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33 庭師と息子と焼き芋大会 1

一週間後、私たちは馬車に揺られクリフォードさんの集落に向かっている。

前回通った時と比べ木々が寒々しい。冬はもうそこまで来ている。


「お姉さま、その木箱は何ですか?」


座席の下に積み込まれた箱を指さしルーカスが聞く。


「あれは《シモン》よ。着いたらみんなで食べようと思って」

「でも()ですよね?向こうで調理するんですか?」

「そうよ。楽しみにしててね」


この季節。サツマイモに似た《シモン》。もうやることは一つしかないでしょ!




一週間前のあの日、私は早速男爵様に相談を持ち掛けた。

自分がこれから養蜂を事業としてやってみたいと思っていること。費用はすべて自分で負担すること。そしてそのためにどうしてもジェームズさんの力を借りたいと思っていること。

男爵様は笑顔のまま黙って聞いてくれ、「ジェームズの意志を尊重してほしい。私からは何も言う事はないよ」とだけ言ってくれた。

こんな穏やかなぽんぽこたぬき様が伯爵領を簡単に没落させてしまう手腕を持っているのだとはにわかに信じがたい。その旨をすぐにジェームスさんに伝えると「こんな老いぼれですがどうぞよろしくお願いします」と了承してくれた。

あとはクリフォードさんたちに話をつけるだけ。


集落に着くとルーカスが真っ先に馬車を降り私に手を差し出す。その手を取って馬車を降りるとルーカスはへへッと嬉しそうに笑いお目当てのドアに向かって駆けだした。

アレンは《シモン》の箱を、私は紙の束とバスケットを持ってそれに続く。

ドアを叩くと出てきたのはアダムだった。とてもびっくりした顔をしていたけどすぐに笑顔になり家の中に迎えてくれる。中にはクリフォードさんとエイダさんもいる。


「今日はどうされたんですか?」

「はい、実はこれをみんなで食べようかと…」

「ステラ」


あっ、違った。いや違ってないけど…。


「実は今日は皆さんにお願いがあってここに来ました」


私は今自分がやろうとしている養蜂をここでやれないか考えている事、そしてそれらの管理をこの集落でお願いできないかという事を説明した。クリフォードさんはじっと黙って話を聞いていた。


「もちろんここで作業していただくにあたりそれなりのお給金はお出しします。もし事業が軌道に乗れば条件の見直しも都度検討させてさせてもらいます」

「どうして、私たちにこの話を?」

「一番はこの地が養蜂に適していると判断したためです。そして、たまたまここに集落があり、たまたまあなた方が住んでいた。そしてそれがたまたまルーカスの知り合いだった。ただそれだけです」

「私たちに同情したわけではないんですか?」

「正直ないとは言いません。ルーカスからもアレンからもあなたはとても腕のいい庭師だと聞いています。なのであなたがもしどこかで庭師としての職を手にしたいというのであればこの話は断って頂いて構いません。ただ、もしそうではないのでしたら…、ぜひ私たちに協力していただきたいと考えています」

「……今更、庭師の仕事ができるとは考えておりません。王都でもなかなか見つかりませんでしたから。ですが今まで私は庭師としてしか働いたことはありません。養蜂など門外漢です。そんな私にできるとお思いですか?」


私はアレンに目配せをした。アレンは頷いて外に出ていく。


「それに関しては心配はいりません。養蜂について詳しい()()()を見つけてあります。その人に師事して頂けるのでしたら問題はないかと思います」

「それは本当にありがたいお話ですが、そんな方がわざわざこんな田舎の集落まできてくれるのですか?」

「とてもいい方なのですよ。しかも仕事は早く丁寧で人当りもよい。すぐ打ち解けられるかと。いやぜひ打ち解けていただきたいと思ってるのですが。あとはあなた次第です。クリフォードさん」


クリフォードさんは下を向いたままじっと考え込んでいた。エイダとアダムもじっと見守る。


「アダムをいつまでもこんな小さい集落に閉じ込めているわけにもいきません。いずれは町に出してやらなければ。それにはお金が必要ですから。よろしくお願いします、ステラさん。どうか私に仕事をお与えください」

