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51 私と悪役令嬢の顛末

切りどころがわからず一気に行きます。

いつもより2.5倍位の文量になってます。

どうぞお付き合いください。

「ごきげんよう、ステラ嬢」


大勢の取り巻きを引き連れてカリスタが私の前に立つ。その勝ち誇ったような態度がこれから始まる断罪イベントへの自信をうかがわせる。周囲を囲む取り巻きたちもクスクスと見下したような態度で私を見ている。たまたま居合わせた生徒たちも何事かと成り行きを見守るようにざわめき始めた。


「ごきげんよう、カリスタ様。今日はどんなご用件でしょうか?」


努めて笑顔で返事を返す。ここでひるんだら負けだ。

カリスタはハッと鼻で笑った。


「それはあなたが一番お判りでしょう?よくもまあ、ぬけぬけと学園に来られたものですわね。ヴィクター様だけでは飽き足らず、寄りにもよって王太子殿下に言い寄るなんて。恥ずかしいとは思いませんの?!汚らわしい!!」


カフェ中に届くよう敢えて大声を出す。


「それにあの従僕、アレンとか言ったかしら?彼ともそういう仲だそうじゃない。見目のよい男性だったら誰でもよいのですのね。なんてあさましいんでしょう!」


カリスタが大きな身振りでまくしたてる。シンディがたまりかねて立ち上がる。それを片手で制す。


「あなたのような身持ちの悪い令嬢と共に学ぶなんて虫唾が走りますわ。いい加減自分の立場をわきまえてスラムにお帰りになったらいかが?!」


勝ったと言わんばかりのカリスタがフフンっと鼻をならす。周りの令嬢も一緒になってそうよそうよと囃し立てる。

寄って集って追い詰めておろおろと泣き出す姿を期待しているのかもしれない。今まで貶めた他の令嬢たちのように。残念ながらそれくらいの事で今更怯みはしないけど。そこそこの修羅場をそれなりに走り抜けてきた中身アラサー女を舐めないでもらいたい。

私はキッとカリスタを睨みつける。いつもの令嬢と違う態度に驚いたのかカリスタの目が鋭くなった。


「カリスタ様は何を根拠にそのようなことをおっしゃるのでしょうか?あなたのおっしゃることに真実は一つもありません」


私は毅然と言い切った。


「この期に及んでまだとぼける気ですの?当家のパーティーで見た事、あれが事実ではないとおっしゃりたいのかしら?私は確かに見ました。あなたが王太子殿下とご一緒にいる所を。あなたは殿下の膝の上に抱かれ愛をささやき合っていたではありませんか!」


周囲のざわめきが一層大きくなった。令嬢たちの黄色い声が上がる。これ以上騒ぎが大きくなると収拾がつかなくなる。いや、わざと事を大きくして私の居場所を完全になくし、学園から追放することが彼女の真の目的に違いない。


「あれは殿下ではありません」

「は、まだそんな戯言を」

「私は殿下とお会いしたことがありませんのでお顔を存じません」

「では誰だというのです」

「それは…」


言い淀む。ちらっとアレンに視線を移す。彼はなぜか涼しい顔で紅茶をすすっていた。

カリスタが見た男性がアレンだと言ったところで彼女は信じないだろう。仮に信じたとしても招待もされていない従僕とそんな関係なのだと今度はそこをつつかれる。そんな噂が立てばアレンも学園に居づらくなる。私はグッと下唇をかんだ。

どうやって切り抜けたらいいのか…。





その時だった。

よく透る声がカフェに響いたのは。


「これは、なんの騒ぎ?」


一瞬でカフェが静まり返る。

顔を上げると周囲を取り囲んでいた人混みが割れ、道ができた。その中心をモーゼのようにゆっくり歩いてくる輝くブロンドの青年。後ろには数人の従者が控えている。もしかして、この方…。


「王太子殿下…」


誰かがつぶやいた。


(あの方がこの国の王太子殿下…)


ペリドッドの瞳にブロンドの髪。どこかあの日のアレンに似ている気がした。

胸元には黒のサテンリボン。同学年だったことも今初めて知った。


「騒がしいね、カリスタ嬢。なにかあったの?」


歩みを止めにこやかにカリスタに話しかける。一瞬固まり、でもすぐに我に返ったカリスタが慌ててお辞儀をする。


「こ、これは殿下。ごきげんうるわしゅうございます」


殿下がちらっと私を見た。私は座ったままペコっと頭を下げた。その様子を不思議そうに殿下が見る。


(やばっ失礼だったかな?)


