64 私とリリアとカップケーキ
「試作はこんなところかしら」
バザーに向けて、私は3種類のカップケーキを用意した。
一つ目ははちみつレモンのカップケーキ。柔らかくしたバターにたっぷりのハチミツ、溶きほぐした卵を少しづつ加えよく混ぜる。そこに牛乳を入れ、振るった小麦粉と重曹粉を入れ更に皮ごと削ったレモンを入れてふんわりと混ぜる。オーブンに入れて焼きあがった生地にアイシング、前日から仕込んでおいたレモンのはちみつ漬けをトッピングすれば《はちみつレモンのカップケーキ》の完成だ。
二つ目は紅茶を使ったカップケーキ。基本の生地はおんなじだけど、牛乳の代わりにミルクティー、そこに細かく刻んだ紅茶の茶葉を混ぜ込む。焼きあがりに生クリームを絞れば《ミルクティーのカップケーキ》の出来上がり。
最後は私の愛するシモンを使ったカップケーキだ。基本の生地にさいの目に切って甘く煮詰めたシモンを混ぜ込む。焼きあがったら、裏ごししておいたシモンに泡立てた生クリームをふんわりと混ぜ込み、細く絞りかけたら《シモンのモンブラン風カップケーキ》の完成だ。
「これに当日、レモネードを売ればそこそこ形になるんじゃない?」
「ステラさん!!!すごいです!尊敬します!」
リリアが目を輝かせて私を見る。この数日、一緒に行動しているうちにおどおどした様子がなくなってきた。おそらくこれが本来の彼女の姿なのだろう。生き生きとしている彼女はなんだかとてもキラキラしていてかわいらしい。
「ねえ、ステラ。食べてもいいですの?」
セシリアが待ちきれないというように両手にカップケーキをつかんでいる。
「ふふっ、いいわよ。みんなで試食してみましょ」
それぞれが気になったものを手に取る。見た目も味も違うから目にも楽しくていいんじゃない?
「ん?!なにこれ!!このミルクティーのカップケーキめちゃめちゃおいしいっっ!!初めて食べる味だわ」
「はちみつレモンのカップケーキも甘くて爽やかでとってもおいしいですわ。このアイシング?の部分がたまりませんわね!」
「シモン?ですか?おイモだなんて信じられません。こんなに甘いおイモがあるなんて。角切りにしたおイモがとってもいい食感ですね」
みんなの総評から言って合格点は貰えそうだ。
「もうこれ、貴族向けのサロンでも売り出せるんじゃない?発想が王室のパティシエ並みだと思う…。あなたいったい何を目指してるの?」
シンディが真面目な顔でそんなことを言ってくる。え、ホントに?素直にうれしいんだけど…。
「とりあえず、売るものはこんな感じとして、仕込みは前日にまとめてやりましょう。一日がかりになると思うから覚悟してね」
「わかりました」
リリアが胸の前で握りこぶしを作る。
さて、それにしてもちょっと作りすぎちゃったかな…。テーブルの上には食べきれないほどのカップケーキがまだまだ残っている。
「アレンにでも持ってってあげようかな…」
ぼそっとつぶやいたその言葉をシンディは聞き逃さなかった。
「いいんじゃない?喜ぶわよ。最近会ってないんじゃない?」
そうなのだ。新学期が始まって以来、アレンとはほとんど顔を合わせていない。何がそんなに忙しいのかわからないけど、ランチの時にも全く顔を見せなくなった。
「じゃ、リリアもローレンス様にも持って行ってあげれば?」
そう言った私に、リリアは下を向きそっと眼鏡を押し上げた。
「…いえ…私ではかえってローレンス様の機嫌を損ねてしまいますから…。もしよろしければステラさんがお持ちくださいませんか?その方がローレンス様もお喜びになると思いますので…」
「リリア…」
寂しそうにリリアが微笑む。
「ねえ、婚約者なのになんでそんなにローレンス様の顔色をうかがうの?彼の態度は私が見ていてもひどいと思ったわ。もっとはっきり言った方がいいんじゃない?」
「そんなこと…ローレンス様にそんな事…とても言えません。私なんかと婚約して頂いただけでもありがたいのに、これ以上望むことなんてありませんから…」
