37 私と女神と再会
「これでエレオノーラ様にお会いできれば最高だったのになぁ」
以前と同じベンチでコロッケサンドをパクつきながら愚痴る。
ミハエルにドナ、それにステラにも会え目的の半分は達した。これでエレオノーラ様にも会えればコンプリートだったけど、さすがに現実はうまくはいかない。この市街区域は平民街なのでそもそも貴族を見かけること自体おかしいのだ。しかも供の一人も連れていないなんてありえない。まあ、前回は私も一人だったけどね。
ミハエルに聞いてみたけど最近はあんまり顔を見せないそうだ。お屋敷に遊びに来てとも言われていたけど、面識のない男爵家の令嬢ごときが気安く伺っていい場所ではない。
「アレンにも会わせたかったのにな…」
「誰を?」
「もちろんエレオノーラ様よ」
ん?今の声…。アレンの声じゃない?
「ふふふっ、だーれだ」
続いて後ろから目を隠される。あれ?これってもしかして
「エレオノーラ様!!」
「ふふっ。せいかーい」
振り向く私の目に映るのは一年前と変わらず美しい月の女神。
ううっ、相変わらず美しい。そしてまぶしいっ…!
エレオノーラ様が輝くような笑顔で微笑んでいた。
「会いたかったわ、ステラ。あなたったらちっとも王都に遊びに来てくれないんだもの」
「私もお会いしたかったです、エレオノーラ様。ちょっと、はちみつの方が忙しくて…」
「はちみつ?」
私はかいつまんでこの一年にあった事を話す。エレオノーラ様は「まあ!」とか「ええ?!」とかいちいち相槌を打ってくれるので話していてとても気持ちがいい。
「ステラったら、私の知らないところでそんなに楽しいことをやっていたのね。なんてうらやましいの?コロッケサンドといいハチミツといいあなたの行動力には本当に感心するわ。私とは大違い」
エレオノーラ様は終始感心しきりで楽しそうだ。
「そんな!私からすればエレオノーラ様の方がよっぽど行動的で積極的だと思います!」
「ふふっ。ありがとう。そんなこと言ってくれるのはステラだけよ」
エレオノーラ様は私の指に指を絡めてくる。なんだろうすごくドキドキする。
「それはそうと、さっきからあなたの後ろに控えている彼はどなた?もしかして婚約者かしら?」
エレオノーラ様が指を絡めたまま私の肩越しに視線を送る。あ、そうだ忘れてた。
「彼はアレンです。今はヴェルナー家の従僕をしていますが私の幼馴染なんです」
「そうなの。よろしくね、アレン。私はエレオノーラ=ファリントン。こう見えても一応伯爵家の令嬢なのよ」
「はい。お噂はかねがね、ステラ様よりお伺いしておりました」
「あらやだ、どんな噂を聞いたのかしら~?」
ふふふっ、とエレオノーラ様が楽しそうに私を見る。
それから改めてアレンをじっと見つめる。
「…ねえアレン?私どこかであなたを見たことがあるような気がするのだけど…。私たちどこかで会った事なかったかしら?」
私の肩に顎を乗せたままエレオノーラ様がそんなことを言い出した。
思わず振り返る。アレンはいつも通り穏やかな表情を崩さず余所行きの顔で微笑んでいる。
「いえ、お会いするのは初めてかと。もしどこかでお会いしていたのならこのような美しい方を忘れるわけはありませんので」
「まあ、お上手ね」
エレオノーラ様は私から離れるとアレンの元に近づき、間近で彼を見つめる。うーん、としばらくアレンの顔を見つめていたエレオノーラ様はふぅと息を吐くとアレンから離れた。
「そうね。人違いよね。私の知ってる彼とは目の色も髪の色も違うから。ごめんなさい、嫌な思いをさせてしまったかしら?」
「いえ、伯爵令嬢のお知り合いに間違われるなんて光栄です」
エレオノーラ様は肩をすくめただけでそれ以上は何も言わなかった。
「ああでも、今日は無理して屋敷から抜け出してきて正解だったわ。何かいいことがあるような気がしたの。虫の知らせとはよく言ったものね」
「えっ、お屋敷を抜け出していらっしゃったんですか?」
「ええ、最近お父様と揉めているのよ。そしたら家から出してもらえなくなっちゃって、ホント困るわ」
タイミングよくミハエルがコロッケサンドを運んできた。あ、これ1年前にも見たことある。ホカホカのコロッケサンド10個だ。
「何かあったんですか?」
エレオノーラ様が「ああ~っ久しぶりだわ」と目を輝かせながらコロッケサンドの一つをつかみ上げた。
「うん、大したことじゃないのよ。私、学園を卒業したら修道院に行こうかと思って。それをお父様にお話ししたら大激怒されちゃって。学園の往復にも送迎がつくし家の中でも監視がいるし、もう抜け出すのも一苦労よ」
ホント嫌になるわ、と二つ目のコロッケサンドを平らげた。
え、今さらっととんでもない事言いませんでしたか?
