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65 私とアレンと侵入者

部屋に戻ってきた私はドサッとベッドに身を投げ出した。


(なんか、すっごく疲れた…)


リリアには余計な事言っちゃうし、泣かせちゃうし怒らせちゃうし…もう散々だ。


(明日ちゃんと謝ろう…)


そう決めて、ふと机の上の紙袋を見た。中にはアレンに渡すためのカップケーキが入っている。


(持っては来たけど…いつ渡したらいいんだろう…)


これまで、アレンに会わない日があっても会えない事は一度もなかったなと思い至った。

小さい頃は必ず一緒にいたし、男爵家でも彼は私の従僕だった。フレデリックさんと仕事で屋敷を離れることがあっても戻ってくれば必ず私の前に姿を見せてくれた。

学園に入ってからは一緒に過ごす時間は少なくなったけど、ランチの時間は必ず一緒にいたし、一日に一度はどこかで顔を合わせる機会があった。


それなのにこの数週間、一度も顔を合わせていない。ランチはおろか廊下ですれ違う事すらなかった。授業には出ているんだろうけど、特に用もない限り私から教室を覗きに行く事もなかったから。


(……!)



そこで私は唐突に思い当たった。


(ああ、そっか…。今まで私たちが一緒に過ごせてたのは、全部アレンがそうしてくれてたからなんだ)


私がどこにいても何をしていても、アレンは必ずそばにいてくれた。

彼が自分の時間を私に費やしてくれていたから私たちはずっと一緒に居られてたんだという事に今更ながらに気が付いた。

アレンが私のそばにいないということは、私と一緒にいる事よりもっと大事な何かを見つけられたという事なんだろう。

私の知らない世界が彼の中に広がりつつあるという事。

それは私がずっと望んでいた事だった。私に気兼ねなく自分のために生きて行って欲しいと願っていたのは私だった…、

それなのに…、


「なんかちょっと寂しい…かも…」


急にアレンが遠くに行ってしまったようで、つい本心が口から飛び出した。

自分の勝手さに自己嫌悪する。





「なんで、寂しいの?」



突如私しかいないはずの室内から声が聞こえた。

びっくりして体を起こす。

声のした方に顔を向けると、窓枠に腰を下ろしたアレンがこちらを見て微笑んでいた。


「アレン?!」


彼の事考えてたからまぼろしが見えてるのかな?いや違う、足あるし…。あ、それもそれ違う。幽霊じゃないんだから。

え…本人なの?ちょっと待って…ここ二階なんだけど…、しかも女子寮だし!!ああそれより!なんか恥ずかしい独り言聞かれちゃってるし!!!

私は慌てて飛び起き、アレンの手を引くと急いで窓を閉めカーテンを引いた。


「な、なんでここにいるのよ!!」

「ふふ、久しぶりにステラに会いたくなっちゃって。でもダメだよ。窓のカギはちゃんと閉めておかないと」

「どの口がそれを言うのよ…。もう…心臓に悪いからやめてよね」


アレンが机に腰掛けたので私もベッドに座り込んだ。

ああもう、心臓がドキドキ言ってる…。



「で、何が寂しいの?」


微笑みながら、アレンがもう一度聞いてくる。

しっかり追及してくるところはやっぱりアレンだった。ここで否定しても何されるか容易に察せられるので素直に気持ちを伝える。


「最近、アレンに会えなかったから…寂しいなって思ってたの」


アレンは微笑みを消す。そして真剣な顔で立ち上がると私の足元に膝まづいた。


「…ごめん。ちょっといろいろ忙しくて。なかなか時間が作れなかった」

「それは…いいの。私こそごめん。アレンにはアレンの付き合いがあるんだし」


なんとなく目を合わせられず、私は慌てて両手を振って謝った。

アレンは私の額にキスを落とした。


「…ごめん」


アレンはそれ以上何も言わなかった。

謝罪の言葉だけで忙しい理由を教えてもらえなかった事が悲しかったけど、これ以上彼のプライベートに踏み込んではいけないと思い、笑顔を作り話題を変えた。


「あ、あのね、今日シンディたちと一緒にカップケーキを作ったの。アンダーソン家のチャリティーバザーに出そうと思って。アレンにも食べてもらおうと思って持ってきたんだけど最近会えなかったから…どうしようかなって思ってたんだ。だからちょうどよかった」


紙袋をアレンに渡す。彼は袋を開けて中身を取り出した。


「三種類あるのよ。はちみつレモンとミルクティーとシモンのカップケーキ。どれが口に合うか後で教えてもらえると嬉しい」


アレンはレモンのカップケーキを手に持ちじっとそれを見つめている。


「それはセシリアがお気に入りだったわ。アイシングのとこがちょっと甘いかも。アレンあんまり甘すぎるの得意じゃなかったよね?」


なぜか、アレンの表情が暗い。

彼が何も言わないのが不安になって、べらべらと余計にしゃべり続ける。


「私のお勧めはもちろんシモンのカップケーキだよ。上のクリームもおイモでできててモンブラン風っていうか…あ、モンブランって言うのはね…」



「ステラは……、前世でもお菓子作りが得意だったの?」

「え?」


突然そんな風に聞かれて一瞬戸惑う。


「う、うん。結構作ってた…かな?高校の時とか…他にすることもなかったし…。」


友達もいなかったから特に誰かに食べさせる予定もなかったけど、家族には好評だった。

おいしいと言われると次々いろんなものに挑戦したくなって相当なレシピをこなした気がする。

まさかそのスキルが現世で役に立つなんて思ってもみなかったけど…。


そう言ったっきりアレンはまた下を向いて黙り込んだ。

何だろう…。今日のアレン、ちょっと様子がおかしい…?

私も何を話していいのかわからなくなって黙り込んだ。しばらく沈黙が続く。





「オレは君の事…なにも知らないんだな…」



自嘲的にアレンがつぶやいた。


(オレ…)


アレンの初めての一人称に違和感を感じた。


「アレン…?どうかしたの?」


こんなアレンは初めて見る。私はアレンの肩に手を置くとその顔を覗き込んだ。


「何かあったの?今日のアレンちょっと変よ?」


アレンは肩に乗せた私の手に自分の手を重ねた。冷えた指先が私の熱を奪う。そして何か言いたげに私を見つめた。

しばらく見つめ合った後、目をそらしたのはアレンだった。彼はそっと私の手をつかむと自分の肩からそれを下ろさせた。


「…ちょっと疲れてるのかな…。ごめん、今日はもう帰るよ」


彼は紙袋をつかむとゆっくりと窓に向かう。

え…窓から帰るの?


「カップケーキごちそうさま。それじゃ、おやすみ」


アレンは窓枠に足をかけると近くにあった木の枝に片手で掴まった。その反動を使って地面に着地する。

その姿がかっこよすぎて思わず見惚れてしまった。

彼は紙袋を持った手を軽く上げると静かにその場を立ち去った。




次回66話は明日19時更新、できると思います。

ちょっと時間的に余裕がなくて苦しんでるここ最近です。

頑張ります(^^)

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