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35 私と養蜂のその後

季節は廻り今は初秋。

養蜂を思い立ったあの日から約一年が過ぎ、私は14歳になった。


「あっという間の一年だったなぁ」


ここは王都のおしゃれなカフェ。

そのテラス席で一人ぼんやりと空を見上げながらふと思いを馳せた。

秋の空は高く赤トンボの群れが飛び交う。耳には未だ聞こえてくるセミの声。

その対照的な光景に季節の狭間を感じる。まだ暑い日もあるけれど吹き抜ける風はだいぶ爽やかなものに変わってきた。




養蜂事業は私の想定した以上のスピードで成果を出している。


(まさか出荷までこぎつけられるとは思ってもみなかった…)


さかのぼる事今年の春先。

冬の間クリフォードさんたちの集落に行くことを禁じられていた私は独自に蜜蜂の捕獲の準備を進めていた。男爵領の冬場は雪深く馬車での遠出はそこそこの危険が伴う。時には腹をすかせた熊や狼が出ることもあり、一応男爵令嬢である私はフレデリックさんから外出を禁止されていたのだ。うっかり忘れがちだけど何かあったらって心配される立場なんだよね。野犬に襲われたって前例もあるし。

渋々自分で行くことは諦めジェームズさんにすべてを託し時を待つ。まあ、行ったところで焼き芋を焼くぐらいしか役には立たないんだけど。

そのおかげ(?)で当初ギクシャクしていたジェームズさんとクリフォードさんの関係は少しずつではあるが溝を埋めることができているらしかった。冬の終わり頃になると毎週末ジェームズさんが集落を訪れ、家族の団欒を過ごしているのだと聞いた。花冷えの頃には送迎役のアダムが男爵邸の庭の手入れを手伝うようになっていた。関係は概ね良好のようで私もルーカスもホッと胸を撫でおろした。


雪も解け、さあいよいよ養蜂事業の本格的なスタートだと息巻く私。

言い出しっぺのくせに今回はなんの役にも立っていない。そろそろ挽回しなくては!

街道の残雪も完全に溶け切り、春の陽光が優しく降り注ぐようになってきた頃、ようやくフレデリックさんから遠出外出の許可が下りた。

男爵邸の庭の薔薇たちも早咲きのものがチラチラを花をつけ始めている。


私は冬の間に仕込んでおいた蜂よけの網を頭からすっぽりかぶり手には大きな虫取り網といういで立ちでジェームズさんが集落に行く時間を見越して待ち構えていた。

何をしたいかというと、分蜂で飛び出した蜜蜂群を捕獲してやろうと思っているのだ。まあ、自然に入ってくれるのが一番いいんだろうけどもしかしたら寄り付いてくれないかもしれない。その可能性を加味して今日は一日蜂を追いかける覚悟だ。

屋敷から出てきたアレンが私の姿を認め、ビクッとしてその場で固まる。


「遅いわよ!アレン!」

「…ステラ?えっと…これはスルーした方がいいのかな?」

「何言ってるの、あなたの分もあるんだから。ちゃんと準備しないと痛い目に合うわよ」


じりじりとアレンに迫る。それはどっちの意味?と後ずさるアレン。脇ではルーカスが網をかぶって待機している。


「ほっほっ、朝から楽しそうですな」


ジェームズさんが微笑みながら現れた。泊りがけで迎えに来ていたアダムが呆然と私を見ている。


「あっおはようございます、ジェームズさん、アダムさん。今日は蜜蜂を捕まえようと思いまして」

「蜜蜂をですか?ふむ…」


ジェームズさんが私のいで立ちをしげしげと見つめている。


「無理ですな」

「えっ!?そんなあっさりと…」

「ほっほっほ、そんな網一つで捕まえられる程、分蜂群は小さくないんですよ。女王蜂に逃げられてしまっては意味がありませんし。それに分蜂群を見つけるにはなかなかに骨が折れますからね」


ちょっと難しいでしょう、と。

そうか、やっぱり素人考えでは無理があったか…。それなら、どうしよう…。

と一人ブツブツつぶやいていると


「ふむ。それにもうその必要もないでしょう。既に巣箱に住み着いておりますから」

「え!!そんな馬鹿な!」


(早すぎない?!本で読んだ情報だとこれからが分蜂が活発になる時期でしょ?!)


