58 私と怪我とわんこ
新学期が始まった。帰省していた生徒たちも夏休みの最終日になって続々と戻ってきた。
前日帰りとか少しのんびりしすぎじゃないの?とか思ったけど、庶民育ちのせっかちな私と違い上流階級の方々の時間はゆったりと流れているという事を最近ようやく悟った。
(そうよね、食事だって馬鹿みたいに時間をかけて食べてるし…)
学園に入り、昼食の時間が2時間もある事にびっくりした。そんなに時間をかけてどれだけの量を食べるんだろうと思ったけど、実際食べるのはほんの少し。それを令嬢たちはチマチマと時間をかけて口に運びおしゃべりに花を咲かせる。料理は暖かいうちに!が信条の私としてはどうにも納得いかないけど郷に入っては郷に従え。日本人なので長いものに巻かれながら最近はようやく時間の使い方にも慣れてきた。
今朝も1時間近くもかけて朝食を取り、いつも通りの時間にシンディたちと寮を出た。
ここだけの話、朝からこんなにのんびりしてると学校に行くのがめんどくさくなってくる。
天気もいいしなんならこのままピクニックとか行きたい。
そういえば前世で会社員だった頃、満員電車に乗るのが嫌で反対方向に乗ってどっか行きたいとかよく考えてたっけ。
ぼんやりとそんなことを考えながら寮を出ると何やら外が騒がしかった。
何だろうと思って首を伸ばす。すると、何やら見覚えのあるシルエットが傍らに黒馬を従えて立っているのが見えた。
その生徒が私に気づく。目が合うと嬉しそうに微笑んだ。
「おはようございます。ステラ嬢」
「お、おはようございます…ローレンス様」
立っていたのはローレンス、と愛馬のアルフォンス。
アルフォンスも私を見つけると嬉しそうに近づいてきて体を擦り寄せてきた。
はわわ、馬ってかわいい…っ。
「どうなさったんですか?アルフォンスまで…」
顔を触ってやると嬉しそうに私の顔に鼻先を寄せてくる。
寮から出てくる生徒たちが何事かとこちらを伺いながら通り過ぎていく。
ローレンスは愛馬の手綱を自分の方に軽く引き寄せると、胸に手を当て軽く頭を下げた。
「お迎えに上がりました。学舎までお送りします。どうぞアルフォンスの背にお乗りください」
「へっ?!なぜに?!」
学園までは歩いて5分もかからない。馬に乗るほどの距離ではない。
「お怪我した足ではお辛いでしょう?」
ローレンスが軽く首を傾げる。そっか、それでアルフォンスまでここにいるのかと納得した。
だけど…ごめんなさい。私の足の怪我はあの日のうちに完治してしまっているんです。
申し出は本当にありがたいのだけどここは正直に話し丁重にお断りする。
「折角ですがローレンス様。私の怪我はすっかり治りましたので、ご心配頂かなくても大丈夫です」
するとローレンスは
「相変わらず冗談がお好きなのですね。僕も傷の治りは早い方ですが流石に昨日今日では完治しません。僕の事ならお気遣いなさらず。しばらくはあなたの騎士としてお使いください」
と取り合わなかった。
言っても聞かなそうなので、私はスカートの裾を膝上までたくし上げてみせた。
「ス、ステラ嬢っ?!」
慌てて片手で目を覆うローレンス。
「ご覧ください。痕も残ってないでしょう?足首もほら…」
軽くジャンプして足首をぐるぐる回す。
「この通り。ね?」
「……」
指の間から私を見ていたローレンスがマジマジと私の足を見る。
自分でも確認してみたけど、かさぶた一つ残ってないのよね。すべすべモチモチの綺麗な肌はまるで時間を巻き戻したように痕跡すらない。自分のことながら本当に不思議で仕方がないけど事実は事実。
これが転生者のチートなのだとしたら、私この世界で最強なんじゃない?とも考えたけど、生き残るだけで戦えないんだったらたいして強くはないかと一人で納得した。
いつまでも私の足を凝視するローレンス。いい加減恥ずかしくなってきたところで彼の手がゆっくりと私の太ももに近づいてきた。
「…ちょ…っ!」
