スラムのゴロツキと付き合いがあるっていうのも本当のようだ。ヤツの素行は子爵も匙を投げている。早く爵位を返上して楽になりたいと周囲に漏らしているらしい」
「子が子なら親も親だな…」
オレはハァーと息を吐いた。
ヤツの目的は初めからステラだった。それはおそらく間違いないだろう。
あんな借金まみれの小者がステラに近づく理由…。
ステラには商会を通じて手にした有り余る個人財産がある。その情報はこの学園の人間だったら誰でも知っているし、商業界でも有名な話だ。だからそれ目当てで近づいたとしてもなんらおかしい話ではない。でも本当にそれだけなのだろうか…。
「……」
嫌な予感がした。
もしかしたら「やつら」が既に動き出しているのかもしれない。
「…あいつらの動きは?」
オレはヴィクターに尋ねた。
「今はまだ表立った動きはないな。王太子が隣国に視察に行っている最中だ。おかしなマネはしないだろう」
ステラの力が徐々にではあるが解放されつつあることを先日のアンダーソン家のバザーで確信した。
おぼれて意識のない少女を救った彼女の力。
「白き乙女」のみが持つ「治癒」と「再生」に特化した伝説の白魔法。
数百年に一度、このロクシエーヌ王国に現れるという伝説の乙女。
その存在はいつの世も秘匿とされ、王家と一部の貴族にのみ伝承として受け継がれてきた。その伝説の少女が今この時代に誕生した…。
その事実を知る者は今ここにいる3人の外はいない…。いないはずだ。そう願いたかった。
あの時、あの場にいた大半の人間は救命措置やら奇跡やらを信じただろう。
でもそれだけではおそらくあの子は死んでいた。
ステラが強く願ったであろう瞬間、二人の周りを白い光が取り囲んだのをオレは確かに見た。それはほんの一瞬の出来事で気づく人は皆無だろう。でももし、その中に彼女の力に…その存在に気付いた者がいたとしたら。そしてそれが「やつら」の手の者だったとしたら…。
「……っ」
考えただけで胸が軋む。背筋に冷たいものが走った。
あいつには指一本触れさせない…そのためにオレはこの世界に転生したのだから…。
あいつの身に危険が及ぶような者が現れれば容赦なく切り捨てる。
オレはこれから先幾多の血で汚れるであろうその右手を静かに眺めた。
今日もここまでお読みいただきましてありがとうございました。
次回79話の投稿ですが申し訳ありません…ストックが完全に切れてしまったため明日の更新は無しとさせてください。
更新報告は随時、活動報告とTwitterでさせていただきます。(予定では月曜日19時希望です)
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次話はステラがスチュアートと直接対決です。ステラに命の危機が…的なお話になるかと思います。
よろしくお願いします(^^♪