「えっと、ちょっとよく聞き取れなかったんですけど、修道院ってどなたが?」
「私よ」
エレオノーラ様が4つ目のサンドをつかみ上げる。
「エレオノーラ様が修道院に…?慰問かなにかですか?」
「ううん、修道院に入るの。私が。一生」
「……!!」
え…ウソでしょ…?なんで?
びっくりして固まる私を尻目にエレオノーラ様は以前と変わらぬハイペースで6つ目のコロッケサンド平らげた。でも今日の私はこれしきの事では驚けない。というか話の衝撃が大きすぎて言葉が出ない。あうあう言ってる私をよそにコロッケサンド達が次々に彼女の口に消えていく。
沈黙を破ったのはアレンだった。
「失礼を承知で申し上げるのですが、エレオノーラ様には確か婚約者がいらっしゃったはずでは?」
「あらよく知ってるわね。そうね、確かにいるわ。でももうじき解消することになると思うから、その辺は大丈夫」
とうとう最後のコロッケサンドが彼女の口に消えた。ふう、と満足げに息を吐くとごちそうさまでしたと手を合わせた。
「…婚約がお嫌だから、修道院に?」
私は何とか言葉を絞り出した。
「まあ…、そうね」
「婚約者の方がイヤな方なのですか?お嫌いなのでしょうか?」
「いいえ、とてもいい方よ。普段無口で近寄りがたいけど本当はとても優しい方なの。どちらかというと私は好きよ」
「女性関係に問題でも?」
「それは…ないんじゃないかしら?特定の女性が側にいるところ見たことはないから。囲まれている所はよく見かけるけど」
「それじゃお金関係が緩いとか?お金を貸せとか知らない間に取られていたりとか…!」
「ふふっ、そんなことしないわよ。彼お金持ちだもの」
「だったら、なぜ婚約を解消してまで修道院に…?」
「それはねぇ……、ふふっ、なーいしょ」
エレオノーラ様は人差し指をそのきれいな唇に押し当てウインクをした。
それから一瞬だけ今まで見たことのないような寂しそうな表情を浮かべた。
口元にだけに浮かぶ笑みがとてもはかなげだった。
「……こんなしがらみからは、いい加減解放された方がいいのよ」
その言葉は小さすぎて私の耳には届かなかった。
帰りの馬車は重い空気に包まれていた。重くしているのは私の心と大量の荷物。
はぁ、なんだか空気が薄い気がする……。それに狭い…。息苦しい。
体の両脇に鎮座する大小の箱たちを崩れないように両手で支える。足元には紙の袋と箱の山。
帰り際、エレオノーラ様に言われた言葉が余計に私を苦しくさせている。
「今日はステラに会えて本当によかったわ。どうしてももう一度あなたに会いたかったの。私のたった一人のお友達ですもの。もしかしたらもう会うこともないかもしれないど、これだけはどうしても約束してほしいの。学園に入学しても私と知り合いだという事は絶対に誰にも話さないで。私の名前を口に出すこともダメよ」
「はぁぁ」
何十回目かのため息を吐いたところで、アレンがはぁっと息を吐いた。
「もう…、空気が重いんだけど」
「だってエレオノーラ様の別れ際の言葉…、あれいったいどういう意味だと思う?」
「言葉通りの意味じゃなければ僕にはさっぱりわからない」
初対面だしね、とアレンが付け加える。こういう時アレンは結構ドライだと思う。
「ただ…、僕が噂として聞いていたエレオノーラ様とはだいぶ印象が違ったからそれが関係しているのかな、とは思ったよ」
「噂…?」
「うん、噂通りなら学園では物静か…というか、暗い?感じらしいから」
「エレオノーラ様が?!」
ウソでしょ?信じられない……。
「あくまで噂だから…。でも今日お会いした感じだととてもそんな風には見えなかったけどね」
「……」
これまでの彼女の天真爛漫な様子からあれが偽りの姿だとは思わない。学園での彼女の噂、修道院、婚約破棄、それに自分との関係は秘密にしろと言われた。そのすべてが全くつながらない。あまり踏み込んで欲しくなさそうな雰囲気にあれ以上立ち入る勇気がなかった。
エレオノーラ様の本心を知るには私たちの関係は浅すぎた。どんなに気が合ったとしてもお互い事を全く知らないのだから。
「…学園に入ったらまた会えるかな?」
「同じ王都だしね。今よりはぐっと近くなるよ。ステラが望めばきっと叶うよ」
「…そうね。そうよね」
半年後、私は思いがけずエレオノーラ様と再会を果たすことになる。
それは新たな出会いと騒動の始まりに過ぎないのだけど、まだもう少し先の話。
次話投稿は20日(日)19時を予定しています。
時間があいてしまって申し訳ありません。
次話よりステラとアレンが王都の学園に通い始めます。
新しいキャラもたくさん出てきます。
アレンの秘密とか小出しに出てきます。
どうぞよろしくお願いします。




