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49 私と月夜の侯爵邸

ちょっとサブタイトルが苦しくなってきました。

カリスタの邸宅はファリントン家よりさらに王城に近い一等地にあった。宰相家にゆかりのある侯爵家だけあって立地も優遇されている。

会場に到着してすぐ私は、第一の罠が仕掛けられている事に気が付いた。

それは参加者の全員が同伴者を連れているという事。こういうパーティーに同伴者を連れてこないことが既にマナー違反である事はさすがの私でも知っている。でももらった招待状の参加条件には『趣向を凝らしたパーティーのため参加は必ず一人で』と書かれていた。要はこのパーティーで私に恥をかかせたいという事なんだろう。


(このまま笑いものになるのも癪に障る…)


どうしようかと考えていると後ろから声をかけられた。


「こんなところで何をぼーっとしているのだ。腹でも痛いのか?」


聞き覚えのある声とからかうような口調にすぐに誰だかわかった。


「そんなわけないではないですか」


立っていたのはヴィクター様だった。


「ヴィクター様こそこんなところでどうされたんですか?」

「パーティーに呼ばれたに決まっているだろう。でなければこんな所、好き好んで来るわけがない」


吐き捨てるように彼が言う。はい、ごもっともです。

現れたヴィクター様の姿は確かにパーティー用の装いだった。襟元に銀糸の刺繍をほどこした濃紺のイブニングコートに真っ白のジャボ。胸元の赤いブローチが色を添える。


「いつも素敵ですが今日は一段とかっこいいですね」


思ったことを口にする。ヴィクター様はそんな私をまじまじと見つめた。


「すまない。せっかくのお前の気持ちはうれしく思うが俺にはエレオノーラという愛する女性が…」

「わかっています。告白ではありませんのでご心配なさらないでください」


何だろうこの人。天然なのかな…?

ため息を吐く私にヴィクター様が腕を差し出す。ん?と見上げると行くぞ、と声をかけられた。


「は?」

「俺がエスコートをしよう。不服か?」

「いえ、そのようなことはありませんが…」


と。私はヴィクター様の腕に手を回した。


(終わったな、私の命…)


ヴィクター様は満足そうに微笑むと私の耳に唇を寄せ、


「お前こそ、今日は一段と美しいな」


とささやいた。


(ちょっ…!耳やめて!!)


私は耳を押さえ赤くなる頬を隠しながらいざ戦場に足を踏み入れた。




会場内はキラキラしていた。夜だというのにとんでもなく明るい。そしてきらびやかな人人人…。


「ヴィクター様…。私、まぶしくて目かつぶれそうです…」


思わず顔を押さえる。


「何を言っている。しゃんとしろ」


そんな私の腕をつかんで力ずくで顔から外す。エレオノーラ様といいなぜ二人とも私に力技を行使するのだろう…。恐る恐る目を開け、眩しさに目を慣らす。と、真正面にいたカリスタ様一派と目が合った。

おおぅ…真正面とか…わざとですかヴィクター様…。

カリスタは単品の私を笑いものにしようとした思惑が外れ、さらにヴィクター様にエスコートされる私を見て今まで見た事がないような形相でわなわな震えながら私を見つめている。


(だめだ…今日死ぬんだわ…)


瞼の裏に走馬灯が見えた。


目が合った手前知らん顔をすることもできず、ここは腹をくくるかと背筋を伸ばしカリスタの前まで進むとカーテシーをする。そういえばこれが初対面だったなと今更ながらに思う。

しばらく頭を下げていたが一向に反応がない。ゆっくり姿勢を正すとカリスタ一行がクスクスと笑っている。仕方なく声をかける。


「ベレスフォード侯爵令嬢。本日はお招きいただきましてありがとうございます。ステラ=ヴェルナーでございます」


カリスタは私を一瞥し、バサッと派手な音を立てて扇を開くと口元を覆った。


「聞きまして皆さん。ステラ=ヴェルナーですって。どなたか彼女をご存じかしら?私こんな方招待した覚えはございませんのに、どこから紛れ込んだんでしょう」


カリスタが声高に嘲る。周りの取り巻きも同調して高らかに笑う。はあ、もうめんどくさい…。


「しかもどこの馬の骨ともわからぬ女が許しもなくこの私に声をかけるなんて。男爵家ではそんなマナーも習わないんでしょうか?」


そのどこの馬の骨の素性をご存じではないですか、カリスタ様…。

どうしたらこんな厭味な人間になれるんだろう。くそぅ…腹立たしいったらありゃしない!

