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59 私とランチと夜の女子会

私とシンディとセシリア…それとなぜかローレンス。

どういう訳か、この4人でテーブルを囲む謎のランチタイム。


ちょっとした悪口(?)を本人に聞かれ、椅子から転げ落ちひっくり返る…。

これだけの醜態をさらした挙句、一緒にテーブルを囲むとかなんの拷問よ…。

恥ずかしすぎて今私の魂はここにない。


楽しそうに場を盛り上げてくれるシンディに感謝しつつ、私は無言でマッシュポテトをつつく。

そう言えばさっきから思ってたんだけど私のお皿のマッシュポテトの量がずいぶん多いような気がする。気のせいかなって思って周りを見回すと、黙々とプレートの料理に舌鼓を打つセシリアのお皿にマッシュポテトがない。

代わりに大量のローストビーフが残っている。そういえば私のローストビーフ、食べてないのに量が少ないような…?


(まさか、ね…?)


それより…さっきから向かいに座るローレンスの視線が気になって仕方がない。

顔を上げる度、視線がぶつかる。最初のうちはへへっと笑顔を返していたけど流石に浮かべる笑顔のバリエーションも底をつきた。今はただマッシュポテトに愛想を振り撒くことしかできない。


「ステラ嬢はマッシュポテトがお好きなんですか?」


突然話しかけられて不意を突かれた。


「えっ?ええ、大好きです」

「でしたらこれも差し上げます」

「え?!いや…そんなにたくさんは…」


断る間もなく皿の上を移動してきたマッシュポテト。皿の半分をマッシュポテトが埋め尽くしている。なんでこうなった?まあ、好きだからうれしいけど。


「でしたら私のお皿からお好きな物をお取りください。ローレンス様は何がお好きですか?」


貰ったらお返しする。等価交換が私の信条だ。とはいえ男性だしここは肉が喜ばれるだろうと残りのローストビーフをナイフとフォークですくいあげる。隣でセシリアが泣きそうな顔をしているけど理由は全くわからない。

ローレンスのお皿に移動させようとした時、彼はなぜか「いえ…」と片手で止めた。


「…お肉、お嫌いでしたか?」


実はベジタリアンとか?でもそれだったらランチプレートは頼まないだろうし。

不思議に思っていると、彼はすくいあげただけで行き場のないローストビーフを一旦お皿に戻させた。そして私の手にフォークを握らせたまま一枚を器用に小さく丸めて突き刺す。何をしてるんだろうとされるがままになっている私の手を握り直し、そのまま自分の口元に運ぶ。そして形のいい唇を軽く開くとパクっとフォークをくわえた。


「……っっ!」


ローレンスはニコッと笑って口の端についたソースを舌でなめとり指で拭った。


「こうして頂いた方がよりおいしいです」


その笑顔にその場にいた全員が固まった。






「ローレンス様って絶対ステラの事好きよね」


寮に戻り就寝前のまったりタイム。最近覚えた夜のお茶会で、シンディが爆弾を落としてきた。


「間違いないですわね。害のない顔をしてなかなかの肉食男子でしたわ」


悔しそうな顔でセシリアもうんうんと頷く。


「で?どうするの?ステラ」

「どうするのって言われても…」


まだ会って間もない人を恋愛対象として考えられるかと問われれば答えはNOだ。確かに好ましいとは言われたけど…。今の段階でどうこう考えるほど付き合いも関係も深いわけではない。


「そうよね~。まあ断るわよね。ステラにはアレンがいるんだし」

「え?アレン?」


急にアレンの名前が出てきてびっくりした。


「そうよ。アレンは間違いなくステラの事好きだろうし、ステラだって満更でもないでしょ?まあ身分の事もあるし色々うるさく言う人もいるかもしれないけど、それくらいこれからどうにでもなるわよ」

「アレンが私の事を好き…?」

「そうでしょ…ってうそっ!まさか気づいてないの?駄々洩れじゃない!知ってる?アレンって今令嬢の間ですっごく人気なんだから。貴族としての地位はないけど婚約者がいるわけでもないし、顔もいいし背も高いし優しいし所作もダンスもものすごくうまいし仕事もできる。こんな優良物件そうはないって狙ってる子たくさんいるのよ」

「そうなんだ…。全然知らなかった」


学園に来てからアレンと関わる事が徐々に少なくなってきている。廊下でたまにすれ違うけど大抵男子生徒に囲まれてて話をすることも目も合わせることなくお互い通り過ぎるのみ。次第にそんな関係が当たり前だと思うようになっていた。お互いにそれぞれの人間関係を築く…これも学園に入るにあたって大事な勉強だ。