ちゃんと立ち上がって挨拶するべきだったと慌てたけど時すでに遅し。でも殿下はさほど気にした様子もなく同じように私にペコッと頭を(かし)げた。


「うん。挨拶はいいよ。何があったのか教えてくれる?」


殿下の瞳が一瞬鋭くなった。取り巻きの令嬢が顔を見合わせうろたえている。カリスタも開いた口を一文字に結びごくりと喉を鳴らした。そして私を睨みつけるとニヤリと笑い殿下の面前に歩み寄った。


「殿下に申し上げます。私はこの恥知らずのスラム娘に慎みとは何なのか教えて差し上げていたのでございます。この女、ヴィクター様に色目を使って言い寄っていたにも関わらず、寄りにもよって殿下にまで秋波を送るなど許されることではございません!更には当家のパーティーで迫るなどとはしたない行い、言語道断ですわ!それだけでは飽き足らず自分の従僕にまで手を出しているとか…。全く汚らわしいっ!!この女は盛りのついた雌猫以下なのです!」


訴えかけるように泣きの芝居で言い放つ。その姿はあまりに醜悪で見るに堪えなかった。それは周りにいた一般生徒も同じなようで一様に引いているのがわかる。

殿下は口元に手をやりながら何かを考えているようだったがふいに私に視線を移した。


「そこの令嬢。名前は何というのです?」


丁寧な口調で話しかけられる。私は慌てて立ち上がると今度こそきちんとカーテシーであいさつをする。


「お初にお目にかかります、殿下。私はステラ=ヴェルナーと申します」

「ステラ=ヴェルナー…?もしかしてステラ印のはちみつの?」


う…返事しづらい…。


「…はい、そのステラにございます」

「フワフワパンケーキのステラ?」

「…はい」


その認識で間違ってはいないけど肯定しづらい…。殿下はまた少し考えるように目線を上げる。何かを思い出しているような仕草をドキドキしながら見守る。殿下はゆっくり視線を私に戻すと


「僕たち、どこかであった事あったっけ?」


と聞いてきた。想定外の質問だったけど私も正直に答える。


「本日が初めてです。恐れながらお顔も、同学年であった事も存じませんでした」


カリスタが「なっ!!」と声を上げていきり立つ。今にも飛びかかってきそうな様子に身構えた。


「そうだよね。僕も君の名前は聞いたことあったけど会うのは初めてだ。それなのに…僕に迫ったの?君が?ベレスフォード侯爵家のパーティーで?」


目が合った私はブンブンと首を横に振る。殿下がふむ、と腕を組んで考え込む。


「そもそも、僕はベレスフォード家のパーティーに行った覚えがない。その日は確かアンネローゼと観劇に行ってたんじゃなかったかな?」


近くにいた従者を見やる。彼は小さく頷き左様にございます、と短く答えた。


「そん…な…っ!」


カリスタの顔色が変わる。


「そ、そんなはずはありません!私は確かに見ました!!殿下とその女が一緒にいるところを!!この私が見間違えるはずがありません!!」

「そうなんだ。じゃあ君は、僕が嘘をついていると…そう言いたいのかな?」


穏やかに微笑む、が目は笑っていなかった。カリスタが顔を引きつらせる。


「決してそのようなことは!!ただ私は確かに…」

「ステラ嬢。君はベレスフォード家のパーティーで僕といたの?」


殿下がカリスタの言葉を遮る。


「いえ、そのような事実はございません」

「じゃ、君と一緒にいたというのは誰?」

「それは…」


ちらっとアレンを見る。いつの間にか彼の姿はそこにはなかった。慌てて辺りを見回すが見当たらない。


(なんでこんな大事な時に居なくなるのよ!!)


