54 私と帰省と麗しの貴公子 2
帰省から数日、私は毎日を行動的に過ごした。
イザベル様とお茶を楽しんだりエイデンさんの商会に顔を出したり、ジェームズさんと一緒にクリフォードさんの養蜂場に足を延ばしたりもした。
みんな変わりなく事業の方も順調のようでなによりだった。
アレンは帰省早々フレデリックさんにつれまわさ…お供を命じられ近隣の伯爵領に商談に行っていて今は不在だ。一週間は戻って来ないと聞いている。
これは私にとって都合がよかった。
私は今回の帰省中、アレンに内緒でどうしてもやりたいことがあったから。
それはアレンの素性に繋がる手がかりを見つけだす事。
ヴィクター様に言われた言葉があの日からずっと耳に残って離れない。
「もし彼が…、その由緒ある家の子息だったとしたら…お前はどうするのだ?」
あの時の私は即答できなかった。彼と一緒にいる時間が長くなるほど、そばにいることが当たり前になりすぎてそんな事考えなくなっていった。いつかは記憶が戻って然るべきところに帰る。それまでは一緒に居てあげよう。当時の私はそんな風に考えていたはずだった。
あの明晰な頭脳、剣技、立ち居振る舞い…これまでの事を鑑みても彼の生まれ育ちは平民のそれでは決してない。少なくとも貴族、それも上級貴族の以上の教育を施されていた事は間違いないはずだ。当時身に着けていたモノからもそれは容易に察することができる。それがなぜあんな形で私の元に来ることになったのか。そこには複雑な闇が見え隠れする。
真夜中に人ひとりいなくなっても誰も気にすることのないスラムに連れてこられた目的は間違いなく命を奪われるため。その理由は?首謀者は?当の本人に記憶がない現在これ以上の事情を得る事は難しい。だからといっていつまでも男爵家の従僕として、ただの私の側仕えとして置いておいていい人間では決してない。あの時即答できなかった答え…それは……
(彼の素性を明らかにし、選択肢を増やしてあげたい)
殺されそうになった身だ。元の生活に戻る事が絶対だとは断言できない。けれどもし、彼が元の生活に戻りたいと思うのであればそうしてあげるべきだと思う。
(ものすごく寂しいけど…)
そして9年たった今手がかりはあの町にしかない。
そう思った私は手がかりを求めてあの森へ向かおうと決意した。
「姉上。本当にこんなところに彼の手がかりがあるんですか?」
希望の町の奥深く、国境に面した森の中で木の枝を剣で薙ぎ払いながらルーカスが聞く。なぜ彼がここにいるのかと言うと…。
単純に出がけに見つかったから。
馬丁に馬を準備してもらっていたところにたまたまルーカスが通りかかったのだ。
「どちらへ行かれるのですか?」
「…ああえっと、おばあちゃんのところへ行こうかと思って…」
「お一人で?…その馬で、ですか?」
ルーカスが驚いたように聞く。ルーカスは私が馬に乗れることを知らない。
「乗れるんですか?馬」
「気合と勢いで何とかなるかな、て」
ははっと笑ってごまかそうと思ったのにルーカスはしばらくの間じっと私を見つめ、やがて私に近づくと失礼、と声をかけ私を抱き上げた。えっ?と驚く私を馬の背に乗せるとひらりと自分もまたがった。
「姉上だけでは心配ですから僕もご一緒します。この事アレンは?」
「知らない。でもできれば内緒にして欲しい」
私が勝手に素性を探る事をアレンはよく思わないかもしれない。危ないことをするなと止められるだろう。それにあの場所に手がかりがあるかどうかもわからない現状において、できればアレンには秘密にしておきたい。
それを聞いたルーカスはなぜか嬉しそうな顔で私を見た。馬上は思った以上に距離が近い。貴公子の笑顔に思わずドキッとさせられる。
「僕と姉上、二人だけの秘密ですね」
ルーカスが手綱を軽く引くと馬がゆっくりと首を上げた。
「しっかりつかまっていてくださいね。ハッ!!」
足で軽く腹を蹴ると馬が勢いよく走り出す。急な速度にバランスを崩し後ろに体を持っていかれた私をルーカスが難なく支えてくれた。がっしりとした腕に支えられると何とも不思議な気持ちになる。
(男の子ってホント不思議…ちょっとの期間でこんなに変わっちゃうんだもん。…あの頃の康介もこんな感じ…だったのかな?)