すると、歯噛みする私の後ろから声がした。


「さわがしいな。何のさわぎだ、カリスタ嬢」


気がつけばヴィクター様が私の後ろに来ていた。


「まあ…っ!!」


カリスタの顔がぱあっと輝く。


「ヴィクター様からお声をかけて頂けるなんて光栄ですわ。最近ちっともおそばに置いていただけないから、私寂しかったんですのよ」


甘ったるい声を出しながらしなだれかかるカリスタ。腕を絡めようと伸ばした手をヴィクター様がさりげなく躱し、私の肩を抱き寄せる。


「申し訳ないがカリスタ嬢。今日は彼女のエスコートのためだけにここにいる。あいさつは済んだのだろう?行こう、ステラ」


あおるような言い方をし、見た事もないようなまぶしい笑顔で私に微笑みかける。


(はは、もうどうにでもなれ…)


私はにっこりヴィクター様に微笑みかけるとその肩に頭を預けた。


「ええ参りましょう、ヴィクター様。それでは失礼いたします。ベレスフォード侯爵令嬢」


その際カリスタを一瞥することも忘れない。優雅に一礼するとその場を後にした。






「助けて頂きありがとうございました」

「ふむ、これでレベル4は確実か」

「わかっていてやられたんですか」

「…まあ、そう言われているからな…」

「…はい?」


会場の喧騒を離れたところで頭を起こしヴィクター様から離れる。


「いや…。とにかく、しばらくは会場に戻らない方がいいだろう。この先に東屋(ガゼボ)がある。そこでほとぼりを冷ませ。何か飲み物でも持ってくるから先に行っていろ」

「…はい、ありがとうございます」


ヴィクター様と別れ一人東屋を探す。白薔薇の咲き乱れる庭園が月明かりにてらされ青白く光る。憎たらしいカリスタの邸宅だけど庭はとても美しかった。


(パーティーデビューがまさかこんな形になるなんてね)


アレンに贈ってもらったドレスの裾を持つ。そのままくるりと回るとフワリとスカートが広がった。チュールとオーガンジーで仕立てられたドレスは羽のように軽い。こんな素敵なドレスを身に着ける事なんて前世では一度もなかった。結婚式を夢見て式場に足を延ばしたこともあったけど結局は試着すらすることはなかった。


(まさかこんな素敵なドレスを身に着けられるなんて夢にも思わなかった)


純粋に喜んでいる自分がいる。男爵家にいた頃も夫人に頂いたドレスがたくさんあったけど正直このドレスが一番素敵だと思うし一番似合っていると思う。誰も見ていないのをいいことに思わずへへっと頬が緩んだ。

いい気分のまま軽い足取りで歩を進めると目指す東屋は庭園の奥にあった。ここまで離れると会場の喧騒も届かない。人の気配もない、と思ったのに。


(だれか、いる?)


東屋の中には先客がいるようだった。暗闇の中、人影が動く。


(近づかない方がいいかな?)


どうしようか迷っているとその人物が立ち上がった。月明かりに照らされた金色の髪が青白く輝く。

そして、


「ステラ」


その人物が私の名前を呼んだ。ゆっくりと手を差し出す。月明かりを背にしているため顔はわからない。でもその声には聞き覚えがあった。


「……ア、レン?」


目の前まできた彼がにっこりと微笑んだ。


「どうしてここに?…それにその髪…」


静かに私の手を取る。彼の髪色は輝くブロンド。それに瞳の色もいつもと違う。


「今はその名前で呼ばないで」


自分の唇にそっと人差し指を押し当てる。そのままエスコートされ東屋のベンチに腰掛けた。


「なんでここにいるの?どうやってここに…?」


意味も分からず説明を求める私の前に彼は膝まづいた。


「うん。ちょっと君とイチャイチャしようと思って、ね?」


手の甲に唇を落としたアレンが私の手を引いて体勢を入れ替える。バランスを崩した私はベンチに座ったアレンの膝の上に横抱きで抱えられた。そのまま抱きすくめられる。


「ちょっ…とっ!どういう事!!」

「しーっ、静かに」


耳元でささやかれ体がビクッと跳ねる。


「しばらくこのまま…」


アレンの唇が私の首筋に触れる。吐息がかかる。私はギュッと目を瞑り息を詰めた。

月明かりの下で見るアレンは別人だった。見た目もそして私への扱いも…。

心臓のドキドキが止まらない。過去は勿論現在も恋愛経験の乏しい私は固まったまま動けない。

アレンはクスっと笑うと


「ガチガチだね。緊張してる?」


と私の顔を覗き込んだ。私はと言うとアレンの顔も直視できず真っ赤な顔で目だけがキョドキョドとさまよっていたに違いない。

アレンの唇が私の頬をかすめる…。

と、その時、


ガサガサッ


茂みを揺らす音が聞こえた。続いてカツカツッという足音。聞こえた方向に顔を向けると一人の令嬢と目が合った。


(カリスタ?!)


彼女は私と目が合うと真っ赤な顔でその場から走り去る。


「待って…!」


あわてて追いかけようとした私の腕をつかみ、なぜかアレンが引き留めた。


「どうして?!」

「いいんだ、ステラ」


アレンはいつもと変わらぬ冷静な態度で私を見る。


「だって!!」


こんなとこ見られたらどうなるか…?!


「いらっしゃいますか?ヴィクター様」


アレンは私をベンチに座らせると、暗闇に向かって声をかけた。


「ああ、ここに」


闇の中からヴィクター様が姿を現す。


「えっ…?」


(どういう事…)


「あとの事はお願い致します」

「ああ、任せておけ」


なにがなんだか分からず慌てる私にアレンが微笑む。


「さあ、仕上げといこうか」


月明かりに照らされたアレンが残酷に笑う。

今まで見た事のないその顔に私は思わず息をのんだ。


次話投稿は明日19時です。

よろしくお願いします。

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