「私なんかと、って…」
「ローレンス様はご覧のとおり、見た目も華やかで逞しく堂々としていて騎士としての未来を約束されているとても立派な方です。小さい頃からお優しくて…私なんかにもとても親切にしてくださいました。本来なら私みたいに冴えない令嬢ではなくステラさんのように美しく才能があって知的な令嬢があの方にはお似合いなのです」
「リリア……」
「せめて私が…もう少しきれいだったらよかったのに…。こんなちびでそばかすだらけで…髪だってこんなニンジンみたいな赤毛で…。隣に並ぶのも申し訳なくて…」
リリアが自分の三つ編みを撫でながら自嘲する。
「ステラさんを見るローレンス様…本当にお幸せそうでした。あんな顔…私はいままで見た事がありません。とても真面目な方なのでいままでも他の女性に心を奪われる事なんてありませんでしたから…。本当に、あなたの事をお好きなんだと思います」
リリアは寂しそうな笑顔を作る。
「…だから…もし…ローレンス様がステラ様をお選びになるのでしたら…私はそれに従いたいと思っています」
そうリリアは言い切った。
私は、なんだか胸の中がモヤモヤしていた。リリアの考えがとても腹立たしく思えた。
「なんか、やだな…そういうの…」
モヤモヤに我慢できず、ついそう口走った。
「さっきから聞いてると…なんなの?私なんかがって何?なんで彼に対してそんなに卑屈になるの?この数日あなたと過ごしていて私とても楽しかったわ。これが本来のあなたなんでしょ?すごくもったいないと思う。あなたは自分で自分のいい所をつぶしてしまっているのよ。謙遜と卑屈は違うのよ」
「ステラ…」
シンディが間に入る。でも一度噴き出してしまったものはもう止まらない。
「ローレンス様があなたに対して否定的なのは見た目のせいだとほんとに思ってるの?!彼ははそんな人じゃないでしょ!あなただって本当はわかってるはずだわ。そうやって常に自分の気持ちを抑え込んで苦しんで…っ!そんなの見てるこっちだって苦しくなるっ!」
「ステラ…っ!!」
シンディに肩をつかまれハッと我に返った。リリアは下を向いたまま黙っている。その頬に、一筋の涙が伝った。
「…ステラさんには…私の気持ちなんか、永遠にわからないと思います…」
リリアはその一言を残して部屋から飛び出して行った。
「泣かせちゃダメでしょ…」
シンディが握った拳を私の上に落とす。
「だって…」
自分の事を卑下するリリアに我慢ができなかった。というより、過去の自分を見ているようで心の底から怒りがこみ上げてしまった。
(こんなのタダの八つ当たりだわ…)
怒った相手はリリアの向こうに透けて見えた昔の自分…。
(はぁ、何やってるんだろ…私…)
「まあ、私はリリアの気持ち…わからなくもないけどね」
「シンディ…」
「今のリリアじゃローレンス様に釣り合わないの、誰が見たって明らかだわ。自分が周りにどう見られてるのか、彼女は小さい頃から身をもって知ってるのよ。それをいきなり自分に自信を持てって言われたってそう簡単に変われっこないじゃない?それはステラも分かるでしょ?」
「…うん」
「本人も言ってたじゃない?彼女に自信がない理由。確かにあの野暮ったい見た目じゃ陰口を言う人もたくさんいたと思うし、ましてやローレンス様の婚約者だもの。やっかみもすごかったと思うわ」
「うん」
「だからもし、リリアが素敵なレディになったら……、みんなは相当びっくりすると思わない?」
「……シンディ?」
シンディが不敵に笑う。
「彼女…磨きごたえがあると思うのよね。私そういう原石を研磨するの大好きなの」
彼女はいつの間にか右手にヘアブラシ、左手にチークブラシを携えている。
どこから出した…?
「バザーまでに彼女を立派な淑女に育て上げて見せる!ふふっ!楽しくなってきたわ!」
次回65話は明日19時更新予定です。
よろしくお願いします。
久しぶりにアレンが出て来ます。