当時を思い出し、ついルーカスに康介が重なる。
成長期とか思春期って自分自身ではよくわからない。ただ、小学校の頃から少しずつ心の成長が始まる女子に比べて急激に体と心が成長する男子はより振り幅が大きいのかもしれない。そんな自分に戸惑ったり落ち込んだり背伸びしたりしながら徐々に大人になっていくんだろう。その過程で傷つくことも傷つける事もあって然るべき。あとはそれをどうやって乗り越えるか。
(私もあの時、もっと軽く流せばよかったんだよね)
今ならそう思えるのに。当時は思いつめてしまった。まあ私も子供だったし。思春期かぁ、懐かしいな~。
今の15才の自分が思春期真っただ中だという事も忘れてしみじみ思う。
(ルーカスだってきっとそのうち、かわいい令嬢を連れて私に紹介してくれたりするんだわ)
ルーカスの成長が喜ばしくもありちょっと寂しくもある。
気持ちは小姑。カリスタみたいな令嬢連れてきたら絶対追い出してやるけどね。
馬車に比べてやっぱり馬は早かった。若干車酔い…ならぬ馬酔いをしたみたいで頭がふわふわする。横座りで馬に乗ったことなんてなかったから体の支え方がわからず脳みそが上下運動しっぱなしだった。
先に降りたルーカスが私に手を伸ばし抱き下ろしてくれたけど足がもつれてうまく歩けない。
「大丈夫ですか?姉上」
「大丈夫…。ちょっと休めばよくなるわ…」
「なんなら抱きかかえてお連れしましょうか?」
え?と顔を上げると満面の笑みで両手を広げて立っているルーカスと目が合った。
私はハァと息を吐くとルーカスの肩をバンッとつかんだ。
「いい?ルーカス。これからはそんな事簡単に口にしてはダメよ」
ルーカスがきょとんとした顔で私を見る。うっ、かわいいなぁ。
「なぜですか?」
「この間から思ってたけど、あなたの言動は女性のあらぬ誤解を生みかねないわ。そういう紳士的なとこ悪くはないと思うけど思わせぶりな態度はつまらない火種を生むんだから」
「言っている意味がよくわかりません…」
ルーカスが複雑そうな顔をしている。まあ、そうだよね。見た目に騙されてつい大人な指摘をしちゃったけどまだ13歳のお子様だったっけ…。
「…まあ要するに、あなたはとても素敵なの。あなたが微笑んで見つめたりキスしようとしたりするだけで女の子はドキドキしちゃうの。だからそういう事は本当に好きな令嬢ができた時その人だけにやってあげなさいって事。わかった?」
だいぶかみ砕いて説明したつもりだけどわかってもらえたかな…?私は顔を上げてルーカスを見る。彼はなんだか難しい顔をして考えこんでいた。伝わらなかった…かな?
「それって、姉上が僕をかっこいいと思ってくれてるって事?」
「…?もちろんよ。ちょっと見ないうちに素敵な紳士になったと思ったわ」
「姉上も僕にドキドキするの?」
「……それは…まあ、ね」
ちょっと前まで子犬みたいに私の周りをちょろちょろしてた子が別人のようになって現れたらそりゃびっくりするしドキドキもするだろう。
ルーカスはへへっと照れ臭そうに笑うと
「わかりました、姉上。これからは本当に好きな女性に対してだけそうするようにします」
と言い、私をひょいっと抱き上げた。
「ちょ、ちょっと!!ルーカス!!」
「大丈夫です。問題ありません」
それって重くないって事?じゃなくて…っ!
「あなたちっともわかってない!!!」
暴れる私をモノともせずルーカスは機嫌よさそうに歩き出した。
次話投稿は明日19時です。
よろしくお願いします。




