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32 私と庭師と交渉

季節が動こうとしている。

木々を彩っていた紅葉が、今度は地面に色とりどりの絨毯を敷き詰めている。

初雪にはまだ早いけど、寒さはぐっと増してきた。


そう初雪までにはまだ大分ある。

それなのに…。

目の前には、大量の巣箱。20個はあるだろうか…。


「ジェームズさん…初雪にはまだ大分時間があると思うのだけど…」

「いやー久しぶりに昔を思い出しましてな。こんなに楽しく仕事をしたのは何十年ぶりですかな。」


ほっほっほ、と楽しそうに笑う。


「いくら何でも早すぎませんか…?それにこの量。お庭の仕事もあるのに」

「庭の方ならほれ、この通り問題はありません」


確かに…。庭の花も生け垣もピシッと整えられている。地面には落ち葉一枚、雑草一本生えていない。


「確かに…。お見それしました」


ほっほっほ、とジェームズさんが高らかに笑う。

早速巣箱を見せてもらう。リンゴ箱よりは少し小さいだろうか。上部のフタを開けると10枚ほどの板状のものが縦にはめ込まれており上から引き抜けるような構造になっている。これ、昔テレビで見たことがあるのとおんなじだ。ジェームズさんはその内の一枚を引き抜くと私たちに見せてくれる。


「これは巣枠と言います。蜂たちはここに巣を作っていくのですよ」

「ここに張られている糸はなんですか?」


巣枠の上1/3のところに細かく六角形になるように蝋引きの糸が張り巡らされている。しかも10枚全部。


「これは蜂の部屋の基礎になるものです。あらかじめこのように形を作ってやると蜂の負担が軽くなるので巣作りが早くなるのです。糸はアレンに取り寄せてもらった蜜蝋に浸して作った蝋引きです。こうすると蜜の匂いに引き付けられて蜂が寄り付きやすくなるのですよ」


蜂蜜があんなに高いんだったら蜜蝋だって相当値が張るはず。

私はそっとアレンを見た。


「蜜蝋はヘイデンさんの商会にあったものを譲っていただきました。まあそれなりの品でしたので多少値は張りましたが…」

「お金は?まさか男爵家から?」


私が勝手にやっていることで男爵家の資産に手を付けるわけにはいかない。


「いえ、すべてはステラ様の個人資産で賄いましたから」


ご心配には及びません、と当たり前のようにアレンが言う。


「えっ?私の資産……?」


って何?


「ワゴン販売の売り上げの取り分です。今はヘイデンさんの管理のもと投資等で相当の額に膨れ上がっています。ですのでご心配には及びません」

「……私、聞いてない」

「…ああ、そうですね。言ってませんでしたね?」


聞いてない!!


「まあ言ったところで特に使う予定もないでしょう。衣食住は保証されていますし」

「それはそうだけど…だったらその分みんなで分けてくれればよかったのに」

「ステラならそう言うと思ったから黙ってた。でもいざという時に自由に使えるお金があるのは心強いと思うよ」

「いざという時?」

「今回の養蜂はワゴンの時と違っておそらく相当の費用が掛かると思う。うまくいくかどうかも分からない事業だからヘイデンさんも男爵様も商いとして投資はされないと思うし。ステラ個人へなら動かれると思うけど」

「それはだめ」

「だったらなおさら。おじいちゃんの好意だと思ってありがたく受け取っておきなよ」


そうか。確かに費用の事とかまだ全然考えてなかった。


「わかった。ありがとうアレン」


因みにいくらぐらいあるんだろうと興味半分に聞いてみる。アレンはうーんと少し考えて、王都のメイン通りに小さな屋敷がかまえられるくらい?とちょっとわからない例えを出してきた。うーんわからん…。


私は再び巣枠に目を落とした。


「それにしても細かいですね」


蝋引きの糸は縦と斜めに6角形が均一の大きさになるように張り巡らされている。丁寧な仕事だ。


「大きくしてしまうと雄蜂しか育たんのですわ。働き蜂は雌ですから。より早く巣作りをさせるためには雌の蜂を増やす必要がありますからな」


はあ、そんなんだ。勉強になる…。


「巣箱には10枚の巣枠が入れられるようになっています。ですが最初は3枚ぐらいから始めるのがいいでしょう。蜂が増えるに従って枠を増やしていくのです。そして箱がいっぱいになったら巣箱を重ねていけばいいのです」


ジェームズさんは楽しそうに多くの知識を語ってくれる。

その後も飼育環境の事、巣箱の置き方、内部検査の方法に餌について、蜂の増やし方や女王蜂の作り方等々、私が本で調べてきた以上の事を教えてくれた。


「あのジェームズさん?めちゃめちゃ詳しくないですか?」


この間は巣箱の事しかわかないみたいなこと言ってなかった?


「いやいや、わしなんかこんなもんですよ。自慢できるようなもんじゃない」


ほっほっほと笑う。

これは…、


「ねえジェームズさん、忙しいあなたにこんなことをお願いするべきではないと思うんだけどこの養蜂事業に本格的に協力してもらえませんか?」


思い切って切り出した。だってこれ以上の適任者はいないじゃない?ジェームスさんは笑うのをやめてひげを撫でつけながらふむ、と考え込んだ。しばらく考え込んだのち、


「そうですなぁ。大変興味深いお話ではありますが、私はコンラット男爵様にお仕えしている身、この場ではいわかりましたとお返事するわけにはいかんのですよ。まずは男爵様の許可を取りませんと」

「あ…」


(そっか…そうだよね)


「ごめんなさい。ちょっと気が急いてしまって。わかりました。男爵様には私からお話ししています。もし許可が下りたら、前向きに検討してもらえますか?」

「……もう老い先短い命ですからな。冥土の土産話をあいつに聞かせてやるのも悪くないですからな」


私でお役に立てるのでしたら使ってやってください、とジェームズさんは笑った。

巣箱も先生も見つけたし、資金が潤沢なのも分かった。あとは…


(管理してくれる人……)



次話投稿は明日朝6時を予定しています。

よろしくお願いします。

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