74 私とスコーンと子爵の事情
スチュアートが連れてきて来てくれたのは王都の中心街にあるおしゃれなカフェだった。
「ここのアフタヌーンセットがとてもおいしいんだ。是非君にも食べて欲しいと思って」
スチュアートが幸せそうな笑顔でスコーンを口に運ぶ。その上にはたっぷりのクロテッドクリームとジャム。
「甘いもの好きなんだ?」
「うん、特にここのクリームは絶品なんだ。ほらステラも食べてごらんよ」
スチュアートが半分に割ったスコーンにクリームとジャムをたっぷり乗せて私の口元に運ぶ。
「はい、あーん」
「え…っ」
こんなとこで?!
私が躊躇していると彼は悪びれもせず、はいっ、と口にねじ込んできた。
「…むぐっ」
「どう?おいしいでしょ?」
「……お、おいしい…っ」
なにこのクリーム。濃厚なのにしつこくなくて甘さは控えめなのに物足りないとも思えない。最後に残るしょっぱさがすごくいい。
「これもいいけどサンドイッチもケーキもすごくおいしいんだ。久しぶりだからテンション上がるよ」
彼はケーキスタンドの料理を次々とお皿に取り分けて幸せそうにパクついている。
「よく来るの?」
「…昔はね。こんな高級店今の私じゃ滅多に来られないけど。でも、今日はどうしても君にここのお菓子を食べてもらいたかったんだ。その…ここのお菓子は元気をくれるから…」
「私のため…?」
「さっき…元気がなかったからね」
彼は自然な笑顔でコクンと頷いた。私は胸の中がジンと温かくなるのを感じた。
「あと…誘っておいてなんだけど、実は私、今日はそんなに持ち合わせがないんだ。だから割り勘でもいい?」
彼がこそこそと耳打ちをしてくる。私はフフッと笑った。
「だったらここは私が出すわ。私のために連れて来てくれたんでしょ?そのお礼って事で」
「いいの…?」
彼の顔がパァッと輝く。
「フフッ、いいわよ。何なら追加も頼んでパァーとやりましょ」
「く、くるしい……っ」
カフェのメニューの大半を食い尽くしたところで私たちは店を出た。お腹が今にもはちきれそうで空気を取り込む余裕もない。
「食べすぎちゃったね…」
スチュアートも同じように苦しそうにお腹を押さえている。
「うん…でも、今日はホントに楽しかった。ありがとう、スチュアート」
「…元気出た?」
「うん、もう大丈夫」
「よかった」
お腹をさする彼の眼鏡が微妙にまたズレている。
「ねえ、その眼鏡…」
そう言うと彼はああ、と言って眼鏡をはずした。
「この間、鼻あての部分が壊れちゃって…。結構使いこんでるからね。仕方ないんだ」
「思い入れがあるの…?」
「そういう訳じゃないけど…、まだ使えるから」
そう言って再び眼鏡をかけ直す。
「さあ、そろそろ帰ろう。急がないと寮の食事に間に合わなくなるよ」
「う、うん…。もう何にも入んないんだけど…」
満腹だった事を思い出して私は顔をしかめる。
それから顔を見合わせて二人で笑った。
「最近ステラの付き合いが悪い!!!」
恒例の夜のお茶会でシンディが大声を上げた。
慌てた私はセシリアと二人で彼女を押さえつけ黙らせる。
「夜なんだから!!あんまり大きな声出さないで!!」
「今度寮母さんに見つかったら反省文なんですから!!」
私たちは小声で怒鳴る。
「私たちに内緒で何やってんのよ!寂しいでしょ!!」
シンディが私を抱きしめスリスリしてくる。
「そうですわ。気がつけばどこかに消えてしまっているし…。いいかげん白状なさって」
セシリアが私のほっぺたをムギュッと両手で挟み込んだ。
「別に…っ、何にもしてないわよっ」
私は二人に最近の出来事を話して聞かせた。
「うーん…クラレンス家かぁ」
シンディが腕を組んでうなり声をあげる。
セシリアは何も言わず静かに紅茶に口を付けた。
「なに?なんかあるの?」
様子がおかしい。二人は顔を見合わせるとセシリアが口を開いた。
「正直、あまりいい噂を聞かないので…」
「そうなの?スチュアートは自分の事、没落子爵だって言ってたけどそれと関係あるの?」
シンディがスコーンに手を伸ばす。私が例のカフェでお土産に買ってきたものだ。
「没落云々というよりご子息の素行問題についての噂の方かな?」
「スチュアートの?!うそでしょ?」
あんな本ばかり読んでる彼のどこに問題があるというのだろう。
「そのスチュアート?かどうかはわからないけど素行に問題があるのは嫡男って話よ。確か2年位前に学園は卒業したはずだから、あなたの言ってる彼とは関係ないんじゃない?」
「嫡男…?」
あれ?確かスチュアートは自分のこと長男って言ってなかったっけ?
「ものすごい遊び人らしいわよ。元々クラレンス家は借金で首が回ってなかったけど、それに拍車をかけたのが嫡男だって噂なの。最近じゃ平民街やスラムのごろつきとつるんでるって、あなた…大丈夫?」
「クラレンス家って嫡男と長男は違うの?」
「さあ…、付き合いがないからよく知らない。調べよっか?」
シンディがキラキラした目でこちらを見る。
「…いい」
人の事をコソコソ嗅ぎまわるのは好きではない。だったら本人に直接聞くからいいと断った。
「まあ、付き合って特になる家でない事は確かね。あなたすぐにおかしなことに巻き込まれるんだから気を付けなさいよ」
次回75話は明日19時更新予定です。
本日もブックマークありがとうございました☆
活動報告に登場人物の紹介を載せました。
こちらは不定期ですが少しずつ紹介していけたらと思っています。
いずれまとめて本編中に投稿しようと思っていますので
ぜひお楽しみください。
本日も最後まで読んでいただきましてありがとうございました☆




