67 私とローレンスと告白
放課後。
一度寮に戻り、昨日作ったカップケーキを持ち、私はローレンス様が所属している馬術部の練習場に足を運んだ。
寮の裏手の林を抜けそのまま真っすぐ進むと学舎の裏手に出る。その先の開けた場所が練習場になっているのだとリリアが教えてくれた。
言われた通り進んでいくと多くの生徒が馬術服に身を包み部活動に勤しんでいるのが見えてきた。
(思ったよりたくさん人がいる…)
令息が多いのは当然として数人の令嬢が混ざっていることに驚いた。私は柵の近くに寄ってローレンスを探した。
生徒はみんな同じ馬術服を着てるので、アルフォンスを探した方が早いかも…。私は柵に足をかけ伸びあがると馬場内に黒馬を探す。
たまたま近くにいた令息たちが私を見て何かを話している事に気がついた。
こんな格好で来ちゃったから目立っちゃってるのかな、と思い自分の服装を見る。
落ち着いたエンジのワンピース。ぶっちゃけ泥がついても目立たないような色味を選んできたつもりだったんだけど、制服のほうがよかったかな。邪魔にならないように柵から離れようとしたところで、その中の一人が声をかけてきた。
「あの…ヴェルナー家のステラ嬢でいらっしゃいますよね?」
馬術服なので学年まではわからない。
「ええそうですが…、私の事を知ってるんですか?」
「もちろんです!是非一度、お話をさせていただきたいと思っていたんです」
「……私と、ですか?」
何で…?私が首を傾げていると彼と一緒にいた令息たちも近づいてきた。
「本当にステラ嬢…。こんなところでご本人にお会いできるなんて…。噂に違わずお美しいですね」
「あ、ありがとうございます…」
「もしよろしければ、今度私とランチでもいかがですか?」
「え?…いえ…私は……っ」
「ばかっ、お前婚約者がいるだろ。気安く誘うなよ」
「そんなこと言ったらお前もだろ。抜け駆けするなよ!」
3人のどこぞの令息たちに柵を背に取り囲まれ、逃げ場がない。
えっと…この状況はいったい…?
どうしようかと思っていると背中越しにパカラパカラっと馬の足音が聞こえてきた。
その足音は次第に大きくなりやがて私の背後でピタッと止まった。
気配を感じ振り返ろうとした矢先、馬の首がニョキっと伸びる。
「あ、アルフォンス?!」
アルフォンスは私の横から目いっぱい首を伸ばすとブルルンっと大きく顔を振った。
飛び散る大量のよだれと鼻水…。
それらがキラキラと輝き、目の前の令息たちに降り注いだ。
「うわ!!やめろ!!アルフォンスっ!!」
「何てことするんだっ…」
顔中びしょびしょになった令息たちがアルフォンスに文句を言いながら慌ててどこかに消えていった。
(た、たすかった…?)
ホッとして振り返ると、アルフォンスが歯をむき出しにしてこちらを見ている。まるで悪戯が成功して笑っているみたいに見えた。
「助けてくれたの?ありがとう」
お礼を言って顔に触れると嬉しそうに鼻先を寄せてきた。
(ん?ここにアルフォンスがいるって事は…)
私はその背中に乗っているであろうローレンス様を見る。が、そこにはいるはずの主がいない。
「あれ?アルフォンス…ローレンス様はどうしたの?」
てっきり乗ってるもんだと思ったのに。
おかしいなあと思っていると、アルフォンスの後ろから勢いよく走ってくるローレンス様が見えた。
「ア、アルフォンス…どうしたんだいきなり走り出して…危ないだろ…」
ゼイゼイと息を切らしているローレンスがなんだか可笑しい。こんなに大柄な男性が馬に置いて行かれて走って追いかけて来るなんて…。
「フフッ…」
つい笑ってしまった。その声に気付いたローレンスが漸く私に気付く。
「えっ…ス、ステラ嬢…?!ど、どうしてここにいらっしゃるのですか?!」
「あなたに会いに来ました。ローレンス様」
私は持っていた紙袋を持ち上げてみせた。
「あの、まずはこれを…」
私は持ってきたカップケーキ入りの紙袋をローレンスに差し出した。
「なんですか?」と袋を開け瞳を輝かせるローレンス。
「もしかして、これ…ステラ嬢の手作りですか?」
「ええ、私と友人と…リリアと一緒に作りました」
「リリアと…?」
訝しむようにローレンスが顔を曇らせる。
「なぜリリアと…?いつお知り合いになったんです?」
「あっ、えっと…先日…彼女に声を掛けられまして…」
「なにか、お気に障るような事を言われたのではないですか?」
ローレンスの顔がみるみる不機嫌になる。
「いえ違います。今度開催するアンダーソン家のバザーに誘われたんです。そのカップケーキもそこで販売する商品なんです」
「……そうですか。それならいいんですが」
ローレンスがホッとしたように表情を緩めた。
「それで…もしよかったらローレンス様もいらっしゃらないかなとお誘いに来たんです」
「僕…ですか?僕は…あまりそういう場所は得意ではないので…」
そう言って彼がちらっとこちらに目を向けた。
「そうですか…それは残念ですね」
