48 私とドレスと招待状
パンケーキの考案者が私だと学園中に広まったころから、カリスタ様の嫌がらせがピタリと止まった。
あれだけ毎日のように執拗に繰り返されていた嫌がらせだったのに、急になくなるとなんだか物足りない…じゃなくて落ち着かない。
それどころかカリスタとその取り巻きたちもこのところ姿を見かけない。
それはそれでちょっと怖い気もする。それよりも…、
「ヴィクター様はいったい何をされているのでしょうか…」
私の肩を抱くようにピッタリと隣について離れないヴィクター様に話しかける。最近では授業中以外どこに行くにも常に寄り添っている。
「大変歩きづらいので少し離れて頂けると嬉しいのですが…」
「それはできない。君のいうところの嫌がらせレベル3まで来てしまったからな。残すはレベル4のみ。恩人の君に何かあったら俺はエレオノーラに顔向けができない」
真面目な顔でヴィクター様が言う。
残すはレベル4のみって…え?私とうとう殺されるの?
「…ご心配には及びません。友人もいますし…アレンも陰ながら守ってくれていますから」
それにカリスタの想い人のヴィクター様にこんな風に寄り添われていたらそれこそ命の危機だ。
「アレンか…前から不思議に思っていたのだが、彼は君にとってどういう存在なのだ?ただの従僕ではないのだろう?」
ヴィクター様が間近で私の顔を覗き込む。ほつれ髪が頬をかすめる。う…近すぎです、ヴィクター様。
私は彼の肩を軽く押す。が体の大きなヴィクター様はびくともしない。
「アレンはスラム時代からの私の幼馴染なんです。と言っても彼はスラム生まれではありませんが」
「…どういうことだ?」
「9年前の寒い冬の夜、突然私の前に現れました。どこか由緒あるお家から攫われて来たのかもしれませんがなにぶん記憶がないので…」
「記憶が?」
「はい。自分の名前以外何も思い出せないと。それは今でも変わりません。手がかりがあればと思っているのですが…」
時が経てば経つほど手がかりは少なくなる。学園に来て何かのきっかけでもあればと期待したのだけれど、まず本人に思い出す気がない。過去の事はどうでもいいと笑う彼の本心が読めない。ヴィクター様が立ちどまりふむ、と考え込む。
「もし彼が…、その由緒ある家の子息だったとしたら…お前はどうするのだ?」
「え…?」
そう言われ、言葉に詰まった。そういえば…いままでそんな事考えたことがなかった自分に気づいた。
アレンも過去に未練はないと言い、私もただなんとなく記憶が戻って自分の居場所に帰れたらいいね、くらいにしか思ってなかった事に今更気づく。もし本当に彼の記憶が戻り自分のあるべき場所に帰ってしまったら、私はどうするんだろう…。
「私は…」
「あまりステラに近づかないで頂けますか?ヴィクター様」
突然腕を引かれバランスを崩す。転ぶ、と思った瞬間、私はアレンの胸に抱きとめられた。
「アレン…」
「少々距離が近すぎるかと。あなたにはエレオノーラ様という婚約者がおありでしょう。誤解を招くような行動は慎んでください。でないと…」
アレンは一旦言葉を切った。
「エレオノーラ様に言いつけますよ」
ヴィクター様は参ったというように両腕を上げた
「それは…困るな。今後は気を付けよう」
そうしてください、とアレンが私の拘束を解いた。
そしてヴィクター様の肩口に顔を寄せ厳しい顔で何かをささやく。
余計な事をするなと、唇が言った気がした。
(まさかね…?)
私は話題を変えた。
「ねえアレン。最近カリスタ様からの嫌がらせが収まっているのだけれど、どうしてか知ってる?」
アレンは視線を私の方に向けるといつも通りの笑顔で私を見た。
「今は特に何も。彼女の周りも一様に大人しいみたいだし。何か次を企んでいるのかもしれないけど。まあ嵐の前の静けさってやつかな」
ははっとアレンが笑う。私的にちっとも笑えないけど…。
「ともかく、先手を打つに越したことはない。彼女の場合放置しておいていい事なんて一つもないからね。ここは一気に叩き潰すよ」
アレンの瞳が怪しく光る。ねえなんか…。アレンのキャラが…なんかちょっと…本気で怖い。
「さあステラ、これからが本番だよ。君にはやってもらわないといけないことがあるんだから。覚悟して、ね?」
怖い怖い…っ!いったい何させられるのか…。本気で怖いっ!!!
「ちょっとステラ!あなた本当にきれいよ!」
メイク道具を片手にシンディが興奮している。
「ステラ、動かないで。動くと髪がうまくまとまりませんから」
ブラシを持ったセシリアが文句を言う。
二人の自称美容家の手によって私は今とても美しく飾り立てられている。アレンがどこぞから用意してきたベアトップのイブニングドレス。背中の大きく開いたシャンパンピンクのドレスは大量のモチーフレースとチュールとシフォンで仕上げられている。胸元を飾るエンジ色のベルベットリボンがアクセントになっていてとても清楚でかわいらしい。
「それにしてもこのドレス、ホントにステラによく似合うわね」
「アレン様はステラの事を本当によくわかっていらっしゃいますわね」
ああ、またこの生暖かい微笑み。そしてなぜか赤い二人の顔…。
今、私の手元に一通のパーティーの招待状がある。差出人はカリスタ=ベレスフォード侯爵家。
昨日寮の私の部屋に彼女の取り巻きの一人が持ってきたものだ。慎重に開封する。今までの経験上刃物でも仕込まれてるかもしれないと警戒したが中にあったのはたった一枚のカードのみだった。日時と場所が記されたカードには参加条件と今までの非礼を詫びたい旨が一言添えられていた。
(めっちゃ怪しい…)
これまでのテンプレな嫌がらせをしてきた彼女なら絶対罠に違いないと思い一応アレンに相談する。すると彼は考える暇もなく行って来いと私の背中を押した。
「え?一人で行くの?」
一緒に行ってくれないの…?
「参加条件に一人でって書いてあるし、僕は招待されてないからね。君なら大丈夫!ガツンと一発かましてきてよ!」
ガッツポーズで微笑まれ、引きつった笑いで答えるしかなかった。
次話投稿は明日19時です。
よろしくお願いします。




