40 私と友と落下再び
学校生活がこんなに楽しいものだったなんて知らなかった。
紗奈だった頃は友達を作る事もなく多くの時間を図書室で過ごしてきたから。
窓越しに見る同級生たちはいつも楽しそうに見えた。今更その輪の中に入りたいとは思わなかったけどとてもまぶしく感じていたのは覚えている。
「ステラ!次の授業は専門教室に移動だそうよ。一緒に行きましょう!」
クラスメイトのシンディが声をかけてくれた。
「ええ!」
「あら、私もご一緒させてくださる?」
同じくセシリアが教科書を胸に抱き、私の腕を取る。
「もちろん!!」
学校生活が始まって一週間、私にも友達ができた。名前はシンディとセシリア。
シンディはアンバーの瞳をもつバートン伯爵家のご令嬢。女性貴族にしては珍しい前下がりのショートボブは彼女のキャラメル色の髪色とよく合っている。出会った時から快活で利発な彼女は裏表もなくとても素敵な女性だ。
一方セシリアはウェズリー子爵家のご令嬢。シンディとは対照的に緩くウェーブのかかったブロンドのロングヘア。性格は甘くはないかわいらしさ…と言ったらわかるだろうか。
3人で連れ立って他愛もない話をしながら廊下を歩く。それだけの事なのになんだか胸が熱くなる。
(はあ、青春を謳歌してる!!)
この廊下永遠に続けばいいのに、なんて思ってるとこちらに向かって歩いてくるアレンが見えた。クラスメイトであろう子息たちと連れ立って歩く様子は男爵家で従僕として働いている時と全く違い年相応の青年に見えた。もともと人当りはいい彼は学園生活にも馴染んでいるようでちょっと知らない男の子の顔をしている。ふと、高校時代の幼馴染を思い出す。
彼が私に気がついた。お互い話しかけることなくすれ違う。すれ違いざま彼の手が私の頭にポンと乗る。そしてそのまま離れた。振り返るとアレンは何事もなかったかのように友人たちとその場を後にする。
「ちょっとぉ、今のなあに?」
シンディがにやにやしながら聞いてくる。
「本当に。何やらロマンスを感じますわ」
セシリアもふふふっと笑いながら温い目で私を見る。
「違うわよ。そんなんじゃないのっ!アレンは幼馴染だから…っ!兄みたいな存在なの」
ふーん、と生暖かい眼差しが私にささる。
「彼、ちょっとした人気者よね。確かに目を引くわね。あの容姿は」
確かに廊下ですれ違う令嬢たちが立ちどまってアレンを見つめている。
(ほら、やっぱり私の言ったことは間違いじゃなかったじゃない)
先日のカフェでの事を思い出す。
「何ボーっとしてるのよ、ステラ。授業に遅れるわ」
「あっ、ごめん!」
私は持っていた教科書を抱えなおし二人の後を追いかける。
と、抱えていた本の間から提出用の紙束が数枚、スルリと抜け落ち廊下に散らばった。
「あっ」
「あら、大変!」
「もうなにやってるのよ…」
二人が一緒に拾ってくれる。うう…申し訳ない。
「これで全部?」
「えーっと…あと一枚足りない…」
「窓のところにありますわ」
見ると開け放した窓枠に乗ってフワフワしている一枚を見つけた。慌てて手を伸ばすが一歩届かず窓の外へ。体を乗り出すと外壁に伝う蔓植物の葉の隙間にかろうじて引っ掛かっているのが見えた。思い切り手を伸ばす。ギリギリのところで届かないので少しだけ身を乗り出した。
「危ないわよ、ステラ」
「うん…大丈夫」
(もう少しでとれそ…う)
ぎりぎりまで身を乗り出し精いっぱい腕を伸ばす。
(よし!とれ…っ)
「たぁぁ!!!」
「ステラ!!あぶないっ!!」
シンディの声とセシリアの悲鳴を後ろに聞きながら私の体は窓の外にぐらりと傾いた。
(お、おちっ…る!!)
伸ばした指の先に細い蔦が触れる。咄嗟にそれを握りしめた。ブチブチッと蔦が千切れる。
(ここ3階……っ!!死ぬっ!!)
「いやっまだまだ!!」
握りしめた蔦が完全に千切れる前に反動をつけてもう片方の手を伸ばす。捕まえた無数に絡まりあった蔦は何とか私の体をその場にとどめてくれた。でもミチミチと音を立てている。
(やばいやばい…っ!時間の問題かも…っ!!)
重みで少しづつ下がっていく体。太めの蔦を探すが手の届く範囲にはない。
その時、
「またお前か」
あきれたような低音が私の耳に届いた。
恐る恐る首をめぐらすと真下に先日の火の魔法士、マクミラン公爵子息が立っていた。
(またあなたですか…)
気が付けば彼以外にもやじ馬たちが集まってきている。
うわ、すごく恥ずかしいっ…。あっ、ヤバイ。腕の力が…抜ける…。
下を見ると彼は何も言わず両手を広げて立っている。
その意図を汲み、あえて首をブンブンと横に振る私。
彼は一瞬顔をしかめると右手を上げて指を鳴らす仕草をした。
暗に燃やすぞと言っている。
(ひえっ!なむさんっ……!)
私は目を瞑って両手を離した。
ドサッ、と
彼の両腕の中に落ちる。
先日よりも体が下に沈む。
「重いな…今日は」
「なっ…!!」
「安心しろ、支えきれない程ではない」
レディに対してあまりに失礼な物言いだけど助けてもらった手前何も言い返せない。
彼はゆっくり私を地面に下ろすと一瞥し、フッと笑った。
「まるで猫のような令嬢だな」
彼の右手が私の顔に伸びる。落下の衝撃で乱れ、顔にかかった髪をそっと耳にかけた。
そしそれ以上は何も言わずそのまま立ち去った。
窓を見上げるとシンディとセシリアが心配そうに見下ろしている。少し離れた窓にはアレンの姿も。
アレンははぁっと息を吐くと首をすくめ、ゆっくりと左右に振った。これ、あとでまた叱られる案件だわ。
(あ、またお礼言うの忘れちゃった)
私はマクミラン公爵子息の背中を静かに見つめた。
次話投稿は明日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