無性に腹が立ったがここで彼だとばらすわけにもいかない。でも嘘はつきたくない。そこでようやく絞り出した答えは


「プライベートですので…。いくら殿下と言えど申し上げる事はできません」


だった。だって私の乏しい語彙力じゃ誤魔化したところでぼろが出るもの。だからこれが精一杯。

すると殿下はなぜかフフッと笑いだした。


「そうだね。確かにその通りだ。プライベートだもの。何をしたって責めらせる謂れはないよね」


はははっと楽しそうに笑う。ひとしきり笑って殿下はさて、と話を切り替えた。


「時にカリスタ嬢。結局のところ僕は君の家のパーティーには行っていないわけで、ステラ嬢と会うのも今日が初めてだったわけだけれど…。それが真実という事でいいかな?」

「それは……っ」

「あとね、今後このような根拠のない噂をたてるのはやめにしてもらいたい」


殿下がやはり丁寧な口調でカリスタに語り掛ける。


「僕はこう見えて王太子という立場上いろんな情報が入ってくる。今回の事も、そして今までの事も…、僕の耳にはすべて入ってきているよ」


一旦言葉を切ると殿下は鋭い視線で彼女を見た。彼女の目が怯えたように震える。


「エレオノーラの噂も、事実無根だと報告を受けている。その他学園を去った令嬢たちの噂もすべてが君の捏造だったと証言したものがいる。これまでは目を瞑ってきたけど、今回は僕の事まで利用したよね?これは不敬罪と捉えられても申し開きできないよ」

「わ、私はそんなつもりは…!お許しください!!殿下!!ただ私はこの女にわからせようと!!」

「何をわからせるの?自分の立場?だったら君の方がよっぽどわかっていないんじゃない?僕はね、今とても怒ってるんだよ。君はやりすぎたんだ。自分の立場を利用しすぎた。身の程をわきまえるべきは君の方だったんじゃない?」

「お許しください!!殿下!!!」


あれだけ高圧的な態度で人を見下していたカリスタが、今は取り乱しおろおろと殿下に許しを乞うている。それを私は冷めた目で見つめた。

彼女が今までやってきたことを考えれば当然の報いだ。同情なんかできない。

殿下の足元にすがるカリスタを従者たちが引き離す。


「ここに宣言する。カリスタ=ベレスフォードは王家に対する不敬罪により学園を追放とする。今後二度と私とヴィクター、それに君に陥れられ学園を追われた令嬢たち、並びにそこにいるステラ=ヴェルナー男爵令嬢に近づくことを一切禁止とする。もし破ればその時はそれなりの処遇をとらせてもらう。言っている意味は、分かるね?」


それに、と殿下は言葉を切り、カリスタ同様青ざめた顔でおろおろしている取り巻き令嬢に視線を移した。


「君たちも、もちろんただで済むとは思ってないね?君たちは当面の間自宅謹慎。各家門には追って沙汰を出すから。君たちの軽率な行動が自分の家の名誉に泥を塗ったと知るがいい。そう思うと両親に顔向けできまい?自分たちの行ってきた言動がどれだけの人を追いつめ傷つけてきたのかを謹慎中よく考えるといい」


泣き崩れ、喚き散らす令嬢たちをみて哀れだなと思った。人を呪わば穴二つ。

悪事は必ず自分に帰ってくるのだ。

殿下は従者に、崩れ落ちたカリスタを連れて行くように命じた。従者に腕をつかまれ持ち上げられたカリスタはハッと我に返り全身を使って暴れだした。


「放しなさい!!私を誰だと思ってるの!!私はベレスフォード侯爵家のカリスタよ!!こんな無礼許されるわけがない!!」


カリスタは肩でハアハアと息をつくと、従者を振りはらい私を見た。その目には狂気が滲みゾクッと鳥肌が立った。彼女は腕を振り回しながらじりじりと後ずさる。それを追いつめる従者。

その手が近くにいた生徒の持つトレーに触れた。上には注がれたばかりの湯をたっぷり入れた熱々のティーポット。彼女はそれをつかむと私をキッと睨み据えた。


「そもそもお前が悪いのよ!このあばずれが!!お前さえヴィクター様に近づかなければ…っ!私はもう少しで彼の婚約者になれたのにっ!!!」


彼女が従者を突き飛ばしその勢いのまま私に突っ込んでくる。持っていたポットを振りかぶると勢いよく私に向かって投げつけた。空中で蓋が外れ中の紅茶が勢いよく私に降りかかる。


