25 私と王都と懐かしい人
前回の続きです。
翌日、私は一人王都に来ていた。養蜂について勉強するべく王立図書館に向かっている真っ最中だ。
アレンもルーカスも一緒に来たがっていたけど、アレンはフレデリックさんのお供で商談に行く予定があり、ルーカスはこの日に限って王都でもご高名な帝王学の教師が来ることになっていて来ることが叶わず、ベッドの上でダンゴムシのように丸くなってふてくされていた。
という訳で今日は一人だ。ちょっと寂しい気もするけどたまにはこんな日があってもいいわよね。王都までは馬車で1時間ほどなので送ってもらった。帰りはまた迎えに来てくれる事になっている。
実は王都、初めて来る。今まで特に用事もなかったしね。男爵領とは違い、都全体を石畳が覆い、建物も大きく重厚で何より人が多い。大通りでは馬車が列をなし、喧騒と言っていいほどの活気に満ち溢れている。
王立図書館は都のほぼ中心に位置している。簡単な手続きをして中に入る。建物は3階建て。上から下までびっしりと本が詰まっている。
「すごいっ!男爵家の図書室もすごい蔵書量だと思ったけどここは比べようもない…」
とにかく行き止まりが見えない。奥の方が闇に吸い込まれるほど遠くまで巨大な棚が続いている。
これは一人自力で探すのは到底無理だとそうそうに諦め、カウンターにいた司書さんに目的を告げる。すると、うーん…、と少し考えて小さなメモに通路の番号を書いて渡してくれた。
「おそらくこの辺りにあるはずだけど。もしなかったらこっちね。それにしても養蜂なんて、めずらしいものを学びたいのね」
女性司書さんは人好きのする笑顔で気安く話しかけてくれた。
「もしわからなかったらまた声をかけて。今日は比較的ヒマだから。図書館の閉館時間は4時よ。向こうにある机を使って勉強してもらってかまわないから。あっ、たくさんあるようならあそこにある台車使っていいわよ」
お礼を言うと、私はメモに書かれていた番号の通路を探す。一つは一階の奥。もう一つは二階の窓際のそばだった。とりあえず二階から。ここにはあまりめぼしいものは見つからなかった。次は一階の奥。入り口付近より若干暗く湿ったにおいがする。この辺りはあまり立ち入る人がいないのだろう。お目当ての棚はすぐに見つかった。
「へえ、思ったよりたくさんある」
ミツバチの生態の本が多かったが、養蜂について書かれた本もいくつか見つけた。
その数冊を取り両腕に抱える。遠くから「台車使って―」と声が響く。図書館なのにいいんだろうかとも思ったけど、館内には私以外誰もいないようだった。私はこくりと頷くと近くの台車に本を乗せた。折角だからあと3冊ほど追加して机に運ぶ。
「なになに…、養蜂に適した場所か。養蜂は春先から晩秋まで花が絶えず咲いている場所が適している、か。それと針葉樹より広葉樹の林の近くが適している、と。へぇー」
男爵領の地形を思い浮かべる。男爵領は南に広葉樹林、北に針葉樹林が分布している。とすると南の方が適してるのかな。確かに南の方が動物や草花が多い気がする。でもそうなると「希望の町」ともアレンの畑とも遠くなる。
「どうやって管理するかも考えなきゃね」
それから本には理想の立地条件として、木陰ができる場所、乾燥している、水害の影響を受けない、冷たい風が当たらない場所、等々いろんなことが書かれていた。あとは巣箱の形状とか防護服とか燻煙器とか、とにかく必要そうな所はすべてメモに起こした。あとは屋敷に帰ってからゆっくり考えよう。本当は借りていきたいところだけど返しに来るのも骨が折れる。
気が付けば昼はとうに過ぎ時計台の鐘の音が2時を告げる。くぅとお腹が鳴り慌てて押さえた。集中力が切れた途端にお腹の虫が騒ぎ出す。私は本を片付け司書さんにお礼を言うと図書館を後にした。
(さてこれからどうしようかな)
折角王都まで来たのだから少し街中を見て回りたい。ダンゴムシのルーカスにも何かお土産を買っていってあげたいし。ああ、あとアレンにも。
その時また、
くぅぅ~。
と情けない音がした。私はお腹をさする。
(とにかく腹ごしらえね)
辺りを見回す。さすがは王都。それはもうたくさんのお店が軒を連ねている。おしゃれなレストランにかわいいカフェ、いかにも!な定食屋さん。いろいろ目移りしているうちにいつのまにか噴水のある中央広場まで来てしまった。ううっ、決められない…。もう一度戻るか…、と思っていた私の目に見慣れたものが飛び込んできた。それは言わずと知れた赤と黄色の派手目なカラー。
(フレンチワゴン!!)
