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60 私とローレンスと腹の虫

週末、私は朝の早い時間から王立図書館に足を運んでいた。

前回来た時にお世話になった司書さんは今日はお休みらしく残念ながら会う事は出来なかった。一年以上も前の話だし向こうが覚えてくれてるかどうかはわからないけど少し残念だ。


今日の来館の目的はもちろん貴族の紋章と九年前の新聞を調べる事。

私はカウンターの司書さんにその旨を伝え、過去十年分の新聞が保管されているという資料室に案内され、現在に至る。

さほど広くない資料室はカビと古いインクの入り混じった独特の匂いがしていた。

壁全体に取り付けられた書棚は浅めに区切られ、新聞が少量づつ積んである。取り出しやすいようにという配慮だろう。私はそれらの中から九年前の新聞を探し出し一部ずつページをめくっていく。

季節は冬だったが念のため前後数か月分を手元に積んだ。一面のトピック記事から調査報道、尋ね人欄、何か関連しそうなものはないかと目を凝らす。私が思っていた以上に事故や事件、失踪など人にまつわる記事が多い。その中でも子供に関連したものはないかと懸命に探す。

入室して何時間たったのだろうか。いつまでも出てこない私を心配して司書のお兄さんが覗きに来てくれた。


「あの…もうお昼を過ぎましたが、目的のものは見つかりましたか?」


もうそんな時間…。


「あの…」


私はさっきから疑問に思っていたことを聞いてみた。


「ここに保管されている新聞には貴族に関する記事が少ないようなのですがどうしてでしょう?」


じっくり調べてみて気がついた。ここに保管されている新聞は殆どが一般市民に関する記事。どこかの鉱山から金が取れたとかどこぞの商家の令嬢が貴族の元に嫁いだとか、天候不良のため作物が取れず暴動が起きたとかそんな話題ばかり。貴族や王家に関することなんか一向に出てこない。

すると司書さんはなぜかあきれたような顔をして、


「なんだ。お嬢さんが探していた記事は貴族に関するものだったんですか」


と驚かれた。


「だったらこんな所に籠っていても何も出て来ませんよ」

「えっ」

「貴族や王家に関連する新聞はここには保管されていません。それらは厳重に保管されていて、主席司書官以上の人間と王家より許可を受けた者しか閲覧できません」

「そんな…なんで?」

「それはそうでしょう。そんなもの一般市民が自由に閲覧出来たら国の存続にかかわります。それだけ重要な内容もスキャンダルも多く含まれていますから」


おおぅ…。言われてみればその通りだ。


「どうやったらその許可は取れるのでしょう?」


すると司書さんは更にあきれたような、かわいそうな子を見るような目つきで私を見た。


「そんなの無理に決まってるでしょう。いくら貴族のお嬢さんでもよっぽどの事情がない限り許可はおりません。そんな事申請した時点で調査の対象になりますよ」

「なんの調査ですか?」

「反逆罪」


(おおぅ…!)


「何を調べようとしているのか知りませんが、悪いことは言いません。諦めた方が身のためですよ」

「……そうですね」


残念だけどここは潔く身を引くほかない。ルーカスがどういうルートでそれを調べてくれるつもりなのかはわからないけど絶対に無理はしないで欲しいと思った。

しょんぼりと図書館を後にする。


「そう言えば紋章の件…調べ損ねちゃった」


仕方ない。また改めて調べに来よう。


さて、この後どうしよう…。

久しぶりにミハエルの所に遊びに行こうかな…。コロッケサンド、久しぶりに食べたいし。

そんなことを考えていると、


「ステラ嬢ではありませんか?」


不意に声を掛けられ振り返った。


「……!」


そこには愛馬アルフォンスにまたがったローレンスが驚いた顔で私を見下ろしていた。


「こんな所でお会いできるとは…今日はどうされたんですか?」


嬉しそうに頬を染めるローレンスを見て、昨夜のシンディの言葉を思い出す。


「えっ…あ、いえ。今日は図書館に所用がありまして…」

「図書館ですか。ステラ嬢は読書がご趣味なのですね」

「いえ、そういう訳でもないんですが……」


好きと言われたわけではないけれど、この態度はうぬぼれてもいいレベルではないだろうか。

めんどくさい事にならないうちにここは早いとこ別れた方がいい。


「それでは、私は急ぎますのでこれで失礼しますね」

「ああ、お急ぎでしたか。それではどうぞアルフォンスにお乗りください。お送りいたします」

「えぅ…っ、いえっ、結構です!遠くはありませんから」

「そうおっしゃらず、さあ」


ローレンスはそう言ってひらりとアルフォンスから飛び降りると、すかさず私を抱き上げ馬の背に乗せた。そして自分も飛び乗る。


(こ、この体勢は脳が揺れるやつ…っ!)


私が訴えかけるようにローレンスの顔を見上げると、ん?という顔をして嬉しそうに微笑んだ。


(違う…!そう意味じゃなくて!!)


けれどローレンスは、


「そう硬くならないで僕に体を預けてください。もっともたれ掛かってくれてかまいません。足は…失礼。それだとバランスを取るのが難しいので縦揺れを強く感じてしまいますよ。片足をもう少しまげて。そうです。僕の腕をしっかりつかんでください。…それでは出発しますよ」


と、とても丁寧に乗り方を教えてくれた。さすが騎士の家門と言ったところか。好感度超UP。

おかげで脳の揺れるような感覚に襲われることはなかった。そうか、あれは乗り方のせいだったのか。ルーカスめ…まだまだだわ。今度会ったら教えてやろう。


「それで、どちらに向かえばよろしいですか?」


そう聞かれてしまったと思った。どこに行くか考えてない…。ミハエルのとこに行こうかと思ったけど彼を連れて平民街はどうかとも思うし…。そんな事をあれこれ考えていたら…、


ぐるぅぅぅぅ…。


「……っ!!」


大きな音を立ててお腹の虫が鳴いた。慌てて押さえたけど時すでに遅し。

ゆっくり顔を上げるとローレンスがきょとんとした顔をして私を見つめていたが目が合うとフッと吹き出した。


(は、恥ずかしすぎるっ!!!)


思わず顔を押さえる。

するとまた、


ぐるるる…。


お腹が鳴った。ああ、もう!!なんなの!!

慌ててお腹を抑え込む。お願い!これ以上鳴らないで…っ!!


「ふふっ大事な用とはこれだったんですね。それは急がないと」


ローレンスはとても楽しそうにアルフォンスの腹を軽く蹴った。それに合わせて駆け足になる。


「僕おいしいお店を知ってるんです。よかったらお連れしますよ」


そう言ってローレンスが私に顔を近づける。覗き込まれたのを感じ取り、私はお腹を抱え下を向いたまま大きく頷いた。



(もう何でもいいからお腹いっぱい食べさせてっっ!!)






次回61話は週明け19日(月)を予定しています。


週末、健康診断と資格試験のためどうしても時間の融通がききませんでした。

申し訳ありませんがどうぞよろしくお願いします。

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