「…っ!でっでも!!貴方が参加するというのなら…っ!僕も顔くらい出してもいいかな、と思って…います」
語尾が徐々に小さくなる。顔を見ると困ったような顔をして俯いている。耳が赤く染まっている。
その意味は十分に理解できた。私は彼から目をそらし膝の上に置いた手をギュッと握った。
「…まさかあなたから会いに来てくれるなんて思っていなかったので…その…とても嬉しいです。正直もう二度と会ってもらえないと思っていましたから…」
ローレンスは私の方を見ないでそう言った。
すぐ横ではアルフォンスがのんびりと草を食む。
「あの…怒っていらっしゃるでしょうか」
ローレンスはそう言ってようやく顔を上げて私を見た。
「…何について、私が怒っていると思われるのですか?」
「その…、僕に婚約者がいるのに黙っていて…あなたに交際を申し込んだことです…」
ローレンスは目を伏せ沈んだ声でそう言った。こんなに自信のなさげな彼を見るのは初めてだ。
「それについては……、びっくりはしましたが怒ってはいません」
ローレンスがハッと顔を上げた。少し嬉しそうに微笑んだ気がした。
「ですが……、リリアに対する態度には結構怒っています…」
「それは…っ」
ローレンスが口ごもる。
「なぜあのような態度をおとりになるのですか?いずれは結婚するお相手でしょう?」
「……」
ローレンスは言葉を選んでいるように見えた。
私は黙って彼の言葉を待った。
「ずっと…結婚相手は誰でもいいと思っていました…」
ようやく彼が話始める。
「侯爵家に生まれたからには自分の立場はよく理解しています。僕は次男ですから…上には出来のいい兄がいますし家督は彼が継ぐ。そして僕は親の定めた…家のためになる女性と結婚する…幼い頃からずっとそう思って生きてきました。だから…リリアとの婚約が決まった時もそれでいいと思っていました。例え彼女に対して愛がなくても…」
「ローレンス様…」
「ひどい男だと思いましたか?僕はカッコよくもかわいくもない男ですよ。みんなの前ではよく見せようとしているだけですから」
「……」
「正直、リリアは…僕の好みの女性ではありません。見た目がどうとかではなく、内面の問題です。いつでも僕の顔色をうかがい、何でも僕の言う事に従う。僕の行動に文句を言う訳でもなくいつも言いたいことを飲み込んで悲しそうに笑うんです。僕はそんな彼女を見るのが嫌だった。そんな時です、あなたに出会ったのは…」
そこでようやく彼が真っすぐに私を見た。
「初めて会ったあなたは、自分が怪我をしているにも関わらず一番にアルフォンスの事を心配してくださいました。そして怖い思いをしたはずなのに自分が悪かったと謝罪までしてくれた。びっくりしました。今までそんな令嬢に会った事がありませんでしたから。それからもあなたには驚かされる事ばかりだった。美しく品の良いご令嬢だと思えば大きな口を開けて屈託なく笑う。照れたり拗ねたり膨れたり…表情もコロコロと変わる。平民街に連れて行けば嫌な顔一つせず屋台の軽食にかぶりつきおいしかったと喜んでくれました。そしてはっきりと自分の気持ちを伝えてくれる…。聡明で思いやりがあって…まさに僕の理想の女性だと思ったんです。気がつけばあなたに恋をしていました。会うたびにその気もちはどんどん大きくなる…」
熱っぽい告白に目が逸らせなかった。真剣に想いを伝えてくれる彼の気持ちに胸が痛くなる。
でも…、
「お気持ちはとてもうれしく思います。でも…ごめんなさい。私はあなたとお付き合いすることはできません」
私ははっきりと彼の告白を断った。
「…僕に、婚約者がいるからですか?」
「…はい」
「じゃあ、僕がもしこの婚約を破棄したら…あなたは僕のものになってくれるのですか?」
「……それでも……できません」
ローレンスが悲しそうに唇をかんだ。
「…他に…誰か好きな人がいらっしゃるのでしょうか?」
「……っ」
ローレンスの言葉に言葉が詰まった。一瞬浮かんだ顔を慌ててかき消す。
そんな私の姿を見てローレンスはフッと小さく笑い「そうですか…」と呟いた。
「好きな人に受け入れられないという事はこんなに切ないものなのですね……。ここが、とても苦しい…」
ローレンスが左胸の辺りをギュッと掴んだ。
「僕にとってあなたは…初めて好きになったただ一人の女性です。この想いをそう簡単に忘れる事はできません。気持ちの整理がつくまで今しばらく…好きでいることをお許しください」
ローレンスは静かに立ちあがるとアルフォンスの手綱を握った。
「あ、あの…」
つい呼び止めてしまったけど、なんと声をかけていいかわからない。
ローレンスは悲しそうな笑顔を浮かべると、
「ご心配なく。バザーには顔を出しますよ。それでは…」
そう言ってその場を立ち去った。
次回68話は明日19時更新予定です。
ローレンス編あと4話くらいで完結予定です。
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