「もう、断れませんよ」

「はい、大丈夫です。心に決めましたから」

「前言撤回しないでくださいね」

「?……はい。大丈夫です」


私はクリフォードさんにニコッと笑いかけると、外で待機しているアレンを呼んだ。


「クリフォードさん。実は今日その専門家の方をここに連れてきています。詳細はその方から聞いてもらっていいですか?」


ガチャリとドアが開く。アレンに続いて入ってきたのは、ジェームズさん。


「……父さん」

「……クリフォード?」


二人が固まってお互いを見つめる。


「クリフォードさん紹介しますね。こちらは養蜂の専門家のジェームズさんです。今回養蜂の基礎を一から手取り足取り指導してもらえる事になっています」


クリフォードさんは目を見開くと私をキッと睨みつける。


「……どういうことですか?!ステラさん!!なんで父さんがここにいるんです!こんな話聞いていない……っ!」

「ステラ様…これはいったい……?」


ジェームズさんも状況が飲み込めずおろおろしている。


「あら?二人はお知り合いでしたか?ならちょうどよかったです。これからはお二人、二人三脚で頑張っていただきたいと思っていますので」

「冗談じゃない!!なんで父さんと!!こんなことならこの話はなかったことにしてもらう!!」

「あら?もう断れないといったはずですよ。あなたも前言撤回もしないと言ったのに」

「……っ!!」

「それにあなたは何か勘違いしていませんか?いつ私があなたのお父さんを連れてきたのです?私が連れてきたのはこれからあなた方が生きていく上で必要な「知識」を与えてくれる師ですよ」


ドアの前にはアレンが待機している。怒りに任せたクリフォードさんが飛び出していかないように。


「アダムを町に出してやりたいと言ったあなたの覚悟はそんなもんなんですね。私としてもそんないい加減な人に仕事をお任せしたいとは思いませんが」

「ステラ様…違うんです。クリフォードはそんないい加減なやつじゃないんです。私が悪いんです…。20年前、すべては私が悪かったんです」

「……父さん」

「20年前何があったのか、私は知りません。二人の間にどんなわだかまりがあるのかも私にはわかりません。ですが会わずにいた20年の間に多少でも心の変化はなかったのでしょうか?」

「……」

「この仕事についてやるやらないはクリフォードさん、あなたの意見を尊重します。もしどうしてもいやだというのであれば私はジェームズさんを連れて帰ります。養蜂は別の場所を探しますのでもう二度とここに来ることはないでしょう」


暗に和解のチャンスは二度とこないのだと匂わせる。


「少しお二人で相談していただいてもよろしいですか?話がついたら結果だけ教えてください。私は外で昼食の準備をしたいと思いますので。ルーカス、アダムさん、エイダさん手伝ってもらってもいいですか?」


アレンに後の事を頼み、3人を引き連れて外に出る。

太陽は低いけど既に昼近くになっている。


「ルーカスとアダムさんは落ち葉や薪を集めて山を作ってください。エイダさんは私と一緒にこの紙と麻布を濡らしておイモに巻き付けましょう」


4人でせっせと準備を進める。落ち葉の山の下にいくつものイモを埋め火をつける。生木を燃やしたので多少煙いけど風がないので煙は比較的真っすぐに登っていく。

3人はまだ出てこない。落ち葉を少し持ち上げて空気を入れると炎が勢いを増す。


「あの…ステラさん…」

「何でしょう」


エイダさんが控えめに私の横に座った。


「夫に、義父を合わせてくださってありがとうございました」

「いえ…出過ぎたマネをしたかもしれません」

「そんなことはありません!!口には出しませんでしたけどあの人、ずっと悔やんでいましたから…」

「そうなんですか?」


エイダさんは悲しそうに笑顔を浮かべた。


「20年前、私は平民街の花屋で働いていました。男爵家にも苗木や種を卸していましたのでそれが縁であの人と知り合いました。私たちは将来を誓い合いまもなくアダムを授かりました。同時に、当時優秀だったあの人はいくつもの試験を突破して王宮の庭師としての採用が決まった時でもあったんです。でも彼は迷うことなく私との結婚を選んでくれました。それが原因で義父と対立することになってしまって…」

「そうだったんですか…」

「彼は家を出ました。伯爵領で働き口を見つけられたことは本当に運がよかったと思います。ルーカス様もオフィリア様もとても優しい方で私はとても幸せでした。でもあの人は義母の死に目にも立ちえず本当に私…申し訳なくて…」


静かに涙を流すエイダさん。きっと今まで誰にも話せずにいたんだろう。赤の他人だからこそ話せることもある。私はエイダさんの手を握った。


「もう二度と合わせてあげられないと思っていました。こんな田舎にいてはきっかけすらありませんから。でもステラさんが導いてくれた」

「それはっ…偶然です!たまたまです!それを言ったらアダムさんがルーカスを見つけていなかったらこの出会いもなかったわけですべてが神のお導き?的な?」

「それでも……私は、ステラさんが導いてくれた気がして仕方がありません」


ありがとうございます、とエイダさんは笑ってくれた。一瞬紗奈の頃のお母さんを思い出してちょっと寂しくなった。



次話投稿は本日19時の予定です。

よろしくお願いします。

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