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29 視察とルーカスと大切な人 1

次の日、天気は快晴!まさに視察日和!

私は朝からお弁当を仕込みアレンの用意してくれた馬車に向かう。と、なぜかそこにルーカスもいる。


「お姉さま!置いてけぼりは嫌ですよ!!」


ああ、おととい王都についてこられなかった事を根に持ってるのか。そうその名もダンゴムシ事件。

あの日授業の時間以外ふてくされて一日中ダンゴムシでいたと彼付きのメイドに聞いた。

頭にはカンカン帽をかぶり白のシャツに黒のハーフパンツをブレイスで吊り、黒のハイソックス。胸元にはスカーフをリボンに結んでいる。文句なくかわいい。私のツボを的確に押さえている。ただね、最近ちょっとあざとくなってきた気がするのは気のせいだろうか?いやそんなことないわね。ルーカスは天使。ルーカスは天使。そう自分自身に刷り込む。


「今日の授業はいいの?」

「はい、既に手は打ってきました!」

(なんの……?)


「そろそろ出発するけど、いい?」

「うん、お願いするわ!」


アレンが慣れた手さばきで馬を操る。これから向かうのは領地の南方。なだらかな丘陵地帯がいくつも折り重なっている広大な土地には緩やかに川が流れ、のどかな景色が広がっている地域だ。周辺にはいくつもの集落や村が点在しそれぞれが細々と生計を立てている。決して豊かとは言い難いが、穏やかな時間が流れている。


収穫を待つ広大な豆畑や春小麦地帯を抜けしばらく走ると、広葉樹の広がる森が見えてきた。その森の端まで来た辺りでお日様が高く昇る。


「そろそろお昼にしましょうか」


木陰に敷物を敷き、持ってきたお弁当を広げる。今日のお昼はハニーマスタードチキンのサンドイッチとマッシュポテト、アップルパイとスイートポテトだ。いつも通りイモ増し増しだ。


「すごいごちそうだね!!」


アレンの目がめずらしく輝いている。


「あ、アレンの好きなものがあった?」

「うん。僕ハニーマスタードのチキンが昔から大好きなんだ」


そうなんだ。全然知らなかった。ふむ、心のメモ帳に記録しておこう。


「お姉さま。僕はスイートポテトが大好きです!」


ええ、知ってますとも。


「だめよルーカス。好きな物ばかり食べちゃ。ちゃんと他のものも食べてね」

「へへ、お姉さま、母様みたい」


嬉しそうにルーカスが言う。

うっ、そうよね…、ごめんね。中身はアラサーだからどうしても口うるさくなっちゃって。


色づいた周囲の木々が、風が吹く度ハラハラと木の葉を散らす。目の前にはコスモスの花畑が広がっていて深まる秋を感じる。


(日が落ちたら寒くなるのも早いかな)


私はフレデリックさんから預かってきた地図を広げる。


「ねえアレン。この辺りどうかしら?北側に森、南に台地が広がってるし川もあるわ。これだけ広大にコスモスが自生しているなら春もきっとたくさんの花が咲くんじゃないかしら」


アレンはひょいと地図を覗き込んだ。


「そうだね、立地的に問題はないと思うけど……、少し遠い、かな?」


ここまで馬車で約半日かかっている。そう簡単に行き来できる場所ではない。


「そうなのよね…」


うーんどうしよう。すごくいいと思うんだけど…。

しかも近くに集落らしいものもない。無理かなぁ…。



その時、

少し離れたところに人影が見えた。


(あ、近くに住んでる人がいるのかな?)


人影がだんだん近づいてくる。そして、


「……ルーカス様?」


その人影が信じられないという顔でルーカスを見た。

頬袋にたくさんのスイートポテトを詰め込んでいたルーカスが顔を上げる。


「ふぁふぁう!!!」


ルーカスが目を見開いた。でも何言ってるのかさっぱりわからない…。


「ルーカス様、なんでこんなところに…!ああ、お元気そうで……」


彼の目尻にうっすら涙が光っている。知り合い…なのね。


「ルーカス。彼知り合いなの?」

「ふぁわうは、ほふははふひゃふひょうひ…」

「とりあえず、飲み込んでからでいいから…」


もぐもぐ、もぐもぐ…。どれだけ詰め込んだのか知らないけれど、中々頬袋が小さくならない。

もぐもぐ、もぐもぐ…。


(リスみたい…)


私も謎の彼もほっこりした顔でそんなルーカスの頬袋が小さくなるまで優しいまなざしで見守り続けた。


  




「彼はアダム。僕が伯爵家にいた頃、別邸の庭師をしていたクリフォードの長男です」

「初めまして、アダムと申します」


アダムは私とアレンにお辞儀をする。


「アダムはなんでこんなところにいるの?クリフォードとエイダは?一緒にいるの?」

「はい、一緒ですよ。今はここから少し下った集落で暮らしています」


エイダ?と首を傾げるとアダムは、母ですと補足してくれた。


「それにしてもなんでこんな田舎の集落に?」


アレンが訪ねる。


「ここは母の故郷なんです。伯爵家が没落してしまい、使用人はみんな解雇されてしまいましたので。庭師は需要が少ないですからね。一旦職を失うとなかなか空きが出ないんです。それで母方の親類を頼ってここまで…」

「伯爵家が…没落?」


ルーカスが呆然としている。

あ、ルーカスはこの事知らないんだっけ…?


「ルーカス…。大丈夫?」


小さいなりに思うところはあるのだろう。不安そうな顔をするルーカスの手を私は握った。

イザベル様にそれとなく聞いてはいたけど、本当に没落していたとは思わなかった。男爵様の本気度がうかがえる。


「そう…なんだ。じゃ、みんなは?他のみんなも仕事がなくなっちゃったの?」

「メイドや執事はいくらでも雇用がありますから心配はいらないでしょう」

「じゃクリフォード達だけ…?」


困ったような顔をするルーカスの頭をアダムがポンポンっと撫でる。


「そんな顔しないでください。俺たちは大丈夫ですよ。どうにだって生きていけますから。それより坊ちゃんが元気に笑っていてくれて本当にうれしいです」


ああそうか、この人はルーカスの事情を知っている人なんだ。ルーカスがどれだけ深い傷を負っていたか知っていて、心を痛めてくれていた人…。


「うん。お姉さまのおかげなんだ。お姉さまがいなかったら僕は今こんなに元気じゃなかったと思う」


ルーカスがキラキラした笑顔をアダムに向けた。


「僕は今幸せだから。もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、アダム」


にっこり笑うルーカス。


「ルーカス様…」


アダムがまた涙ぐむ。というか泣き出した。エグエグ言いながらよかったを繰り返す。あ、鼻水まで出てきた。私がハンカチを渡すとチーンとかんで返してくる。いらないから!!


「あの、ちょっといいですか…?」


ふと、それまで静観していたアレンが口を開いた。


「もし違っていたら申し訳ありません。もしかして、あなた……」




次話投稿は明日19時を予定しています。

今回の続きになります。

よろしくお願いします。

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