「…あつ…っ!」


突然の事に避けきれずポットが額にぶつかる。紅茶をかぶった部分が火が付いたように熱くなる。


「「ステラ!!」」


シンディとセシリアが慌てて私の元に駆け寄る。

思わず蹲ると床に血の雫が落ちた。


「ははっ!!そのまま醜い姿になればいい!!」


高らかに笑うカリスタを今度はしっかりと従者が取り押さえる。

私はヒリヒリと痛む顔と首筋を押さえながらカリスタを見上げた。狂気で我を忘れた彼女はもう正気とは思えなかった。何が彼女をここまでさせたんだろう…。


「ステラ…大丈夫ですか?冷やさないと…」


セシリアが泣きそな顔で私に寄り添う。


「彼女を早く医務室に」


殿下の言葉にシンディが私の腕を取る。

私がカフェを後にし扉が閉まるその時まで、カリスタの喚き声が耳に届いた。





「この手を放しなさい…!!こんなことして王妃さまが黙ってらっしゃるわけないわ!!だって私はベアトリーチェ様の本当のむ…」


そこまで言うとカリスタがふいにその場に崩れ落ちた。人形のように力ない姿はどうやら気を失っているようだ。


「失礼しました。エリオット殿下」

「ヴィクター」


気がつけば殿下のすぐ近くにヴィクター様が立っていた。どうやら彼がカリスタの意識を奪ったらしい。彼女の腕を無造作につかみ、それを従者に渡す。カリスタは両脇を従者に抱えられ連れ出された。

突然の逆断罪イベントに周囲の生徒たちが興奮気味に騒ぎ出す。それを一瞥すると殿下は再び声を上げた。


「静まれ!!」


周囲がシーンと静まる。殿下はぐるりと自分を取り囲んでいる生徒たちを見回す。


「今ここにいる者は自分が無関係だと思っているのかな?噂を知っていた者、広めた者、面白がっていた者、嘲っていた者…いろんな形でこれまでの噂に関わってきた者も多いだろう。その行為がどれだけ彼女たちを増長させ、貶められた令嬢たちが傷ついたことか。傍観も加害なのだと…君たちも今一度考えるといい」


下を向いている者、顔を見合わせて気まずそうにコソコソ話している者、対応は様々だったけど概ね殿下の声はみんなの心に響いたようだった。


「カリスタ嬢に貶められた令嬢たちの名誉は王家の名において必ず回復すると約束しよう。今後は根も葉もないうわさに振り回されないように」


殿下が踵を返しカフェを出ていく。その後ろにヴィクター様が続いた。




外に出た二人は正面を向いたまま静かに言葉を交わす。


「あれでよかったの?ヴィクター」

「はい、お手数をおかけして申し訳ありませんでした」

「君が僕に頼み事をするなんて滅多にないから…うれしかったよ」

「恐れ入ります」

「カリスタ嬢の言動は目に余るものがあったからね。僕も何とかしたいなとは思ってたんだ。義母上(王妃殿下)の名前を笠に着てやりたい放題だったし。()()()もいつ表に出るかと気が気ではなかった」

「心中お察しします」


ヴィクターが殿下の後ろに控える。二人は小さい頃から共に過ごした幼馴染。周りに誰もいないことを確認してヴィクターの口調が砕けた。


「王妃殿下は大丈夫なのか…」


彼女になんの許可も取らずカリスタを学園から追放してしまった事に言及する。この処遇をひっくり返すのは王妃だったら朝飯前だろう。そうなれば彼女は更に増長する。


「それは大丈夫。義母上もカリスタ嬢の事、見限っていたから」

「そうなのか?」

「自分の産んだ子なのにね。平気でそんなことができるんだよ、あの人は。おそらく彼女は修道院送りになるか国外追放になるか…口封じに殺される…なんて事はないと思うけど」


と殿下は笑った。


「あとの事は、まあうまくやるから。君はもう戻っていいよ。じゃあね」


殿下は従者と共にその場を後にした。




今回の事はすべてアレクシスの指示だった。

カリスタを噂で煽ったのも、俺をベレスフォード家のパーティーに出席させたのも、そこに彼を招き入れ一芝居打った謀略も。そして仕上げをエリオットに委ねさせたのも…すべて彼の策略だった。

こうもうまくいくとは思わなかったが奴の指示通りに動いた結果、この短期間でカリスタの追放まで持ち込むことができた。


(敵に回したら奴ほど恐ろしい男はいないな)


あいつが何を考えているのかはさっぱりわからない。

時期が来たらと、あいつはそう言っていた。

それがいつの事なのか…それすらもわからない。


(しばらくはあいつ信じて待つしかない)


有事の時には必ず恩を返せるように。

見上げた空はこれまで見たどの空よりも青かった。

俺はその決意を空に誓った。




次話投稿は明日19時です。

明日は「オレ」目線の締めくくりです。

よろしくお願いします。


王太子の瞳の色を少し変更しました(2020.12.9)

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