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47 私と噂とパンケーキ

アレンの爆弾発言から一週間。

私への嫌がらせはレベル2からレベル3に移行し始めた。


その日はやけに朝から視線を感じるなぁと思っていた。

クラスメイトが遠巻きにコソコソと何かを話している。話しかけると曖昧に笑って席を立つ者もいた。なんだろうなぁと思っていた理由をシンディが仕入れてきてくれたのは昼休みだった。


カフェに入った途端遠巻きに見られている事を気遣って、セシリアが3人分のランチボックスを用意してくれた。それを持って外に出る。きれいに整えられた庭園のベンチに座るとシンディが口を開いた。


「あなたのおかしな噂が広まっているのよ」

「私の?」


どんな噂だろう。まさか木に登ってるのがばれたとか?それはちょっと恥ずかしいかも…。

二人が顔を見合わせ、深刻な顔で頷き合う。


「あなたが…男爵家の実令嬢ではなく、スラム街の孤児だったという噂よ]

「ああ…」


なんだ。そのことだったのか。


「おそらくカリスタ様が流したんだろうけどあんまりだわ。そんな根も葉もない事」

「こんな出まかせであなたを貶めようなんて…なんて方なの…本当に許せませんわ!」


私のために二人が真剣に怒ってくれているのがわかる。別に隠していたわけじゃないけどもっと早く二人には話しておくべきだったと後悔した。


「いいのよ二人とも。それホントの事だから」

「「え?」」


シンディとセシリアがポカンと口を開く。


「なんて…?」

「黙っていてごめんなさい。別に隠していたつもりはないの。私、ある縁でヴェルナー家の養子に迎えて頂いたの。それまでは今は『希望の町』と呼ばれるスラム街で暮らしていたわ。孤児というのもほんとよ。捨て子だったのも事実」

「…うそでしょ、そんな事って…」

「こんなことになるくらいならもっと早くみんなに話しておくべきだった。ただスラムで生まれて育ったことを私は恥じてはいないから…。こんな風にみんなの関心を引くとは思っていなかったの。思慮に欠けていたわ。二人にも心配をかけてしまって…本当にごめんなさい」


二人が顔を見合わせる。気まずそうに私の顔を見比べる。その態度に鈍感な私もさすがに気付いた。

あっそうか…。私ったらまた…。


「ごめん、二人とも。ダメね、相変わらず空気が読めなくて…。私もう行くね。これからは声かけてくれなくて大丈夫よ。ほんと気にしないで」


慌ててランチボックスを包み直すとそのまま立ち上がった。

二人があまりに優しく気の置けない仲になっていたと思いこんでいた私は失念していた。二人は生まれも育ちもれっきとした貴族の令嬢だ。私が気にしていなくても二人はそうはいかない。スラム上がりの私と友人なんて世間体を憚って然りだ。


(そういう事に私はいつも気づけない…)


空気を読めない自分が本当に恥ずかしい。

なんとなく二人と顔を合わすことができずランチボックスを抱え、じゃあね、と一歩踏み出したところでシンディに腕をつかまれた。


「待って、どこ行くの?」


私は下を向いたまま口元だけ笑ってみせた。


「近いうち、それは噂ではなく真実だとみんなも分かるはず。だから私とは早いうちに離れた方がいいわ。あなたたちにも迷惑がかかるから」

「それ…本気で言ってるの?」


シンディの声が冷たく言い放つ。つかむ腕に力が入る。いつも優しいセシリアもどこか厳しい顔をしていた。


「私たちの事、そんな風に思ってたんだ…」

「…そんな…つもりじゃなくて…」

「じゃどんなつもりよ!!私はあなたの事が好きで友達になったの。生まれや育ちで仲良くなったわけじゃないわ!」

「…シンディ」

「今のはあなたが悪いですわ、ステラ。私だってそんな風に思われてたと思うと悲しくなりますもの」

「セシリア…」

「ちょっとびっくりしましたけど、そんなことで離れるほど私たちは薄情ではありませんのよ。出自が表に出たことであなたが嫌な思いをするんじゃないかって心配をしただけ」


セシリアがにっこり微笑むと私の頭をよしよししてくれる。シンディはつかんでいた腕を放すと腕を組み、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「あなたがあまりにもあっさりしてたからちょっと面食らったのよ。変な誤解しないでちょうだい」

「そっか。うん…ごめんね、二人とも。ありがとう」


(友達って…こんなにあったかいものなんだ)


楽しい時は共に笑ってくれて、私の事を心配してくれて、自分の事以上に怒ってくれて、そして理解しようとしてくれる。実際はなかなかこんな友達に会う事は出来ないだろう。でも今彼女たちは私の前にいてくれる。


(私…この世界に生まれて本当によかったな)


心の底からそう思えた。



「因みに僕もスラムの出身ですよ」


どこからともなく声が聞こえビクッとする。いつから居たのか。ベンチの後ろにひょっこりアレンが現れた。


「アレン!」


いつから聞いてたんだろう…。

アレンは私の顔を見るとにっこり微笑んだ。


「あなたのおかしな噂が…の辺りからでしょうか?」


ヤバイ!!また読まれてる!!

