34 庭師と息子と焼き芋大会 2
「遅いですね…、ジェームズたち…」
木の棒で落ち葉の山をかき混ぜながらルーカスが言う。お腹が空きました、とも。
あれから1時間は経っただろうか。勢いよく燃えていた落ち葉の山は燃えカスとなり若干くすぶっている程度。燃えた落ち葉は灰になりハラハラと空気中を漂っている。
私は近くの細い枯れ枝を一本灰の中に突き刺す。プスット軽い抵抗ののちスーッと通る感触にワクワクする。そのまま持ち上げると紙の燃え残りが付いたままのシモン芋が顔を出した。
(ちょっとこげたかな…)
触った感じ皮が厚い気もするけど直火だからね、しょうがない。エイダさんにミトンを借りて割ってみるとホクホクの黄金の輝き。立ち上る白い湯気…、
(これよ!これこれ!!)
私は思い切り息を吸い込んだ。
(はぁぁなんていい香りなの…っ!!)
ルーカスがごくりと喉を鳴らした。割った半分に紙を巻いてルーカスに渡す。もう半分はアダムに。
「《焼き芋》よ!食べてみて」
ルーカスとアダムがフウフウしながら焼き芋にかじりつく。二人の顔がぱあっと輝いた。
「おいしい!!」
「うん!おいしいです。なんですかこの芋?なんでこんなに甘いんですか?それにこの色、なんて鮮やかな黄色…」
ふふん、今日はそれだけじゃないんだな。私はバスケットからバターと大瓶のはちみつを取り出した。はちみつはエイデンさんの商会で譲ってもらった。もちろん正規の値段で私の資産でね。まだ湯気のあがる焼き芋の上にバターをひとかけら乗せる。その上からとろりとはちみつ。
ルーカスがおもむろに一口かじる。口に含んだとたん私を振り返る。そしてブンブンと上下に顔を動かして何かを訴えている。
「おいしいのね。よかった」
アダムは呆気にとられたように焼き芋を見つめている。
「これが、はちみつ…」
「そう、これがこれからあなたたちにお願いしたいと思っているはちみつです。そして今はこの大瓶1つが時価で金貨20枚はします」
「金貨20枚…」
アダムが目を見開く。
「でももしここで養蜂が軌道に乗ればもっと安く市場に流通させることができます。この集落ももっと生活が楽になるでしょう。時間はかかるかもしれませんがそれだけの価値があると私は考えています」
「…すごいですね、ステラ様は。まだ学校に通う年でもないというのに、そんなことまで考えていらっしゃるんですね」
まあ見た目は、ね?
「私、今は男爵家に養女として引き取られているけど、もともとはスラムの出身なの。ここよりももっと貧しい街で暮らしていたから少しでもみんなの生活を豊かにしたいだけ」
あとおいしいものを食べたいだけ。
アダムがびっくりしたように私を見る。
「ステラさんが?スラムに?どこからどう見ても生まれながらの令嬢に見えます」
「ふふ、ありがとう。でもねそんなことないんです。もう少し品を身につけろってアレンが最近うるさいの」
「そんなものなくてもお姉さまはきれいだからいいんです」
「僕もそう思います」
「えっ?」
言ったアダムがしまったというように顔を背ける。
あれ?頬が少し赤いように見える。焚火でやけちゃったのかな?
「クリフォードさんがいい返事をくれるといいんだけど」
するとアダムが意を決したように顔を上げ私を見た。
「…もし、もしも父がイヤだというのなら、僕がやります!!」
「アダムさん?」
「ステラさんのお役に立てるのならなんだってします。僕も頼りにしてください!」
アダムが私の両手をぎゅっと握りしめた。最近気が付いたんだけどこの国の人ってやたらとみんな手を握ってくることが多い気がする。スキンシップ多めの国民性なのかな?
それにしても間近で見るアダムの頬がやっぱり赤い。これ結構痛いんじゃないかなと自然に頬に手が伸びていた。そっと頬に触れる。
「ス、ステラさん…ッ!!」
「あっ、ごめん。痛かった?」
何か軟膏でも持ってくればよかった。
「ストップ、そこまで。何やってるの?」
気がつけばアレンが側にいた。いつの間に…。
アレンは私とアダムを引きはがして間に入る。
「アダムの頬が赤くなってて…。焚火で焼けちゃったんだと思うの。アレン、軟膏か何か持ってない?」
「焚火で焼けた…?」
アレンが振り返ってアダムを見る。アダムは何やら慌てたようにワタワタしている。どうしたのかしら?
「ふーん、そういうこと」
アレンは私に向き直るとニコッと微笑んだ。
「大したことはなさそうだから、冷やせば治るんじゃないかな。ついでに頭も」
「頭?」
私は訳が分からず首を傾げる。あ、それより……!!
「ねえ、どうなったの!!」
「それは…見たらわかるんじゃない?」
私の視線の先にはまだぎこちない二人の姿があった。でもクリフォードさんの敵意のような感情は消えているような気がする。エイダさんとルーカスに焚火のそばに促された二人はエイダさんが半分に割った焼き芋を分け合って食べている。クリフォードさんがびっくりしたようにイモを指さしジェームスさんに何か言ってる。ジェームスさんは、はっはっと笑ってそれに答えていた。エイダさんもそれを幸せそうに見つめている。目尻に指を持っていく。涙ぐんでいるのかも。
「うまくいったみたいね」
「うん、そうだね」
「アレンの言うとおりになった」
「まあ…、そう、かな?」
男爵様にお話ししに行った日の夜、さてどうやって二人を引き合わせようかと思案している私にアレンにが言った。
「連れてっちゃえばいいよ」
「…・それは、ちょっと乱暴じゃない?」
「他人がああだこうだと気を回すよりぶつからせちゃえば手っ取り早い場合もあるよ。20年も会っていないんだし二人ともいい大人だしね」
「もし分かり合えなかったら?」
「それはそれで仕方ないよ」
「もし殴り合いとか…」
「よし!薬をたくさん持っていこう」
「……」
とか言うやり取りがあった。
「結果としてアレンが言ってたことが正しかった。うじうじ悩んでた私バカみたい…」
「それは、あくまで結果論だよ。慎重になる事が悪いわけじゃない。今回はたまたまうまくいったけどより亀裂の深まる未来だってあったはずだし。まあ、僕も少し乱暴だったかなって自覚もあるし」
結果オーライだよ、とアレンが笑った。
「そんなことより、僕たちも食べよう。折角の焼きたてが冷めちゃう」
おっとそうだった。私もまだ食べてないんだった。
「そうね!早く行かなきゃなくなっちゃう!!」
気がつけば集落の他の家からも人が集まっていた。十分な数を持ってきたつもりだけど私もいっぱい食べたい!
私とアレンはみんなのいる方に駆けだした。
次話投稿は明日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




