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52 オレとアイツと攻略対象者『ヴィクター』

カリスタは侯爵家の離れに隔離されていた。

王妃の命により近く国外追放になるという。

使用人レベルの調度品しか置かれていない簡素な室内で、彼女は後ろ手に縛られ放心したようにそこにいた。何やらブツブツと言っているのが聞こえる。


「このままで終わるわけがない…きっとお母様が解き放ってくれる。そうよ…私はベアトリーチェ王妃の一人娘よ。本来なら王女と呼ばれてもおかしくない立場…それがこんなところに…間違っている…のよ…すべて…」


この女はいったい何を勘違いしているのだろう。そもそもこいつはベアトリーチェが王妃になる以前、自家の馬丁との婚前交渉によって生まれた娘だったはずだ。王女などと勘違いにも甚だしい。

オレは静かにカリスタの前に姿を見せた。物音に気がついた彼女がゆっくりとこちらに顔を向ける。彼女はしばらく虚ろな目でオレを見ていた。が、次第に焦点が合いその姿を瞳にうつす。


「…おまえはっ…あの時の…っ!」


椅子から立ち上がり後ずさる。

オレは追いつめるようにカリスタににじり寄った。


「いい格好ですね。カリスタ嬢」

「なぜおまえがここに…っ!!お前はいったい誰なのっ?!」


カリスタの怯えが伝わる。オレは彼女を壁際まで追い詰めその瞳を覗き込んだ。


「この姿ではわかりませんか?」


オレはゆっくりと髪色、そして瞳の色を見慣れた色に戻した。


「これなら、おわかりでしょうか?」

「お前はあの女の従僕……っ!二人で私を騙したの?!」


カリスタが声を荒げる。その瞳が怒りに震えている。


「ステラは関係ありません。それに、別に騙そうとしたわけではありませんよ。勝手に勘違いをされたのはあなたでしょう?。噂好きのあなたのために面白いネタを提供して差し上げようと思っただけだったのですが…私はそんなに王太子殿下に似ていましたか?」


オレは逃さないように両腕で彼女を囲う。ビクッと両肩を震わせ不安そうな顔でオレを見上げた。


「今回の事であなたには、ステラ様が大変お世話になりましたので…。本日はそのお礼にお伺いしたまでですよ、カリスタ様」


カリスタの震えが徐々に大きくなるのがわかる。自分が今どんな顔をしているのかわからない。オレがそんなに怖いのだろうか…?


「国外に行かれる事になったそうですね。ここ最近の因縁を考えると少々寂しい気もしますが…」


オレは彼女の頬に指を滑らせた。


「命を取られなかっただけよかったですね」

「何をばかなっ…!!私はベアトリーチェ王妃の本当の娘なのよ!!そんな事されるはずがな…んんっ!」


オレはカリスタの口と、ついでに鼻を片手で覆った。むぐぐっとカリスタが苦しそうに息を詰める。


「カリスタ様。それは国家の重要機密のはずでしょう?そう簡単に口にされてはいけないと口止めされていたのではありませんか?」


カリスタの顔が紅潮する。後ろ手に縛られているため抵抗できず顔を左右に揺らす。息ができず苦しそうに顔をゆがめる。


「ねえ、カリスタ様。私はあなたがステラ様にした事をどうしても許すことができないのです。何なら今このまま、息の根を止めてしまってもいいと思うほどに…」


オレはカリスタの首にもう片方の手をかける。そのまま徐々に力を籠めるとカリスタの喉がひゅっと鳴った。オレはカリスタの耳元で囁くように言葉をつなぐ。


「覚えておいてください。もし今後あなたがステラに復讐をしようとお考えなら、私はどこまでも追いかけて今度こそあなたに手にかけます。いいですか?どこにいてもです。どこに居ようと誰に囲われようと絶対に逃がさない。追い詰めて最高に残酷な方法で息の根を止めて差し上げます。努々お忘れなきよう…」


