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6 私とワゴンとフレンチフライ

改稿しました。話の大筋は変わっていません。文章を見やすくしました。(2021.3.8)

「はい、みんな注も~く!!」


小さなワゴンを取り囲むように子どもたちが集まる。


「今みんなに食べてもらったのはフレンチフライっていうの。ジャガイモを油で揚げて塩で味付けした物なんだけど、これを広場や街中(まちなか)で売ってもらいます。小さい袋は銅貨3枚、大きいのは銅貨5枚。一日の手間賃は銀貨1枚よ。更にこの木箱一つ売り切る毎に銅貨1枚を追加するわ。一日の終わりに一番多く売った子には特別に銀貨をもう1枚追加よ。ジャンジャン売ってきてね!」


わーっと歓声が上がる。今日集まってくれたのは5人程のスラムの子ども達。もっと声をかけたのだけど半信半疑で断られてしまった。まあ最初はこんなもんだろう。気長にいこう。




この広場の使用許可は予め男爵様にお願いしてきちんと取ってもらった。もちろん場所代もきちんと払う約束だ。男爵様はいいっておっしゃってくれたけど、そういうことはきちんとしておくのに越したことはない。


広場の中央にワゴンを設置し次から次へとポテトを揚げる。


通りかかった人たちが興味深げに立ち止まったり、遠巻きに様子を窺っているのがわかる。ワゴンの傍ではアレンが輝くような笑顔を振り撒きながら近くの人たちに試食を勧める。


(アレンってば、なかなか自分の使い方が分かってるじゃない)


アレンの笑顔につられて主に女性客、中には男性客も吸い寄せられるように試食に手を伸ばす。末恐ろしい12歳だ…。


試食した人たちから「あら!おいしいわ!」とか「あつっ!うまっ!」とか好意的な声が上がる。ふふっ、そうでしょう。一口食べてもらえればこっちのもの。この味の虜にならない人なんている訳ないんだから。糖と油は中毒性が高いの。病みつき必須!おイモは正義!!


遠巻きだった輪が徐々に小さくなる。気が付けばワゴンの前には長い行列ができていた。


記憶が戻るまで全く気にしたことがなかったんだけど、この国のおイモの調理方法は「蒸す・煮る・焼く」の3パターンしかなかった。確かに油は高級品だから、こんな贅沢な使い方庶民には思いつかないのも当然だけど、男爵家でお世話になっていた時にも揚げ物料理は一切出てこなかった。なんてもったいない。人生絶対に損してる。



前世で死んだ理由もイモ。今回事故にあったきっかけもイモ。そしてフレンチフライもイモ。




イモ、いも、芋…。




そう。皆さんもうお気づきかと思いますが、私この世の中で一番好きな食べ物がおイモなんです。

なんなら主食も副菜もデザートも…全部おイモでいい。


なんでこんなに()()()()のか全くわからないけど、これは前世で渡瀬紗奈だった頃からずっと変わらない私の嗜好。


赤ちゃんの離乳食でジャガイモのおいしさに目覚め、幼稚園のお芋ほりで農家の嫁になると宣言。小学校の自由研究でジャガイモを育て、中学で近所の農家で収穫のお手伝い。高校の夏休みには地方の農家に住み込みのバイトに行って大学ではアメリカの巨大農場に短期留学…しようとして流石に親に止められて断念。そして29歳のあの日、ハッシュドポテトと共に生涯を終えた……。まさにイモと共に生きイモと共に死んだ人生だった。


だから好きな事で楽しくお金を稼げたらいいなぁと考えて思いついたのがこのワゴン販売だった。





一斉に散らばっていった子どもたちが我先にと戻って来ては次を持って走り去る。勝ち負けを争わせない子育てなんて流行った時代もあったけど、やっぱり競争心っていうのは大事だと思う。スラムで生き残るためにはそういう力がないと文字通り生きては行けない。


とはいえ、このペースで売れ続けると私の方が追い付かなくなる。なにぶん調理1人vs売り子6人だもの。私も負けるわけにはいかない。


そこからは一進一退の攻防が続く。どうにか私が逃げ切って、日が傾く前に今日持ってきた材料分はすべて完売することができた。なんか顔中がテカテカしてる気がする…。



みんなの頑張りもあって今日の売り上げはなんと銅貨500枚以上。

これはスラムの住人にとってはすごい事だ。銅貨一枚稼ぐのに子どもたちは毎日、足を棒にして鉄くずやごみを漁る。それでも買えるのは硬いパン一つがいいところ。それを家族で分けて食べなければいけない日もあるのだから、お腹なんていっぱいになる訳がない。