「告白だって相当されてるみたいだけど全部断ってるって。自分には大切に思っている方がいますので…って。それって絶対にステラじゃない。それ以外に考えられないわっ!」

「シンディ、熱くなりすぎですわ…」

「おっと…ごめん」


隣のセシリアにつつかれシンディが慌てたように口をつぐむ。


そうなんだ。アレンがそんなにモテてるなんて全く知らなかった。そんな話アレンからは一度も聞いたことはない。確かに自分から自慢するような性格じゃないしモテて喜ぶような人間でもない。大切な人っていうのはおそらく私の事で間違いないと思うけどそれはシンディが言うような恋愛対象としての意味合いじゃない。

私のためにどうしてそこまで忠心してくれるのか…。気にしないで自由に生きてくれればいいのにアレンはなぜかそれを良しとしない。私が誰かを選ばない限り…昔確かにそう言われたことを思い出す。


「はぁぁぁ…っ」


大きくため息をつくとシンディが慌てた様子で抱き着いてくる。


「ごめん!ステラ、怒らないで。悪気はなかったの。ほんとにごめん!」


どうやら私のため息の原因を自分のせいだと勘違いしたらしいシンディが謝ってくる。


「怒ってないわよ」



ここ最近いろんな人との関わりの中、様々な恋愛の形に触れたことで私は自分の恋愛観に関してよく考えるようになった。

記憶が戻ったばかりの頃は、紗奈の記憶に引きずられて当時の辛さとか悲しさとかが一気に押し寄せ悲劇のヒロインみたいな感覚に陥っていた。思い出しては苦しみ、気持ちに蓋をし、また新たな事を思い出しては苦しみ…そんな思いを何年も何年も繰り返してきた。その結果、今は完全に自分の気持ちに整理がつき一つの結論に至った。

今はただ…、



(新しい恋愛はめんどくさい…)



その一言に尽きる。


たかが15歳の小娘が何をと思われるかもしれないけどそれはあくまで見た目なので。中身アラサーの私は今、自分が人を好きになるビジョンが全く浮かばない。そりゃ、見目麗しい男性に迫られればドキドキするだろうけど、そこから誰かを好きになりデートを重ね付き合う事になり、ケンカや仲直りを繰り返し、お互いを知りやがては結婚に至る…その工程を考えると自分には無理だと悟ってしまった。だってこれが1回で済むとは限らないのよ。もしかしたら真の相手を捕まえるまでに片手では足りないくらいの場数を踏まなくてはいけないかもしれない。過去二回の恋愛を思い出すだけでお腹いっぱいになってる私には到底無理。恋愛体質ではない私の、恋愛偏差値の低さは自分が一番よくわかっている。


私は人を好きになれません!と、この気持ちを正直に伝えたらアレンは考えを変えてくれるんだろうか?いや無理だろう…。この件に関してアレンはなぜか一歩も譲らない。私が誰かと結ばれるまでおそらく彼は納得しない。


(このまま徐々に距離を置いていくのが一番いいのかも)


この手法は過去紗奈の時に経験済みだ。

初恋だった康介とは距離を置くことでお互い(私が死ぬ時まで)接点は皆無だった。その後私は(あんな男だったけど)恋愛もしたし、康介は結婚し子供まで授かってる。

アレンには嫌われたわけじゃないけど、これならアレンに気を遣わせることなく彼の気持ちを私から逸らすことができるかもしれない。その間に誰か好きな人に出会ってその子を大切に思ってくれるようになれば大団円だ。

それなら私もアレンと全く関係のない所に居場所を作る必要がある。不自然に思われないように。


私はさっきから抱き着いたまま首元に頭をぐりぐりしているシンディを引きはがし、両手でほっぺたを挟んでぐりぐりする。


「ねえシンディ。聞きたいことがあるんだけど」

「なになに?何でも聞いて」


唇を魚のように尖らせてる顔が可愛い。


「ローレンス様が馬術部に入ってるって聞いたんだけど…。もしかして他にもいろんな活動があるのかなって思ったんだけどなんか知ってる?」


すると二人が顔を見合わせた。


「もちろん…いろいろあるわよ?運動系はそんなにないけど馬術と剣術、社交ダンスは活動人数が多いみたいね。文科系だと演劇とか音楽とか美術?あとは料理とかかしら?」

「料理っ?!」

「ええ、お菓子の好きな令嬢は多いですから。中には自分で作ってみたいとおっしゃる方もいらっしゃるのですよ」

「っていうかガイダンスでも説明されたし、勧誘だって結構あったじゃない。逆になんで知らないの…?」


ホントだね。なんで知らないんだろ。

まあ、なんだかんだ言ってそれどころじゃなかったし。私がぼーっとしてて気づかなかったとか、全然そんなんじゃないんだからね。

でも料理クラブ…なんか楽しそう。時間があったらのぞいてみるのも悪くないかも。

その日は他にも女子トークに花を咲かせ、寮母さんが覗きに来るまで楽しい時間を過ごした。


次回60話は明日19時更新です。


昨日もブックマーク登録ありがとうございました。

嬉しい限りです。

ありがとうございます。


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