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39.5 俺と幼馴染と再会

「隠れていないで出てきたらどうだ」


俺は立ちどまると、姿の見えない相手に声をかけた。

ついさっき新入生の令嬢を助けた時から感じていた、うっすらと漂う魔力の気配。



(まさかこんな森の中で懸垂をする令嬢がいるとは思わなかった)


懸垂の下りはともかく、木の上から降ってくる令嬢なんて今までに出会ったことがない。


(いや、いないわけでもなかったか…)


幼い頃よく一緒に遊んだ幼馴染。彼女もよく木に登っては侍女たちに叱られていた。

彼女とは全く違うタイプだが先ほどの令嬢もとても美しかった。腕をプルプルさせながら枝にしがみ付き大丈夫だと笑顔を張り付けている姿がなんともおかしかった。ついいじわるをしたくなり近くの枝に火をつけた。ひっ!と令嬢らしからぬ声を上げて、落ちる彼女を受け止める。不思議と重さは感じなかった。そこに魔力を感じた。それからずっとその気配が俺にまとわりついてくる。


「出てこないなら火を放つ」

「物騒だね。昔はそんなこと言うような子じゃなかっただろ?」


木陰から現れたその男に目が釘付けになる。学園の制服に新入生の証のサテンのリボン。赤い髪に蒼の瞳。一見知らない男だがこのまとわりつく魔力はまさか…、


「お前……もしかしてアレクシスなのか…?」

「うん。久しぶりだね。ヴィクター」

「……生きていたのか」


死んだと聞かされていた幼馴染。葬式も密葬で行われ最後に顔を見ることも許されなかった。


「9年だぞ…。お前は死んだと聞かされていた。いままでどうしていた…いったい何があったんだ!」

「まあ色々とね。ちょっと大変な目にあったけど何とか生き延びた。彼女のおかげでね」

「彼女?」

「お前がさっき火をつけようとした娘。ステラ=ヴェルナー。男爵家の令嬢だよ」

「彼女に…?どういうことだ?」

「今はまだ…詳しく話せない。だけど時が来たら必ず話すよ」


こいつは幼い時から思慮深い奴だった。何があったか気になるが今は聞くなというのならそれに従うしかない。


「…その髪はどうした?」

「ん?イメチェン。似合うだろ?」


アレクシスは髪の毛にくるくると指を巻き付けながら飄々と言ってのける。こいつ、こんな奴だったか?


「そんなことよりさ、彼女のことどう思った?」


唐突に切り出される。


「…彼女?ステラ嬢のことか?」

「うん。僕の大切な人だけどお前にだったら交際を許してやらないわけでもない」

「……何馬鹿なこと言っている。俺はエレオノーラ一筋だ」

「またそんなこと言って。彼女とはうまくいってないくせに」

「なんでお前がそんなことを知っている。お前には関係ないだろう」


図星を突かれてついカっとなる。彼はそんな俺を一瞥するととんでもないことを言い放った。


「確かに関係はないんだけど…ね。まあ、彼女が婚約破棄を考えてるとか修道院に入るつもりだとか、僕にはどうでもいい話だからね」

「っ…まさかっ!!」

「あれ?やっぱり知らなかったのか。でも間違いなく彼女はそれを望んでいるよ。いずれお前の耳にも届くだろう。かの令嬢の耳にもね」

「馬鹿な…っそんなこと俺は承諾しない!」

「お前にそれを言う資格があるの?いつまでこの状況に甘んじてるつもりなのか知らないけどもうタイムリミットなんじゃない?彼女がお前を捨てるというのなら僕は喜んでその背中を押す。今のお前が彼女を幸せにできるとはとても思えないしね」

「お前、エレオノーラとは…」

「僕が…というよりステラがね」

「ステラ嬢が…?」

「エレオノーラが言うには唯一の親友らしいよ」

「エレオノーラの…」


なにがなんだかわからない。王都から出たこともなく社交界からも姿を消したエレオノーラと社交界デビューもしていないヴェルナー男爵家のステラ嬢。まるで接点のない二人がいったいどこで知り合ったというのだろう。


「ねえ、ヴィクター。お前にできる事って沈黙を守り通すことだけ?それで彼女を守ってるつもりならとんだ勘違いだと思うよ。彼女はね、この状況を変えるために動き出そうとしている。お前は?今のままでいいと思ってるの?」

「そんなわけないっ!また昔のように彼女の笑顔が見たい!名前を呼んでほしい…」

「だったら、もっと考えろ。思いを募らせてるだけじゃ状況はなにも変わらない」

「だけど、俺が動けば彼女たちが何をするか…。エレオノーラがひどい目に遭うところを俺はもう見たくない…」

「だったら守れよ!彼女が傷つかないで済むように!自分に何ができるのかちゃんと考えろ!いつまでいいようにされてるつもりだ。お前のその気弱な態度が彼女を不安にさせてるんだって事になぜ気づかない!」

「…まるで…見てきたみたいに言うんだな」

「ある程度は調べさせてもらったからな」

「なぜ、そんなに俺たちの事をかまうんだ」

「ステラがね、エレオノーラの事をとても心配してるんだ」

「ステラ嬢が?」

「大好きなんだそうだよ、エレオノーラの事」

「エレオノーラのことを…」


彼女の事をそんな風に思ってくれる人がいるなんて知らなかった。

この数年でみんなが彼女の元を離れていったというのに。俺だっておそらくそのうちの一人だと思われてるだろう。


「ステラはいい子だよ。それに得体のしれない強さがある。きっとかの令嬢にも負けないだろうね。いっそ乗り換えてしまえばお前も楽しい毎日が過ごせると思うんだけど」

「…何度も言わせないでくれ。俺はエレオノーラだけを愛してる。誰も代わりにはならない」


アレクシスはそうか、と小さくつぶやいた。


「僕は今、ヴェルナー男爵家の従僕アレンとして生きている。今日ここで会った事は他言無用だ。僕とお前も赤の他人。しばらくはそれで通してくれるとありがたい。約束してもらえるかな?」


俺は小さく頷いた。


「お前の覚悟を見せてもらうよ、ヴィクター」




次話投稿は明日19時を予定しています。

よろしくお願いします。

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