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70 オレとアイツと攻略対象者『ローレンス』

全身泥と埃にまみれ薄汚れたあいつの後ろ姿を、オレは黙って見送る事しかできなかった。

追いかけたところでなんになる。

捕まえて、抱きしめて、愛してると想いを告げて、その唇を奪えたらどんなにいいか…。



でも、それは叶わない。

オレにはその資格がないから…。

所詮オレは、()()()の男なのだから……。





ローレンスはオレの一押しのキャラだった。


どこか陰のあるヴィクターや甘えん坊キャラのルーカス、それにちょっと天然のアイツより、騎士という設定のローレンスに一番心が動いた。他のキャラクターより「普通の男」を押したキャラ設定に感情移入がしやすかったからかもしれない。

SNSではわんこキャラなんて揶揄されていたけど、オレは密かにローレンスみたいな男になりたいと思っていた。



《自分に正直に、主人公を真っすぐに愛する》



キャラ紹介にはそう書かれていた。

その言葉通り、彼は主人公「ステラ」ただ一人を真っすぐに愛していた。

大柄な鍛えられた体躯と甘いマスク、当時のオレにとってそれは単なるイラストでしかなかったけど、実際目の当たりにしてみると男なら一度は手にしたいと思う心身を持った男だった。

微笑みは甘く彼女を傷つける言動は一切しない。

主人公らしく無茶ばかりする彼女をその包容力で優しく見守り、傷つける相手が出てくればその剣で容赦なく打ち倒す。

糖度高めの甘いシーンでは常に主人公を赤面させ、同じ男としてよくこんな言葉が出るもんだと素直に感心した。

ゲームをやりこむうち、オレはローレンスのルートにのめり込んだ。




そんな奴のルート。

今度こそ、ステラはローレンスを選びハッピーエンドのルートに入るだろうと確信していた。


出会いのシーンこそ、アルフォンスに踏みつぶされる寸前だった事を省けば概ね成功だったと言えるだろう。

そもそもなぜあいつは毎度馬に踏み潰されそうになるのか。ゲームの設定では茂みから飛び出したきつね?だかネコだかイタチだかに驚いたステラがびっくりして転び足首をねんざ、それを偶然目撃したローレンスがお姫様抱っこで医務室に連れていく…。ただそれだけのストーリーだったはずだ。

咄嗟に突風を操って吹き飛ばしてしまったのは申し訳なかったと反省したが、そもそもなんであのタイミングで道をはみ出すのか、全く理解できない。前世でも死んだ理由は車に轢かれたからだったし、あいつの学習能力を心底疑う。

それでもゲームの世界より、実際のローレンスがステラに深く想いを寄せたように感じたのはあいつの力によるものなのか…。


今回はあいつも満更じゃなかったと思う。オレにとっては苦しい以外の何ものでもなかったけど、ローレンスと一緒にいるアイツは幸せそうに見えた。このままうまくいってくれ、そう願っていた。



それなのに……、ローレンスにはなぜか親の決めた婚約者がいた。



ゲームにはそんな設定はなかったのに。

しかも、ステラはそれを知るやあっさりと身を引き、あろうことか婚約者と友達になってしまった。




今回は変に介入するつもりはなかった。今までがそうであったように余計な手を回すとハッピーエンドが遠のく気がしたから。

ただ黙って静観するつもりでいた。今回に関しては何もしなくてもうまくいく、そんな自信がオレの中にあった。

だからオレは、敢えてあいつの前から姿を隠した。


それに、オレにはどうしても、この世界でやらなければならない事があったから。



けれど…



会いたいと思ってしまった。

姿が見たいと…声が聞きたいと…、そして髪の一筋でもいいから触れたいと…、そう思ってしまった。


夜も遅い時間だったので、寝つきのいいステラはおそらく眠っているだろう。

そう思った俺は寮の窓際まで枝葉を伸ばす欅の木に手をかけた。

窓のカギは開いていた。物騒だなと思いつつ音を立てないようにそっと開け、中をうかがう。


ステラは眠ってはいなかった。

ベッドの上に仰向けで大の字になる姿は子供の時から変わっていなかった。

思わず笑みがこぼれる。



その時…



「なんかちょっと寂しい…かも…」



ぼそぼそと、そんな彼女の声が聞こえてきた。



「なんで、寂しいの?」



声をかけるつもりなんてなかったのに、ついいつもの調子で聞き返してしまった。習慣というのは恐ろしい…。慌てて口を押えたが遅かった。

あいつに腕を引かれて室内に入る。つかまれた手の温かさに心臓がドキンと跳ねた。冷静さを装って、机に浅く腰掛ける。


そんなオレにあいつは言った。


「最近、アレンに会えなかったから…寂しいなって思ってたの」


オレは弾かれるように立ち上がると彼女の前に膝まづいていた。

思わず額にキスを落とすと、ステラはなぜか悲しそうな顔をした。

そして、そんな自分を取り繕うかのように口軽く今日の出来事を話し出した。


アンダーソン家のバザーを手伝う事になった事、ローレンスの婚約者、リリアとカップケーキを作った事、それをオレのためにわざわざ持ってきてくれたのだという事…。

手作りのお菓子を見ているうちに、ふと彼女のスキルが昨日今日で備わったものではないことに気がついた。

見た目は王宮のお茶会や王都のサロンで出てきてもおかしくはないレベル。こんな売り物のようなお菓子が作れるなんて…。

おそらくこれは前世の…紗奈の頃に身に着けたスキル。

前世でお菓子作りが得意だったのか聞くと、よく作っていたと答えた。


「オレは君の事…なにも知らないんだな…」


ついそんな言葉が口からこぼれた。

…好きだと言いながらオレはこいつの事を何も知らない。そんな自分に腹が立ち絶望した。

こいつの苦しみも孤独も何も知らず、ただ自分の気持ちを持て余し、想いを告げる事も出来ず逃げて…逃げて一生を終えた。

そんな俺がただの「アレン」という従僕に生まれ変わったのは当然の報いなんだろう。



(オレはローレンスの足元にも及ばない)



そう思う自分が情けなかった。

あいつの顔をまともに見ることができなかった。オレは居たたまれず逃げるように部屋を後にした。








アンダーソン家のバザーには、どうしても行かなければならない理由があった。

押し付けられた仕立てのいい衣服に身を包みなるべく人込みにまぎれた。

どうしてもあいつに会う訳にはいかなかった。



それなのに…、池でずぶ濡れになったあいつを見て思わず駆け寄ってしまった。

子どもを命がけで助けたと聞いて胸が張り裂けそうだった。

お前にだけには死んでほしくない。だから無茶はしないでくれ。そう言いたかった。


でもあいつは、そんなオレの前から逃げるように走り去った。

泥に汚れた手袋とコートを見て今の今までこの胸の中にあいつがいたのだと実感した。



残るはあと一人。

これが上手くいかなければ、最悪の事態に備えて動かなければならない。

例え、この国も根幹を揺るがすことになっても。

例えオレが、死ぬことになったとしても…。



オレはたった今までいたあいつのぬくもりを確かめるように、その両腕を強く抱きしめた。




ローレンス編、一段落しました。

次回以降新しいキャラクタ―が登場します。


という事で、少しお話づくりに時間を頂きたいので次回は週末投稿とさせていただきます。

おそらく土曜の19時には更新できるかと思います。

更新情報はツイッターでお知らせしていますのでよろしければそちらでご確認ください。

(活動報告に載せました)


時間があれば登場人物のまとめなんかも載せたいなと思っています。

今回もお付き合いくださいましてありがとうございました。

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