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43 私とアレンと紗奈の過去

「そんなことがあったんだ…」


その日の夜、私は夕食後アレンを談話室に呼びだした。男子寮と女子寮は隣同士にあり距離もそんなに離れていない。許可さえとれば間にある交流棟で話をすることもできる。

私はマクミラン様とエレオノーラの事の真相を事細かにアレンに話して聞かせた。カリスタ様のトップシークレットは除いて。


「カリスタ様か…。確かにそれは恐ろしい方のようだね」


ふむ、とアレンが腕を組んで思案する。


「やりすぎっていうか、なんでそこまでできるのか私には理解できない!」

「女性は怒ると怖いからね」

「あら?経験でもあるような口ぶりね」

「ん…?まあ、ね」


予想外の答えに言葉が詰まる。うそ…そんな経験、いつの間に。

私が固まっているとアレンがクスッ笑って


「まあ、冗談はさておき…」


と真剣な顔になる。


「僕の方でもちょっと調べてみたんだ。カリスタ様の事。彼女、エレオノーラ様だけじゃなくいろんな令嬢に手をかけているようだよ」

「他の令嬢にも?」

「この一年、学園を去った令嬢は少なくない。そのほとんどにカリスタ様が絡んでるようだよ。彼女は嫌がらせの天才だね。まさに悪役令嬢と言ったところかな」

「エレオノーラ様だけじゃなかったのね」

「彼女は立派だよ。それだけの嫌がらせを受けてもきちんと学業を修め学園を卒業している。とてもお強い方だと思う」

「…そうね」

「まあさすがに堂々という訳にはいかなかったみたいだけど…。去年担任だった先生によると、よく図書室に通われていたそうだよ。授業時間は以外は殆どそこで過ごされていたみたいだから。先生はとても勉強熱心だったってほめていたけど」


私の心臓がドキンっと音をたてた。


「彼女の履歴カードはすごかった。それは何十枚も。創立以来の記録を打ち出したって司書の先生が誇らしげだった」


私は自分の胸をギュッと握った。

心臓がドキンドキンを早鐘を打つ。なんだか頭が痛くなる…。


「ステラ?どうしたの?大丈夫?」


アレンが心配そうにのぞき込んでくる。私は大きく息を吸うと大丈夫、と呼吸を整えた。


「エレオノーラ様が図書室にいた理由。私…ちょっとわかる」

「ステラ?」

「私も昔…そうだったから」


紗奈の頃だけど、と付け加えるとアレンは私の隣に座り直し両手をギュッと握ってくれた。


「話してくれる?」


少し躊躇った後、私は紗奈の学生時代の事を話して聞かせた。




私には中学生の頃を境に疎遠になってしまった男の子の幼馴染がいた。

幼稚園の頃からの付き合いで名前は康介。


「彼とはずっと仲が良かったの。小さい頃は毎日一緒に遊んでた。中学校に上がってもしばらくは話したりしてたんだけど、だんだん話しかけても態度がそっけなくなって避けられるようになっていったの。今思えば思春期だったんだなって思えるんだけど当時は理由がわからなくてすごく悲しかった」


アレンの手に力がこもる。


「彼ね、当時すごく人気があったの。子どもの頃はただのやんちゃ坊主だったのに中学で一気に背が伸びて、剣道部って剣術の活動があったんだけどすごく強くてかっこよかったんだ。よく呼びだされて告白されたりもしてた。私が幼馴染だってわかると手紙を渡してとか写真が欲しいとかいろいろ頼まれて…。でもそういうの康介が嫌がるのを知ってたからいつも断ってた」

「そう…だったんだ」

「そしたらそのうち嫌な噂が広まり始めたの。私が康介を独り占めしたがって嫌がらせしてるとか、彼に付きまとってるとか。一部の女の子が流した噂だったんだろうけど広まるのはあっという間だった。違うって言っても誰も信じてくれなくて。だんだんみんなが離れていったの。それからは一人で過ごすことが多くなって、いつも図書室で本を読んでた」

「……」

「当時心配してくれる子とかも中にはいたんだけど、自分が情けないっていうか同情なんてされたくないっていうか…変なプライドが邪魔をしてその手をつかむことができなかった。素直じゃなかったの、私。康介にもそんな自分を知られるのが嫌で二度と自分から話しかけることもそばに寄る事もなくなった。そんな時に、ね…。たまたま通りかかった教室で聞いちゃったんだ」