ついふらふらと引き寄せられる。
ええ、ええ。どうせ私は庶民根性が抜けないんです。
いいじゃない!コロッケサンド好きなんだもの!!
ワゴンには行列ができていた。黙って最後尾に並ぶ。
(盛況でなによりだわ)
列が短くなる。私の番が来た。
「コロッケサンドを一つ…」
「ああっ!ステラ様じゃないですか?!」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「あっ!あなたは…」
「へへ、ご無沙汰してます」
よく見れば、それはスラムでワゴン販売を始めたばかりの頃、最初に手伝ってくれた5人のうちの一人、名前は確か…、
「ミハエル?」
「そうです。今は独立して王都に住んでます。あいつと一緒に…」
促された先を見るとこれまた見知った顔が控えめな微笑みを浮かべてペコリと頭を下げた。
「もしかして、ドナ?!」
「お久しぶりです、ステラ様」
ドナも最初の5人の一人。まさかこんなところで再会するなんて。
「二人とも!元気そうでなによりだわ!!まさかこんなところで会えるなんて!でもステラ様って…ステラでいいわよ」
「いや、そういう訳にはいかないですよ!あなたはもう貴族のご令嬢なんですから。それに俺たちがそう呼びたいんです。だから気にしないでください」
そう言ってにっこり笑うミハエル。
二人ともあの頃に比べてなんだかふっくらしている。当時は痩せて血色も悪く、とても暗い顔をしていたのに。
ミハエルがドナの顔を見る。ドナが軽く頷くとミハエルは彼女の肩を抱き寄せ照れ臭そうに笑った。
「俺たち結婚したんです」
「えっ!ほんと?!」
「はい。王都に来てすぐ籍を入れて…、もう一年になります」
「そうだったのね。おめでとう二人とも!こんなうれしい事ってないわ」
ドナが恥ずかしそうに、ありがとうございます、と微笑んだ。
そっかー二人はそういう関係だったのかぁ。道理でいつも一緒にいると思った。
ミハエルは客足が途切れたのを確認すると私の前まで歩み寄り、真正面から真剣なまなざしで私を見つめる。ドナもそれに続く。
「あの時ステラ様に声をかけてもらって、親なんかいないも同然の俺たちは一も二もなく飛びつきました。少しでもましな生活がしたかったんです。スリでもひったくりでもなく人に胸を張れるお金を手にしたかった。初めて真っ当に稼いだお金で食べた飯は死ぬほどうまかった。今でも忘れません。その時初めて、自分たちも胸を張って生きていけるんだって自信が持てたんです」
「……」
「ステラ様がいなかったら俺たちは今でもスラムで泥水をすすって生きていた事でしょう。もっと罪の重い犯罪にも手を染めていたかもしれない。こいつだって体を使って身を立てていたかもしれない。ゾッとします。すべては立ち直るきっかけをくれたステラ様のおかげです。感謝してもしきれない。本当にありがとうございました」
ミハエルの声が震えている。泣いているのかもしれない。
ミハエルは顔を上げて私に笑いかけた。
「今こいつの腹に子どもがいるんです。もうすぐ生まれるんですよ」
へへっと笑う。ドナが私の手を取りそっとそのお腹に当てた。細身のドナからは考えられないほど大きなお腹。ほんとにもう生まれるんだ。
「あっ動いた!!」
私はびっくりして手を引っ込める。そしてもう一度そっと触れた。
「この子もうれしいんだと思います」
ドナの目にも涙が浮かんでいる。でもすごく幸せそうだ。
「ステラ様。お願いがあります。もし生まれてくる子が女の子だったら、ステラ様のお名前を頂けないでしょうか?」
ミハエルが意を決したようにそう言う。
「私の名前を?」
「はい。この子もステラ様のように強く優しい子に育ってほしいから」
「それは…全然かまわないけれど…。いいのかしら?」
「俺もドナも子供ができた時から同じ考えです。だから、どうか」
二人とも祈るように私を見る。
「ええ、二人がそれを望んでくれるなら。どうか、この子が幸せになれますように」
私はそっとドナのお腹に両手を当てた。手のひらが温かくなる。ふわっと空気が揺らいだ。そんな気がした。再びお腹の中で小さな命がトントンッと動く。私たち三人は顔を見合わせるとフフッと笑った。
次話投稿は明日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