触るのはアウトでしょ!!と思ったが彼の指先は直前止まった。つかんでいたスカートを慌てて離す。
「本当ですね…。確かに治っている。どういうことなのでしょう…?」
「…なぜかは私にも分かりませんが昔からこうなんです。だからお気遣いは無用ですよ」
ローレンスは姿勢を戻すと腕を組んで考え込んでいた。
どうでもいいけどこれ以上ここで長話をしていたら授業に遅れてしまう。
そう思って私は笑顔で話を切り上げる事にした。
「ですから先日の騎士のお話はなかったことにしていただければと。授業に遅れますのでお先に失礼しますね」
何かブツブツと言っているローレンスをその場に残し、シンディとセシリアの腕をつかんでその場を離れた。
「ちょっと、どういうこと?」
ランチ時のカフェは相変わらず混雑していた。何とか空いてる席を確保して三人で座る。今日のランチはワンプレートに盛られたセットメニュー。三人揃って同じメニューを注文した。メインのローストビーフに付け合わせのマッシュポテトと山盛りのサラダ。サクサクのデニッシュパンはバターでカリッと焼かれている。スープは野菜がたっぷり入ったコンソメスープ。
私が大好きなマッシュポテトを口に運ぶと、待ちきれないというようにシンディがにやにやしながら話しかけてきた。
「今朝のあれよ。なにあれ。彼アークライト家のご次男でしょ?いつ知り合ったの?」
「いつって…」
私は先日の出来事をかいつまんで二人に話した。
「はあ、ステラってかわいい顔してお転婆っていうか…結構トラブルメーカーよね?」
シンディがあきれたように言う。
はい、言われなくても自覚はあります…。
「たしかアークライト侯爵家はご当主もご長男も近衛騎士団に所属する騎士の家門でしたわよね」
「へー。そうなんだぁ」
セシリアがそう説明してくれたけど、いまいちピンとこないので気のない返事をおざなりに返す。
正直そういう話にあんまり興味がわかない。そんな事よりこの絶品マッシュポテトの作り方の方が3倍…ううん、10倍興味がある。
これ、ポテトだけおかわりくださいって言ったら貰えるかな…。っていうかレシピを教えて欲しい。
「もう、ステラったら!ローレンス様って令嬢の間ですごく人気があるんだからね。背も高くて美丈夫だし卒業後は騎士団の入隊が決定してるくらい剣の腕もすごいらしいんだから。少しは興味持ちなさいよ!かっこいいとか思わないわけ?」
シンディが机の端をバシバシと叩く。
「かっこいい…とは思うけど」
『カッコ可愛いわんこ』
頭に浮かんだイメージを単語化したら出てきたのはこの連体修飾語だった。
シンディの説明を付け加えて想像すると、剣を背負った大きくて人なつっこいゴールデンレトリバーが舌を出し目をキラキラさせながら、しっぽをブンブンと振っている、そんな映像が頭に浮かぶ。
ついでに先日の真っ赤になりながらアタフタとしていたところを思い出してつい笑ってしまった。
「なに?なにがおかしいの?」
シンディが笑い転げる私を不思議そうに見る。
その間セシリアが素知らぬ顔で私のお皿からローストビーフを一枚攫って行ったことにも全く気がつかなかった。
「はぁぁ、かわいい…」
ひとしきり笑って目尻の涙をすくう。
「何がかわいいのですか?」
「何って…ローレンス様のイメージがカッコイイわんこで…」
てっきりシンディが話しかけてきたんだと思って答えてしまったけど、あれ?なんか声が違う…。
「へえ。僕のイメージは『カワイイわんこ』なんですね?」
あわてて声のした方に顔を向けるとそこには何とも言えない笑顔のローレンスが立っていた。
びっくりして立ち上がると椅子が倒れ、それに躓いた私も尻もちをついた。
(なんでいるの!しかも聞かれてるし…)
慌てて口を押えたけど飛び出した言葉は元には戻らない。今度は私の顔が真っ赤になる番だった。
次回59話は明日19時更新予定です。
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