「わしも驚いているんですがね。いやぁ、あのあたりの蜂たちはどうやら懐っこいようですわい」


ほっほっほ、とジェームズさんが笑う。

何てこと、私が2か月もかけた準備は何だったの…。


「さあ、ステラ様。早く脱いでください。仮にも男爵令嬢なのですから。そもそもここからそんないで立ちで出かける必要はなかったのでは?ほらルーカス様も。なんでもかんでもステラ様のやることに従う必要はないのですよ。嫌なものは嫌だときちんと断ってよいのです」


グサグサと私の心をえぐってくるアレンが恨めしい。そして何も言い返せない自分がすごく悔しい…っ!


集落に着くと真っ先に巣箱を見せてもらう。中にはたくさんの蜜蜂が住まい、巣枠も5枚目が投入されている。


「いつの間に…」

「実はここだけではないんです。ここから数キロのところにいくつかの巣箱を置いて様子を見ていたんですが、それらすべてに交尾済みの女王が住み着きまして…。かなりのスピードで数を増やしています」


ここが一番遅いくらいですから、クリフォードさんが説明してくれる。


「それってすごい事なんですか?」

「私にもよくわかりませんが、親父はそう言っていますね」


(親父…)


至極当たり前のようにクリフォードさんの口からその単語が出てきたことに私は笑みがこぼれる。


(よかった。もう心配はいらなそう)


そこからがすごかった。

とにかく蜜蜂が増えまくる。継箱(つぐばこ)を追加しても追いつかないくらいに。そうなると人手も足りなくなる。当然のことながら蜜蜂の数が増えれば増えるだけ群れが強くなり仕事も増える。週に1回以上の内部検査に王台潰し。季節事の蜂蜜の採集。それが各地に数十もある。集落総出で対応に当たってくれたそうだ。そのおかげで収穫量も収益も相当のものになった。


「いやー、大当たりですな」


疲弊したみんなを尻目に、ジェームズさんが呑気にひげを撫で、いつもようにほっほっほと笑っていたのが印象的だった。






「結局今回、私は全く役に立たなかったな…」


冷めてしまった紅茶を一口すすり独り言ちる。テラスの柱に一匹の赤とんぼが止まった。


(そのくせ収益だけは私の懐にも入ってきている。まさに漁夫の利…)


今回に関しては本当になんの役にも立っていないので本気で断ったのだけど、エイデンさんもクリフォードさんも頑として良しとしてはくれなかった。

今後は近隣の集落にも広めるべくクリフォードさんを中心に養蜂事業が展開されていく事になるだろう。


(まあ、みんなが潤ったんならいっか。これからは格安で蜂蜜も手に入るだろうし)


ミルクにビスケット、パンにもいいよね。バターとアイスをのっけて更にたっぷりのハチミツ…ああ夢のよう…。

思わずじゅるりと涎が垂れた。おっといけない。誰にも見られないうちにこっそり拭こうとハンカチを出す。だれもいなくて良かったと顔を上げると、アレンと目が合った。


(おぉう…いつの間に戻って来てたんだろう)


馬車に荷物を置きに行っていたはずのアレンがいつの間にか戻ってきていた。気づかれないようにそっと口元を拭う。


「カフェで涎垂らすとか、どれだけ食いしん坊なんでしょうか。お嬢様」


(う、ばっちり見られてたか…!)


それには答えず知らん顔をする。アレンがため息を吐いた気配を感じたけど気づかない体でスルーだ。


「それで?イザベル様は?」

「少し前にご友人に会いに行かれたわ。今日はもう別行動でいいそうよ。馬車も好きに使いなさいって」



中途半端ですが長くなりそうなので一旦切ります。

次話投稿は明日19時になります。

よろしくお願いします。

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