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41 私と噂とポテトチップス

「なにしてるの?ステラ」


シンディがカウンター越しに話しかけてくる。私はジャガイモを薄く切りながら水にさらす作業の真っ最中。


「ポテトチップスを作ろうかと思って」

「ぽてとちっぷす?ですの?」


セシリアが首を傾げた。

ここは学園の寮内の厨房だ。入寮してすぐここの料理長と仲良くなった私はたまに使わせてもらえるようになった。料理ができると知ってシンディにもセシリアにも更には料理長にも大変驚かれた。そりゃそうよね。貴族は料理なんかしないもの。

大量にスライスしたジャガイモをしばらく水にさらした後、水気を拭き取り熱した油に投入する。コツはあまり一気に入れない事。一旦色づき始めると連鎖的に色が変わる。たくさん入れるとすくいあげるのが追いつかず最後の方が真っ黒…何てこともよくあるからだ。黄金色に変わったチップスにパラパラと塩を振る。


「ポテトチップスというの。よかったら食べてみない?」


シンディとセシリアが恐る恐る一枚を持ち上げる。そしておもむろに口に運んだ。


パリッ


小気味いい音が響く。途端に二人の顔が輝いた。


「「おいしい!!」」

「ほんと?よかった!」

「これジャガイモなの?こんな食べ方初めてだわ。私茹でたジャガイモのもそもそした感じが大嫌いなんだけど…これならいくらでも食べられそう!」

「軽いですわね。この塩加減がちょうどよくて…。本当にいくらでも食べられそうですわ」


二人とも気に入ってくれたみたいでよかった。


「ついでにこっちも。よかったら食べてみて」


私はもう一皿、二人の前に差し出す。


「これは?ジャガイモではありませんわね?なんだか黄色い?」

「これはシモンという名のおイモなの。味が全然違うわよ」


ジャガイモより少しだけ厚めに切ったシモンを同じく油で揚げ、砂糖衣をまとわせてある。


「わ、甘い!!」

「ほんとう!!なんですのこれ…こんなお菓子今まで食べたことありませんわ」

「最近流通が始まったばかりのおイモなの。まだあんまり知られてないんだけどね」


この2年でシモンは平民を中心に広まりつつある。でもまだ王都にまで流通は拡大していない。今後大きく伸びる商材である事は間違いないけれどもう少し時間がかかりそうだ。


「これ、はちみつをかけてもおいしいんじゃありませんの?」

「あ、それ私も思ったわ!最近安く出回り始めたのよね。お父様が言ってらしたわ。外国産のものより味がいいって評判なのよね。《ステラ印のはちみつ》!」

「……」


私は黙り込んだ。そう、いつの間にかされていた商標登録。頭にステラがついているのを知ったのはつい最近。イモといいハチミツといいみんな私の名前を気軽に乱用するのほんとやめて欲しい。


「そういえばステラと同じ名前ね。すごい偶然」


シンディがふふっと笑った。

私もあいまいにあはっと微笑む。


「で、こんなに作ってどうするの?おやつにしては多くない?」

「ふふん、シンディはまだ気づいていないのね。このチップスの依存性に」

「え?」

「見てごらんなさい、このお皿を。あんなに山盛り乗っていたチップスがもうこれしかないのよ」

「は!いつの間に…っ!」


大皿にこれでもかと乗せたチップスはもう残り数枚程度。


「このチップスの恐ろしいところはそこよ。やめられないの。いくらでも食べられてしまうの。そして気が付けばお気に入りのドレスが入らなくなって…」

「いやー!聞きたくない!!」


シンディは乗りよく私の相手をしてくれる。話していてとても楽しい。あははっと二人で笑い合う。


「はいはい。そうやって二人で遊んでいればいいわ~。その間に残りは私が頂いてしまうから」


セシリアが両手にチップスを持って満面の笑みを浮かべている。


「「だめよ!!」」


シンディと二人声がそろう。なんだか可笑しくなって三人で笑った。


「これは先日のお礼としてマクミラン公爵令息にお渡ししようと思っているの」

「マクミラン公爵って、あのヴィクター=マクミラン様の事?」


(そうか、あの人ヴィクター=マクミランっていうのか)