「……なにを?」

「康介と友達の会話。好きな女の子の話をしてて…ほんとタイミング悪くてね…私の…名前が出たの。康介の好きな人が私なんじゃないかってからかわれてて」


私はへへっと笑った。


「すぐ離れればよかったんだけどなんとなく足が動かなくなっちゃって。でもちょっと聞いてみたい気持ちもあったの。私の事どう思ってるのか。好きでなくてもいいから、ただの幼馴染だって言ってくれたらちょっとは自分の存在を認めてあげられるかなって。そしたらね…」


私は静かに息を漏らした。


「どうでもいいって、あんな奴好きでもなんでもないって…はっきり言われちゃった。うざい、迷惑だとも…。びっくりしちゃった。まさか自分がそんな風に思われてたなんて思いもしなかったから。それからは…なんかもう、いろんなことがどうでもよくなっちゃって…人とかかわるのが面倒になっちゃったの。…だからエレオノーラ様のお気持ちがちょっとわかる」


アレンは目を瞠り私を凝視したままその場に固まる。


「あはっ、さすがにあの頃はちょっときつかったわ」


アレンの様子にしまったと思い、私は冗談っぽくへへっと笑って付け加えた。

アレンは昔から私のこういう話にとても敏感だ。いつも思いつめたように顔を曇らせる。


「ごめんね、アレン。私の事はもういいから…」

「紗奈は…その彼のことどう思ってたの?」

「え?」


唐突にそう聞かれて思わず聞き返す。


「もしかして…好き…だったの?そいつのこと…」


アレンの瞳がなぜか揺れている。私は当時を思い起こし素直な気持ちを答えた。


「…そうね。多分…好きだったんじゃないかな?小さい頃はお嫁さんにしてくれるって言ってたのよ」


今なら笑って話せるようになった。過去のかわいい思い出に笑みがこぼれる。


「おイモ畑でね、『大きくなったら農家のお嫁さんになる』って言った私に、自分が農家になるから結婚してくださいって。かわいいわよね」

「……」

「まさかウザがられてたなんて…ホント空気読めない自分が恥ずかしい」

「そんなこと…それは誤解…っ…だと思う…」

「昔の話だから。今はもう何とも思ってないわ。ただエレオノーラ様のお気持ちを考えると他人事とは思えなくて…本当につらい」


アレンが拳を握りしめて俯いている。こんな話聞かせるんじゃなかったかな。


「ごめんねアレン。あなたにそんな顔をさせるために話したんじゃないの」


私はアレンの両頬に手を添え上を向かせた。


「…君がいつも一人でいたのはそれが原因?そのせいで君は生涯一人でいようと決めたの?」


アレンが私の両手に自分のそれを重ねる。


「……そう、なのかな?わかんない…。でもそれだけが原因じゃないから。大人になってもっとつらいことが…あったの。それも結局は私が空気が読めてないだけで、自分の首をしめちゃっただけなんだけど。結局は自分のせいなの。紗奈にはそういう後悔がたくさんある。あの時ああしておけば、こうしていればって、いつも自己嫌悪に陥ってばかり」

「君は何一つ悪くない…悪いのは"康介"だ…」

「ありがとう、アレン。でもこの話はもう忘れて。これは過去の思い出話よ。癒えるだけの時間は十分すぎるほど与えられたわ。だからアレンがそんな顔をする必要はないの。私ね、生まれ変わって大切な人とたくさん出会えてとても強くなれたと思ってる。みんなのおかげよ。だから少しでもみんなに返したい。幸せになってほしいと思ってるの。だからエレオノーラ様とヴィクター様の力になりたい」

「君はいつも…人の事ばかりだね」


アレンが私の手に頬を摺り寄せる。


「ふふ、まあね。それが"ステラ"だもん。だからアレン。どうか私に力を貸して」

「わかってる…。僕のすべては君のものだ。すべては君の…望むままに」


アレンが私の手のひらに優しく口づけをした。



次話投稿は明日19時を予定しています。

よろしくお願いします。

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