26 私と王都と月の女神
私は今、広場のベンチに腰掛け微妙な顔でコロッケサンドをパクついている。
あのものすごくいい雰囲気だったすぐあと、私とミハエルの間でちょっとした押し問答があった。
コロッケサンドを買おうとする私。それに対しお金は受け取れないというミハエル…。
「これから子どもだって生まれるのにお金はあった方がいいでしょ?!」
「ステラ様からお金を頂くなんて滅相もありません!ステラ様はいついらっしゃってもタダで結構です!」
「そんなことしたら私が店に来づらくなるでしょ!代金はちゃんと受け取るべきだわ!!」
「そんなことしたら末代までたたられます!!」
「誰にたたられるのよ!!」
銅貨2枚が宙を舞う。その横でドナが笑顔で他のお客を捌いている。みんな何事だ、と興味深げに見ている。
「とにかく要りませんから!!もういいから大人しく食べてください!」
「むぐッ!!」
そういうと口にコロッケパンを突っ込まれた。
もう忙しいんだからいい加減にしてください、とあきれたようにため息をつくとコロッケを揚げにワゴンに戻っていく。おいおい、これじゃ私がクレーマーみたいじゃない。
はぁぁ、と盛大にため息を吐くと、行き場のない銅貨を巾着にしまった。まあいいや、あとでお祝いを買って持っていこう。そう思って近くのベンチに座ろうとすると、並んでいるお客さんと目が合った。
こんなところに並んでいるのが場違いなほどきれいなお嬢様だ。どこをどう見ても貴族の令嬢。彼女は私にニコッと微笑みかけてくる。つられて笑顔を浮かべようと思ったけれど不意を突かれたのでひどく引きつった笑顔になってる、はず。令嬢はそのまま列に従って歩みを進める。私はなんとなくそれを見ながらベンチに座った。
あの服…、確か貴族の子女が通う王立学校の制服じゃなかっただろか?私も1年と半分ほど後に通うことになるはずだ。
(それにしてもきれいな人だな)
つややかな腰まで伸びたミッドナイトブルーの髪にマルベリー色の瞳。透き通る白い肌はまるで陶器のよう。折れてしまいそうな細い腰の位置は高く、イメージとしてはそう、
(月の女神様)
コロッケサンドをかじりながら、世の中にはこんな人がいるんだなぁと思う。目が離せない。いや~王都はすごいね。目福目福。
「いらっしゃいませ。これはエレオノーラ様、いつもありがとうございます。今日もいつもの数でよろしいですか?」
「ええ、お願いするわ」
そんな会話が聞こえてくる。へえお得意様なんだ。エレオノーラ様か。素敵な名前。
「ドナ、コロッケ10個準備してくれ。エレオノーラ様、今日は持ち帰りますか?それとも食べて帰ります?」
「そうね。今日は食べて帰ろうかしら」
「ぶっっ!!!」
思わずコロッケサンドを吹き出した。は?コロッケサンド10個を食べて帰る?思わずむせていると、再び令嬢と目が合った。あっ、やばい…。
「ミハエル。あそこのベンチで食べるから出来たら持ってきてくれる?」
「はい、かしこまりました」
エレオノーラ様と呼ばれた令嬢はゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。そして優雅に私の隣に腰を下ろすと、女神のような微笑みを向けてくる。ううっまぶしい…!
「あなた。もしかしてステラさん?」
「えっ!!…は、はい。そうですが…」
女神が私の名前を知っている。なぜか?そりゃそうだ。ついさっきミハエルと大声で押し問答してたんだから。でも理由はそうではなかった。
「ミハエルがいつも言っているの。このコロッケを考えたのもフレンチフライを考えたのもステラ様なんだって。ステラ様はすごいんですっていつも言っていたから、一度お会いしたかったの」
「……っ!!」
何てこと!!ミハエルのやつこんなところで私個人情報を宣伝しないで欲しい!!ハードルが上がるでしょうが!!
「お恥ずかしい限りです…」
つい顔を隠す。すると女神は、私の手をものすごい力で引きはがし両手首をつかんで拘束(?)した。なにこの人…、すごい力…。はたから見るとお互い手を握り合い見つめあっているような体勢に見えるけど、もがいてもびくともしないのが現実。
「どうして?恥ずかしい事なんてないわ?こんなにおいしいものを考えられるなんてすごい才能だわ」
力説されて手に力がこもる。イタイイタイ…!!
