39 私と魔法ともて男
「ねえ、アレン。この世界って魔法が存在するのね」
翌日、私はアレンと二人学園のカフェテラスでランチを取っている。コース料理の簡略版みたいなメニューの中から何種類か選べるようになっていてとてもおいしかった。今は食事を終えお茶を嗜んでいる所。
学園は今日から新学期の授業が始まっている。アレンとはクラスが別れてしまい、当然のことながら寮も別々なので今までのように一緒にいられる時間が限られるようになった。今はまさにその貴重な時間。
「…?どうしたの急に」
「うん、昨日危うく燃やされかかったから…」
「……ごめん。ちょっと状況がよくわからない」
私は昨日の出来事をアレンに話して聞かせた。
「…つまり木に登ったはいいけど降りられなくなり、たまたま通りかかった人が魔法が使える人で助けてもらったけど燃やされかかった、と?」
「そう」
「はぁ…」
もう、そうやってすぐにため息つくのやめてほしいんだけど…。
「とりあえず制服で木登りはやめるって約束してくれる?」
「…はい」
「あと近道に森を突っ切るのもやめる事」
「…善処します」
「や・め・て・くれる?」
「…はい」
はあ、余計な事言わなきゃよかった。アレンって昔は物静かで優しい美少年だったのに最近はちょいちょい私に圧をかけてくる。そしてそれに逆らえない自分がちょっと悔しかったりする。昔は私の方が立場は上だったばずのに…。ここにきてその力関係が逆転しつつあってなんかちょっともやっとする。
私は少し温くなってきた紅茶を一口すすり、アレンをチラ見した。彼は片方の手で口元押さえ腕を組み目線を下に向け何かを考えている。
(絵になるな、この姿)
アレンは今年で17才になる。元々きれいな子だったのは知っていたけど、成長の過程でこんな美青年になるとは…まあ思ってはいたけどね。いつもの従僕スタイルもとてもよく似合っていたけど学園の制服もとてもいい。チョコレート色のピンストライプのトラウザーズに同色のモーニングコート。白のシャツに金の3つボタンの黒ベストはタイトで細身の彼のスタイルがより強調される。首元に巻かれた1年生用の細い黒サテンのリボンがちょっとかわいらしく見える。因みに2年生は黒のスカーフをリボン結びに、3年生はアスコットタイが規則となっている。
(なんでも着こなすな。さすがアレン)
何気なく思ったところで、周囲からほぅ、とたくさんのため息が聞こえた…、気がした。
(ん…?)
「うーん…火の魔法を使える家門というと…マクミラン家のご子息かな?」
アレンが顔を上げ真っすぐに私を見る。
「マクミラン家?」
「マクミラン公爵家。王の直系の三大貴族の一家門で火の魔法を継承してるんだ。魔法を使えるのは王族とその直系貴族のみだから余程の事がない限りその力を目の当たりにすることはない。例え有力な貴族でもね」
運がよかったね、とアレンがからかう。
「それ以外の家門はそれぞれ水と土魔法を継承してる。王家は風魔法。瞳の色がその証明になってるそうだよ」
火は赤、水は水色、土は金、風は緑。
そうか、だから昨日の人の瞳は赤かったんだ。
「なんか、おとぎ話の世界みたい」
というか設定が乙女ゲームっぽくなってきた。これホントにゲームとか小説の世界の話なんじゃないの?
「まあ、なかなかできない経験ができてよかったんじゃない。魔法なんて滅多に見られるものじゃないから」
「そうだけど…、どうせならもうちょっと普通に見てみたかった」
「ははっ、君の行動が普通じゃないんだからしょうがないよ?」
アレンが楽しそうに笑った。
とたんに、キャーっと周囲がざわめいた。
(これって…もしかして…)
「……ねえ、アレン。ちょっと紅茶のカップを持って微笑んでみてくれる?」
「え?なんで?」
「いいから!やってみて」
「え、こう?」
アレンが言われた通りカップを持って優し気に微笑む。途端にキャーともイヤーともとれるざわめきが起こる。
(おお…!)
「アレン足組んで」
「こう?」
アレンが長い足を机の下で組む。ほぅと言うため息。
「そのまま腕組んで。あご乗せて」
「こ、こう?」
「はい、そのまま流し目!」
「やらないよ。なんなの?」
(おもしろい…)
周りの女子生徒たちがアレンの一挙手一頭足に反応しているのが見て取れる。
「出ましょうか」
私はナフキンで口元を押えると席を立った。
「ふふっすごいわね、アレン。あなたもう注目の的よ」
「……?何が?」
午後の授業のため学舎に戻る道すがらカフェでの出来事を振り返る。
「令嬢たちがみんなあなたを見てたわ」
「そう?気のせいじゃない?」
「そんなことないわよ。あなたが動く度、令嬢たちの熱のこもった声や視線…気づかないとは言わせないわよ」
「うーん、あんまり興味ないから…。それより君を見てた令息たちの方が気になった」
「は?私…?」
「うん、みんな振り返って見とれてた。気づかなかったの?」
「え…、知らない」
それこそ気のせいじゃない?
「はあ、ステラは鈍感で参るよね」
「アレンにだけは言われたくないんだけど…」
アレンはクスっと笑うと私の髪を一筋掬い取った。
「髪、伸びたね…」
「そうね?伸ばしたつもりはつもりはないんだけど切るタイミングがなくて…」
「…それに君、とてもきれいになった、かな」
「…?あ、ありがとう」
面と向かって言われるとちょっと恥ずかしい。
アレンが手にした髪にそっと唇を押し当てる。
「アレン?」
長い時間そうされて、なんだか恥ずかしくなってくる。
「アレン…もう離し…」
「ねえステラ…君は今でも、あの考えは変わらない?」
私の声をさえぎって彼が聞く。
「あの考え?」
「誰とも結ばれず一人で生きる事」
唇を髪に押し当てたまま上目遣いに見られ、胸がギュッとなる。
「そうね…、変わらないわ」
「この学園には同世代の子息がたくさん通ってる。きっとみんなステラに夢中になるよ。もしアプローチされたら君はどうする?」
「そんなこと…ありえないわよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
いつもよりきつい口調で言われ口ごもる。
「もし…仮にそんなことがあっても…、もし万が一私がその人に惹かれたとしても…恋愛とか結婚とか、そういうのは考えられない…」
「好きなのに?」
…好きでも…好きになったからこそ、つらい思いをする事もある。過去恋愛にいい思い出なんて一つもなかった。楽しいこともあったけど結果はいつもバッドエンドだった。その経験則が私をより臆病にさせる。
「好きになっても、見ているだけで幸せって思いもあるわ。私はそれで充分」
「相手の気持ちはどうなるの」
「……恋愛は一つで終わるとは限らない。その恋がダメでも次の機会はきっと訪れるはずよ。その中で一番幸せになれる人に出会えればたった一人にこだわる必要はないはず」
私が言えた義理ではないけど。新しい出会いの中で唯一の人を見つけられるのならその方がいいに決まってる。
アレンは私の髪からそっと手を放し一歩離れた。
その顔があまりに辛そうでかける言葉が見つからない。
(こんなアレン初めて見る…)
こぶしを握りしめ俯いたまま黙り込んでいた彼は、やがて小さく息を吐き顔を上げた。悲しそうに微笑むその笑顔になぜか胸が締め付けられる。
「僕は…今も昔もずっと、たった一人、君の幸せだけを願ってる」
突然の突風に辺りの木々がざわめいた。髪が視界を遮り、彼の言葉をも遮った。
最後の言葉は私の耳には届かなかった。
次話投稿は明日19時です。
よろしくお願いします。




