45 私と嫌がらせと伯爵家の・・・
「少し見ないうちに、ずいぶんボロボロになったね」
ランチ時、テーブルの向かいからまじまじとアレンが私を見つめてくる。
ヴィクター様に宣言したあの日以降、なかなかに刺激的な毎日が続いている。
モノがなくなるという嫌がらせが少なくなってホッとしたのもつかの間、今度はレベル2、身体的な嫌がらせが始まった。
階段で押されて落ちる、階上から水が降ってくる。植木鉢が落ちてくる、教科書の隙間に仕込まれた薄手の刃等々、テンプレートな嫌がらせが次第にランクをあげてきた。
「まあね、一瞬たりとも気を抜けないのは事実ね」
「なかなか手強い方みたいだね」
アレンはきれいに切り分けられたサンドイッチを口に運ぶ。
「で、アレンは?学園生活は順調?」
「うん?まあね。そこそこ楽しくやってるよ」
「そうそれはよかったわ」
当初私の周りの人間に害が及ぶのではないかと心配していたけど、あくまでターゲットは私だけのようでホッとしている。
「邪魔をするが、いいか?」
不意に頭の上から声がする。見上げるとランチプレートを持ったヴィクター様が私を見下ろしていた。
「ヴィクター様」
返事を待たずに彼が私の隣に座る。
「相当ひどい目に遭っているそうだな」
湿っている私の髪に触れる。つい先程も渡り廊下を歩いていたら上から水が降ってきた。
「まあ…今回はただの水でしたので、冷たいだけですから」
大丈夫です、とランチの鶏のグリルを口に運ぶ。先日は泥水だったのでそれに比べたら全然ましだ。怪我したわけでもないしね。
「…その強さはどこから来るんだ」
普通だったら寝込むレベルだろう、とあきれられる。
「ステラ様はそういう方なのですよ。そんじょそこらの令嬢と一緒にしないでください」
「…それ、ほめてないわよね、アレン…」
アレンが口をはさむ。
そういえば、ヴィクター様とアレンって初対面だったっけ?
「ヴィクター様。これは当家の従僕のアレンです。歳はヴィクター様と同じですが諸事情により私と同じ学年で学んでおります」
「そうか…アレン。私はヴィクター=マクミランだ」
「存じております、マクミラン様。公爵家のご令息とお近づきになれるとは光栄です」
アレンがお得意の微笑みを浮かべる。
「先日はステラ様を2度もお助け頂いたと聞きました。本来ならば私が駆けつけるべきところでしたのに間に合わず面倒をおかけしました。この場をお借りしてお礼を申し上げます」
「……それはかまわない。彼女と知り合うきっかけにもなったしな」
「ええ、そのおかげで当家の令嬢は日々ひどい目に遭っている訳ですが…。これについては何かしらの責任を取って頂けると考えてよろしいのでしょうか?」
マクミラン様が料理を切り分ける手を止めアレンに目をやる。
「責任か…。何か望みでもあるのか?」
「そうですね…、最悪の事態が起こった場合、ステラ様を貰い受けて頂くというのはいかがでしょうか?」
「ちょっ…!アレン!何言ってるの?!」
「このままでは傷物になるのも時間の問題ですから。その前に手を打って頂けるとありがたいです」
挑戦的な眼差しでアレンが言う。
「それは…残念ながら無理だな。私には婚約者がいる。彼女以外と婚姻を結ぶつもりはない。たとえステラ嬢であろうともだ」
ガタガタっと何かが倒れる音がした。目をやるとカリスタがすごい形相で私を睨みつけている。手にした扇がおかしな方向に曲がっている。
(ちょっと待って!これって巻き込まれ事故…っ)
カリスタは近くにいた取り巻きの令嬢に体当たりをかますと勢いのまま歩き去る。慌てて追いかける取り巻きたち…。
「もう…何てことしてくれるんですか。二人とも…」
私は大きくため息を吐いた。
「すまない。また余計な火種を巻いてしまったか…。婚姻の約束はできないが、今後できる限りの事はさせてもらうが。それでは不満か?」
「婚姻とか…そんなものいりません」
なんでそんな話になるのか。そもそも話を振ったアレンが悪い。私は彼に視線を向ける。当のアレンは知らん顔でサンドイッチをパクついている。
「それならヴィクター様。もしよろしければ今度の休日、私にお付き合いいただけませんか?」
数日後私は休日を利用してアレンと一緒にファリントン家の門前にきていた。
ヴィクター様とは少し時間をずらして別の場所で待ち合わせしている。
前もってファリントン家には手紙で会いたい旨を伝えてあったが結局連絡は来なかった。ファリントン伯爵様がエレオノーラ様と外部の繋がりを断っているという噂は本当らしかった。
「やっぱりお会いすることは難しいみたいね」
「…まあ、そうだろうね」
強行突破すべく直接会いに来たが伯爵家の従僕に伝言してから1時間余り、中から人が出てくる気配はない。
「…今日の所は改めましょうか…」
諦めて平民街に向かう。ファリントン家の敷地はとても広かった。王都の中心部に比較的近いこのエリアは国の重役につく侯爵、伯爵家のお屋敷が多く立ち並んでいる。その中でもファリントン家の屋敷はかなりの大きさだ。取り囲む生け垣が果てしなく続いている。それに沿って街道に向かう途中、生け垣の隙間にうごめく何かを見つけた。猫だろうか…とそっとうかがう。許されるならちょっと撫でてみたい。
突如、生け垣から飛び出した黒っぽい毛玉。それが人の頭だと気づくのに時間はかからなかった。それに続いて白い腕がゆっくりと出てきて、さらにもう一本…。
咄嗟に頭に浮かんだのは昔見た映画の井戸から出てくる幽霊の姿…。
「ひいぃぃぃ!!!」
思わずアレン腹にしがみつく。突然の事にアレンがごふっと声を上げた。
「さ、さだ……」
「ぷはぁぁ!!」
幽霊もどきが頭に葉っぱをたくさんつけたまま声を上げた。
「もう!!ちょっと通らないうちにこんなに生い茂ってしまうなんて。庭師は何をしてるのかしら!」
まったくもう!!と文句を言いながら徐々に現れる体…。ちゃんと足も…ある。
「もしかして…エ、エレオノーラ…様…ですか?」
「あら!!ステラ!!」
体中に枝やら葉やらをまとわせたまま、エレオノーラ様が輝くように微笑んだ。
美女はどんな姿であっても美女なんだなと改めて思う。
「会いたかったわ、ステラ。あなたが来ていることを侍女がこっそり教えてくれたの。だからどうしても会いたくて」
シンプルなワンピースを掃ってからエレオノーラ様が私に抱き着く。私もエレオノーラ様を抱きしめた。
「とりあえず、ここを離れましょう。追手が来ると面倒だわ」
なんだかとても男前の事を言う彼女は、私の手を引き駆けだした。
次話投稿は明日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