そこに、
「お待たせしました。コロッケサンド10個です。熱いですから気を付けてお召し上がりくださいね」
湯気の立つホカホカのコロッケサンドが運ばれてきた。女神の手か離れる。よかった、痛かった。
腕をさすりながら女神を見る。目を輝かせながらコロッケサンドを見つめ、もう待てないというように一つをつかみかぶりつく。女神さまからは想像もつかない食べっぷりが心地よかった。
「ほんとにおいしいわ~、私、大好きなの。もういくつだって食べられちゃう」
「!!!」
気が付くとコロッケサンドが残り6個になっている。いつの間に!!
そうしている間にも女神さまの口の次々を消えていくコロッケたち。
「め、女神様…!!もうその辺で!!」
「ふぇ…?ふぇがふぃさふぁ…?」
もう何を言っているのかわからない。女神様は首をかしげながらもぐもぐ、ごくんと飲み込んだ。
「女神さまって、私の事?」
きょとんとした顔で見つめられる。自然と顔が赤くなる。
「…はい。とてもお美しいと思いまして。月の女神さまのようだと…」
女神さまはその言葉に驚いたように目を瞠った。そして少し悲しそうに笑った。
「あなたで二人目ね…。私の事をそんな風に言ってくれるのは」
「……?」
「私はエレオノーラ。エレオノーラ・ファリントンと言います」
ファリントン…確か伯爵家じゃなかったかな。
「もしかしてファリントン伯爵家のご令嬢でいらっしゃいますか?」
「ええ」
私は立ち上がって礼儀作法にのっとって挨拶をする。
「大変失礼いたしました。私は…」
「ヴェルナー男爵家のご令嬢のステラ様でしょう?」
ちゃんとしたあいさつの途中で言葉をさえぎられる。ううっ…せめて最後まで言わせて欲しかった。
中途半端なままどうしようかと逡巡していると、
「そんな堅苦しいあいさつはやめにしましょう。私の事はエレオノーラと呼んでちょうだい。私もステラと呼んでよろしいかしら?」
エレオノーラ様はすくっと立ち上がると中途半端なまま固まっている私の肩をつかみ真っすぐに立たせた。この人結構強引な人だ。でも、なんだかとてもかわいらしい。
「目上の方を呼び捨てにはできません。エレオノーラ様とお呼びしても?」
「うーん、まあ仕方ないわね。いいわよ、ステラ」
きれいなのに懐っこい笑顔。私はすぐに懐柔された。
エレオノーラ様は王立学園の2年生だそう。それにしてもファリントンは伯爵家と言えばかなり名門なはずだ。そんな由緒正しい令嬢がお供も付けずこんなところで一人、コロッケサンドをパクついていていいんだろうか。
「いいのよ。誰も私のことなんか気にしないわ」
ふふっと笑う。
そんなことがあるだろうか。どこにいても目を引くと思うんだけど。
「そんなことよりステラ、これからお時間ある?」
「家のものが迎えに来るまでまだ時間がありますので、少し王都を散策しようかと」
「まあ!だったらちょうどいいわ。私が案内してあげる!」
「ええっ!そんな恐れ多いです!!」
「あら、嫌なの?私たち友達でしょ?」
「友達…ですか?」
「だめ……?」
上目づかいで見られて顔が赤くなるのが自分でもわかる。
ああ、もうなに!この人すごくかわいい!!
「だめじゃないです!行きましょう!!今すぐ!さあ!」
そう言って手を差し伸べるとエレオノーラ様は嬉しそうにその手を取ってくれた。
「あっ、でもその前にコロッケサンドを何とかしないと…」
「え?」
不思議そうに首を傾げるエレオノーラ様。その横に大量にあったはずのコロッケサンドが…一つもない。
(うそ…!)
あの量を一人で平らげたというのか…。
固まった私にエレオノーラ様が笑いかける。
「とってもおいしかったわ。ごちそうさま」
次話投稿は明日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