「もしそうだとすると、お渡しするのはちょっと難しいかもしれませんわね」


セシリアが渋い顔をする。


「どうして?」

「取り巻きがいるのよ」


シンディが声を落とす。誰かに聞かれないように辺りを伺い、


「主に2年のご令嬢が中心なんだけど、とにかくいつも周りを取り囲んでいるの。これは学園でも社交界でも有名な話。みんなが知ってるわ」


とシンディが付け加えた。


「その中心の令嬢がカリスタ様というのだけど、マクミラン様の婚約者の地位を狙っていらっしゃるの。でも彼には全くその気がなくてずっと断り続けてるらしいから最近はかなりイライラしていらっしゃるみたい。近づく令嬢がいようものなら片っ端から嫌がらせをしかけてくるの」


おおぅ、なんて典型的な悪役令嬢だろう。


「マクミラン様には幼い頃からの婚約者がいらっしゃるからどんなに頑張っても無理なのにね」

「一番目の敵にされていたのは彼女ですわ。パーティーでもお茶会でも嫌がらせをされて見ていて本当におかわいそうでしたもの」


セシリアがその時の事を思い出したのかそっと目を伏せた。


「カリスタ様は侯爵家の令嬢だから自分より下位のファリントン家が婚約者の地位にいることが我慢できないんでしょうね」

「え?」

「そうね、しかもエレオノーラ様は大変お美しいですし」

「ん?」

「どうしたんですの?ステラ」

「今なんて?」

「お美しいと」

「誰が?」

「エレオノーラ様…ですわ」

「マクミラン様の婚約者ってエレオノーラ様なの?」


セシリアがこくんと頷く。


(おおお…っっ!!)


「二人ともエレオノーラ様とは仲いいの?」

「仲良く…はないわね。お茶会なんかで顔を合わせるくらいで話したことはないわ。ここ数年、社交の場にも全く顔を出さなくなったからどうしたのかな?とは思っていたけど」

「それは…きっとあの噂のせいですわ。あんな噂が広まってしまったら公の場には出にくくて当然ですから…」

「まあ、そうね…」

「どんな噂なの?」


シンディとセシリアがお互いをちらっと見る。


「エレオノーラ様が…婚約者がいるにも関わらず他の男性の所に通っているって」

「はあぁ?!何それ!そんなことあの人がするわけないじゃない!!」

「だからあくまで噂なんだってば。出所がカリスタ様だから信憑性はないんだけど、面白がって尾ひれを付ける人って割と多いから。だんだんおかしな風に広まってだんだん孤立してっちゃったの。かわいそうだなとは思ったけど私たちには何もできないし…」

「その間ヴィクター様は?!どうされてたの!」

「もちろんヴィクター様のいらっしゃるところではやらないわよ。そういうところ狡猾な方だから。ヴィクター様も窘めていらっしゃっるようだけど惚けてばかりで全く反省されないし」

「彼女、王妃さまのお気に入りらしいともっぱらの噂でしょ?本人もそれが分かっているからやりたい放題ですのよ。なかなか逆らえる方はいらっしゃいませんわ」


(なんなの、そのカリスタって令嬢!)


私はなんだかむかむかしてきた。人を平気で陥れる人間ってほんっと無理!!


(これは本人にきちんと確認した方がいいわね)


おせっかい心がむくむくと湧き上がる。

そう結論に至った私は机をたたいて立ち上がった。


「ス、ステラ?」

「明日マクミラン様に会いに行くわ!!きちんとお礼をしなくちゃね!!」



次話投稿は明日19時を予定しています。

よろしくお願いします。

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