「ステラねーちゃん、すごいね!!私、こんなにたくさんのお金初めて見た!!」


今回最年少の6歳で参加してくれたアンナがキラキラした目で銅貨を眺めている。

アンナは孤児で兄のジョアンと二人、街はずれのあばら家で暮らしている。雨がしのげればマシなくらいの粗末な小屋は嵐でも来れば吹き飛んでしまうだろう。


「うん。私も初めて見たよ。はい。これはアンナの稼ぎ。今日はよく頑張ったね。お疲れ様」


私はアンナの手にピカピカの銀貨を乗せてあげた。それを不思議そうに見つめている。


「これ…アンナの?」


私が黙って頷くと、アンナの顔にぱぁぁと笑顔が浮かんだ。


「お兄ちゃん!!これ、アンナのだって!!ステラがくれた!!」


嬉しそうに兄のジョアンに抱き着く。


「うるさいなぁ。オレも貰ったし!っていうか貰ったんじゃなくて、これはオレたちの稼ぎだから!貰って当たり前の()()()()()なの!」


恥ずかしいのかジョアンがちょっと乱暴に怒鳴る。


「お兄ちゃんも貰ったの?よかったねぇ」


アンナがニコニコと笑いながらそう言う。


「だから…っ!!貰ったんじゃなくて、稼ぎなんだってば……」


語尾が少しずつ小さくなる。現在反抗期真っ最中のジョアンも妹には敵わない。


「いいじゃないか。そういう事にしといてやれよ。よかったなアンナ」


参加者の中で一番年長のミハエルがアンナの頭をポンポンと撫でる。


「今日は声をかけてくれてありがとう。まさかこんなに稼げるなんて思わなかった。お前、すごい事思いつくな」


ミハエルとは今日が初対面だ。同じスラムの住人と言っても年も違えば生活スタイルも違う。知らない人間がいるのも当たり前だ。


「こちらこそ参加してくれてありがとうございました。私もまさかこんなに売り上げられるとは思ってなかったのでびっくりしました。みんなが頑張って売ってくれたおかげです。ありがとうございました」


「よせよ、敬語とか。まあ、これを機会に仲良くしてくれ。あ、こいつも一緒に」


ミハエルが隣にいた少女の肩を抱く。名前はドナというらしい。二人は幼馴染だそうだ。



売り上げを改めて数えてみると相当な額になった。銅貨に混ざった銀貨を拾い出し、歩合の銅貨と合わせてみんなに手渡す。各々が嬉しそうに初めての手当てをじっと眺めている。


(あーなんか思い出すなぁ。私も初めてバイト代貰った時、こんな感じだったかもしれない)


初めてのバイトは中学の時。母の紹介で近所のジャガイモ農家のお手伝いをさせてもらった。


(封筒でお給料を手渡しされた時なんかすごく胸がいっぱいになったっけ。あの時は嬉しかったなぁ)


一生懸命頑張って、頑張った分きちんと評価してもらえる事がわかれば次も頑張ろうって気持ちが大きくなる。モチベーションって大事なんだよね。


案の定、子ども達はキラキラした顔をしながら明日もやる!と言ってくれた。


「残念ながら明日はお休みよ。次は三日後」


えーっ!と不満の声が上がる。まーね、そう思うわよね。


「材料はたくさんあるのに、なんで?」


アレンも首を傾げる。


「たくさん売れたとはいえ、今日買ってくれたのは街のほんの一部の人でしょ?この味を知らない人はまだたくさんいるわ。でも街は広い。この広場で売ってるだけじゃ短期間で町中の人にこの味を知ってもらうのは難しいと思うの。だからね、今日のお客さんにはその人達に宣伝をしてもらうの、タダで」


今回売ってみてお客さん達の反応は概ね良好だった。間違いなく噂にしてくれるだろうし、なんなら次回もリピートくれるはず。この国ではワゴン販売自体見かけないし、食べ慣れた食材で目新しい食べ物を知れば誰だって自慢したくなる。それを聞いた人は自分も食べてみたくなる。いわゆる口コミってやつだ。


もう一つは購買欲を煽るため。

フレンチフライは前世でも老若男女、万人受けする料理だった。とはいえ毎日食べたいかと言われればそんなことはない。毎日売っていたら明日でもいいかと思う人が必ず出てくる。まあ、私は毎日でも食べたいけどね。とにかくあの時食べたあれがまた食べたいなと思い出し、確実に買わなくては食べ損ねると思わせるには三日くらい空けるのがちょうどいい。



ここまで一気に喋り倒して、ハッと我にかえる。


アレンが呆然とした顔で私を見ていた。子ども達は頭の上に?を浮かべながら全員がアハッと笑顔を浮かべている。わかんないよね、ごめん。



「と…とにかく次は三日後っ!それまでに売り子を手伝ってくれそうな子は声をかけてみて。但し15歳以下の子どもだけ。大人はダメよ」


「なんで?」


「…めんどくさいから」


大人は余計な損得勘定が働くからね。お子ちゃまの私には対処しきれない。


「じゃ、解散!」



気がつけば日も傾き始めていた。

因みに今日の売上トップはアレン。ご褒美の銀貨はアレンのものになった。




おはようございます。

次の更新本日19時を予定しています。

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