私は慌てて両手で口を覆った。


「僕とステラはスラム時代からの幼馴染なんです。僕もヴェルナー家に拾って頂いた身なんですよ」


シンディとセシリアがあんぐり口を開けている。いきなり現れてそんなことを言われたら誰だってびっくりするだろう。アレンはそんな二人にお構いなく話を続ける。


「とはいえ、晒される必要のない事実を公に暴露され黙っているのも癪に障ります。ここは一つお二人にも協力していただき一計を案じようかと思うのですが一口乗りませんか?」

「ちょっとアレン…?あなた何てこと言い出すの。二人を巻き込むなんてとんでもない…!」


シンディとセシリアが顔を見合わせる。


「なに大したことではありませんよ。お二人には事実を噂としてすこーし広めてもらえればいいだけですから」

「手伝ったら、少しはカリスタ様をやり込める事ができるのかしら?」


シンディが問う。アレンはうーんと少し考えてから意地悪そうに笑った。


「そうですね。鬼の形相で歯噛みする顔くらいはお見せできると思いますよ」


シンディがははっ、と笑った。


「面白そうね、いいわよ。その話乗った」

「それでは私も。ふふっ、なんかワクワクしますわね」


セシリアが軽く手を上げて参戦を表明する。

そう、当の本人を置いてきぼりにしたまま…。


「それで、私たちは何をしたらいいの?」

「噂には噂を。悪意の噂はきれいな色に塗り替えてしまえばいいのです」


アレンが最近覚えた悪い顔で微笑んだ。







噂というのは良くも悪くも広まるのは早い。それだけ世間がゴシップを求めているという事なんだろう。


「ねえ、新しくカフェのメニューに加わったパンケーキ召し上がりました?」

「あの《ハチミツ》かけ放題の、でしょ?」


カフェの其処此処で令嬢たちが女子トークの花を咲かせる。


「そうそう、高級なはちみつをかけ放題なんて夢のようですわ」

「あれ我が国で生産されているお品なんでしょ?だから比較的お安く手に入るとか」

「そうはいっても高級品よ《ステラ印のハチミツ》」

「ねえ、ご存じ?あれ1年のステラ=ヴェルナー男爵令嬢が生産から販売まで手がけているとか」


私はカフェの片隅で教本を頭に乗せて体勢を低くする。


「ああ、あのスラム上がりと噂の?」

「そう、でも真実は噂と少し違うみたい。実は彼女幼い頃にかどわかされた貴族の令嬢らしいわ。10年近くスラムでお辛い日々を過ごされていたとか」

「まあおかわいそう…」

「出自がわかり没落してしまったお家の代わりにヴェルナー男爵家に養子として引き取られたそうよ」

「ご苦労なさっているのね。その上あのお年で事業も起こしてるなんて、なんてごりっぱなんでしょう」

「ここのハチミツもすべてステラさんのご厚意らしくてよ」

「しかもとてもお美しいとか」

「容姿も才能もお持ちなんて。是非お近づきになりたいわ」



とまあ…、こんな噂がまことしやかに飛び交っている。


「ねえ、アレン…。私、嘘は嫌なんだけど…」


頭が見えるか見えないかのところまで椅子から体を滑らせ、噂のパンケーキをつつきながらアレンに不満を漏らす。


「まあいいじゃない?これで悪意の噂はいいようにすり替わったし」


あの作戦会議ののち、私たちは"私の個人資産"を使って大量の《ステラ印のはちみつ》仕入れた。それを学園のカフェに下ろし新たに《フワフワパンケーキ》なるものをメニューに加えてもらった。

卵白と卵黄に分けた卵のうち卵白に砂糖を加えながら固く角が立つまで泡立てメレンゲを作る。振るった小麦粉と重曹、卵黄を混ぜそこにメレンゲを少しずつ加え泡をつぶさないようにふんわり混ぜる。バターを熱したフライパンに生地を優しく落とし弱火でじっくり焼き上げる。ふわっとした見た目と口に入れたらジュワッと溶ける食感がたまらない。この世界には薄く焼いたクレープみたいなパンケーキは存在したがこういうひと手間かけた料理はあまりない。レシピを教えたカフェの料理長がとても喜んでくれていた。

このめずらしく上品なデザートは令嬢たちの間で瞬く間に広まった。私の噂と共に…。


「《フワフワパンケーキ》の考案者もステラだって広めておいたから4,5日中には学園中の関心をさらうと思うよ」

「…考案者ではないんだけどね」


これも私が考えたレシピじゃないし…。考えた方、重ね重ね申し訳ありません。


「それにしても何なの?この手際の良さ」


私がやった事と言えばパンケーキのレシピを料理長に教えただけ。あとはアレンがうまく立ち回ってカリスタの悪意ある噂を喰ってしまった。アレンは私のパンケーキをフォークで切り分けると自分の口に運ぶ。


「そんなに難しい事じゃないよ。今も昔も噂好きの人間っていうのは常に自分が発信源でありたいと望んでるんだ。だからその心理を利用させてもらっただけ」

「アレンは心理学者にでもなったらいいと思う…」


アレンにシンディにセシリア。それにヴィクター様が人脈をつかってそれとなく広めた噂。たった一人に伝わったそれが瞬く間に拡散されていく様は驚くほどだった。


「こんなこと考えつくアレンがちょっと怖い…」

「言ったでしょ。僕は君のためだったら何でもするって。こんなのはまだまだ序の口だよ」

「え!まだ何かするの?」

「当然。だってこれじゃカリスタ様を亡き者にはできないからね」


ふっふっふっと魔王のような顔で笑うアレンがちょっと怖い。

つくづく敵に回さなくて良かったと思った。



次話投稿は明日19時です。

よろしくお願いします。

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