最後の言葉は彼女の耳には届かなかった。両手を離すと彼女は白目を向いてその場に崩れ落ちた。どうやら気を失ったらしい。

オレは静かにその場を離れた。






今回は最初からうまくいかないだろうと予感はあった。

ヴィクターは予想以上にエレオノーラ一筋だった。

そしてステラとエレオノーラの出会い…。これも全くの想定外だった。

ゲーム中では過去の細かい設定までは描かれていない。実際の生きた人間の行動を予測するのはもともと不可能な事だった。


歳を経るに従いオレとアイツの行動範囲はそれぞれ広がっている。幼い頃のように四六時中一緒にいられるわけではない。

そんなオレの隙をついて、あいつは出会いのシーンからやらかした。ゲームのスチルは木の上から降りられない猫を助けようとしたステラが足を滑らせそれをヴィクターが受け止める、とそんなイラストだったはずだ。

それがなぜ、道に迷い木に登り、コソ泥よろしく息をひそめて対象者をやり過ごそうとするのか。見かねて思わず突風を吹かせてみたが、なんと木につかまる反射神経のよさ。規格外の行動に開いた口がふさがらなかった。しかも懸垂って…他にもう少しかわいらしい言い訳は思いつかなかったのかと頭を抱えた。

うっかり魔法を使ってしまったことでヴィクターにもオレの存在がばれてしまった。それはそれで仕方ないが余計にやりにくくなったことは間違いない。


二枚目は町デートのはずだった。ヴィクターと二人楽しそうに平民街を散策。その素朴なデートが貴族の暮らししか知らないヴィクターの心をつかみ二人の仲が進展する、とそんな内容だったはずなのに…。ステラは誠心誠意エレオノーラとヴィクターの仲を取り持ってしまった。この時点でヴィクタールートは立ち消えたと確信した。

それどころかとんでもない悪役令嬢に目を付けられる始末。こんなのゲームの設定にはなかったことだ。おかげで排除するのにどれだけ手間をかけさせられた事か…。


確かに今回は相手が悪かった。幼い頃の幼馴染相手ではオレだってどうしても情が(まさ)ってしまう。あいつが昔からエレオノーラに好意を寄せていたことは知っていた。ステラとだって幸せにはなれただろうが、やっぱりエレオノーラと添い遂げてほしいと思ってしまった。


それに…、


思いがけず知る事になったあいつの過去の真実。

あいつはオレの事が好きだったと言った。俺なんかに興味はないと、ずっとそう思っていた。俺だけの片思いだと思い込んでいたのに。

あいつは幼い日のオレが言った結婚の約束を覚えてくれていた。

それなのに…オレは何も知らなかった。あいつの置かれていた状況も、気持ちも、何もかも…。

くだらない体裁ばかりを気にしていたあの頃の自分を思うと情けなくて死にたくなる。

その上心無い言葉であいつを傷つけていた事を今更ながらに知ってしまった。


彼女はオレの事を過去の話だと言った。もう気にしていないとも。

過去に囚われているのはオレ。今でもオレだけがあいつを忘れられない。

傷つく資格なんてないのはわかっている。それでもどうしてもオレはあいつへの想いを捨てられない。

()()()()あいつの隣に並ぶ資格はない。()()()()()()でオレはその資格を有していないから。だからせめてあいつを守り、その幸せを見届ける。オレにできるのはそれが精いっぱい。


対象者はあと二人。


そのどちらかとハッピーエンドを迎えないとステラは…。


「バッドエンドにだけは絶対させない。オレはそのためにここにいるんだから…」


オレは決意を込めて拳をギュッと握りしめた。


次回は今週末(10/9・金)を予定ています。

※もしかしたらもう少し早まるかもしれません


夏休みを男爵家で過ごすため帰省します。

ちょっと大きくなったルーカスが出て来ます。


よろしくお願いします。

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