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38 私とピンチと炎の魔法士

数日ぶりの投稿です。

ステラの学園生活が始まります。

春が来た。

ようやくというか、とうとうと言うべきか。

私は今、王立学園の生徒としてこの地に立っている。つい数年前まではスラム街に住み、こんなキラキラした世界とは無縁の生活をしていたのになんだかとても不思議な気分だ。人生ってホント何が起こるかわからないとしみじみ思う。生徒のほとんどが貴族の令息や令嬢。一部平民でも能力を認められた者は入学を許される事もあるがそれもほんの一握り。よほど優秀でない限り特例は認められない狭き門だ。

この王立学園の歴史はとても古く、王国建国以来というから少なくとも100年以上はこの地に存在し続けていることになる。歴史を感じられる古めかしい学び舎に講堂、教会に屋内競技場、比較的新しく見える食堂に学生寮など必要な施設はすべてこの敷地内に点在している。施設同士の間には林や森なんかもあり必要に応じては馬車や馬を使うこともあるそうだ。そう、とにかく広い。広すぎる。あまりの広さに…、


「ここ、どこ……?」


私は迷子になっていた。

おかしい。さっきまで確かに大勢人がいる講堂の辺りを散策していたのに。寮に帰るつもりでちょっと森を横切ろうとしたらあろうことか道が消えた…。


(余計な事しなきゃよかった…)


後悔先に立たず。もとい役に立たず。

うかつに歩き回ったところで余計に迷うだけだから、大人しくここで待って捜索隊に探してもらう…?


(いやいや!!恥ずかしすぎるでしょ!!)


今日は入寮日。そしてまだ始まってすらいない学校生活。手続きのための書類のすべてをアレンに押し付けて呑気に散歩を楽しんでたからバチが当たったのかもしれない。周りを見回しても木、木、木…。木しかない。王都のど真ん中に男爵領にも負けない広さの森があるなんて想像だにしなかった。思わず空を仰ぐ。


(あ、そうだ。下がダメなら上があるじゃない)


高いところからなら遠くが見渡せる。

私は近くにあったそこそこ登りやすそうな木に目をつけるとよいしょ、と幹に手をかけた。

ふふん、こう見えても木登りは得意なんだから。足を上げる度、長めのスカートが邪魔をするけどこれっくらいどうってことない。張り出した枝に手をかけ足をかけ調子よくスイスイと登っていくとまもなくてっぺんに頭が出た。森の向こうに寮の屋根が見える。


(あっちへ行けばいいのね)


思ったよりも遠くない。よかった遭難したわけじゃなくて。ホッと胸を撫でおろし、さあ降りようかと足を下ろせる枝を探る。


「あれ…?」


さっき足をかけたはずの枝が見当たらない。よく見ると折れてぶらぶらしている枝が見えた。


(あー、さっき勢いつけた時に折れちゃったのか)


どうしようかと考えていると地面の方からザッザッと人の歩くような音が聞こえてきた。咄嗟に気配を殺す。枝葉が邪魔をしてよくは見えないけど学園の制服を着てるようだ。とすればここの男子生徒に間違いない。アスコットタイをブラインドフォールドノットに結んでいるという事は3年生だと思われる。思わず息を殺してしまったけどもしかして助けてもらうチャンスなんじゃ、と一瞬頭をよぎった。でも今のこの状況を説明するにはあまりに恥ずかしすぎる。いやでも見栄を張ってる場合じゃ…なんて逡巡しているうちに徐々に足音が遠ざかって行く。うわっ、ど、どうする…?とその時、


ぶわっ、と急な突風が私を襲った。

バランスを崩した私は木から滑り落ちる。


(お、落ち…るっ!!)


体勢を崩しながら視界に入った枝に咄嗟に手を伸ばす。運良く掴んだ枝は意外に太く重力に従う私の体重を何とか支えてくれた。肩が外れるかと思ったけど。


「あ、危ないところだった…」


死ぬかと思った…。ほっと息を吐いたのもつかの間、


「君はそこで何をしている?」


声を掛けられて血の気が引いた。ぶら下がったまま見下ろすと信じられないものを見たという顔で一人の青年が立っていた。学園の制服にアスコットタイ。さっきの人だ。


「…え、えーっと…。け、懸垂…ですか、ね?」

「…なぜ私に聞くんだ?」


笑わせようと思ったわけじゃなかったけどニコリともされない。冗談が通じないタイプか…。

すると彼は手のひらを上に向け両腕を広げた。


「飛び降りろ。受け止めてやる」

「む、無理です…」


いくら私が天使のように軽くても、さすがにこの高さから飛び降りたらかなりの衝撃だろう。見ず知らずの人にそんな負担を強いるわけにはいかない。


「だ、大丈夫ですわ。あと10回やったら自分で降りますので」


どうぞお気になさらず、ほほほと貴族の令嬢らしく言ってみた。正直早く行って欲しかった。いい加減腕がもげそう…。プルプルする腕を叱咤激励して精一杯の笑顔で見送った、つもりだった。

なのに、彼はチッと舌打ちをして私を睨み上げてくる。


「飛び降りないなら、燃やすぞ」

「え…?」


パチンと指を鳴らす。すると突然、私のつかまっている木の枝の先に火が付いた。


「ひっ!」


メラメラと音を立てながらじりじりと私の方に向かって近づいてくる炎。


「早くしろ!」


(ひえっ~~!)


目をぎゅっとつむり、覚悟を決めて手を放す。彼の腕が私に触れる瞬間、ふわりと浮かぶような感覚に見舞われた。さほどの衝撃もなく静かに彼の腕に収まる。


「……軽いな」


目を開くと青年の顔がすぐそばにあった。この国ではあまり見かけない漆黒の長い髪を片サイドで緩く結んでいる。緋色の瞳が鮮やかにきらめく。彼は私をその場に下ろすと何も言わずに立ち去った。


(きれいな人だったな…)


ぼんやりと思った。そしてだんだん我に返る。


「ちょっと待って。なにさっきの…。もしかして魔法…?」


あわてて見上げた木の枝は黒く消し炭になっている。

この世界に生まれて、初めて出会った魔法の存在に、私は只々呆然とした。



次話投稿は明日19時を予定しています。

よろしくお願いします。

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