24 紗奈とステラとはちみつ
屋敷に帰り、例のごとくローアンさんにお願いして厨房を借りる。
まず皮を剥いて小さく切った《シモン》芋を蒸かす。茹でてもいいんだけど何となく蒸かした方が私は好き。
それを形がなくなるまでつぶして裏ごしする。バターを入れた鍋に芋を入れ砂糖を混ぜ牛乳で柔らかさを調節しながら滑らかになるまで練っていく。今回は小さい丸型にしたいので少し硬めだ。粗熱が取れたら銅貨程の大きさに丸め表面に卵黄を塗ってオーブンで焼き色を付ける。本当はバニラエッセンスとかあったらいいんだけど、残念ながら手に入らなかった。代わりに男爵様の香りのいいお酒をちょっぴり拝借してきた。
「はい、コレがスイートポテトと言います!」
黄色い表面に若干ついた焦げ色が彩りを添える。小さい丸形にしたためつやつやのちょっとした宝石のように見える、私には。
「冷やした方が美味しいんだけど取り敢えず味見してみて」
それぞれが一つつまんで口に運ぶ。
「んっっ?!うまい!!!」
ローアンさんがいつも通り目を輝かせる。
「うわっ甘いな~。って言っても砂糖の甘さじゃなくて何だろう?すごく優しい味がしますね。あとこのふわっと香る洋酒の風味がいいですね。《シモン》ですか…。聞いたことないな。見た感じでっかいジャガイモって感じなのに。なんでこんなに鮮やかな黄色なんでしょう?」
料理人って語彙が豊富ね。というよりローアンさんの食レポがうますぎる。
「砂糖はほとんど使ってないのよ。ほぼおイモの甘さね。砂糖の代わりにはちみつでもいいんだけど」
「あー確かに。はちみつの方がまろやかになるかもですね。でも高いからなぁ、あれは」
そう、この国でははちみつは目が飛び出るほど高級品だ。大瓶一つ買うのに金貨10枚はくだらない。
「養蜂とかできればねー」
「ようほう、ですか?」
そっか。この国にはないんだ。
「そう。ミツバチを巣箱で飼ってそこからはちみつを取るの」
蜂にはかわいそうだけどね。
「そんなことができるんですかぁ。はちみつは完全輸入品ですからね。関税とかも高くてなかなか手に入らないんですよ」
ローアンさんは小さい小瓶を棚から取り出した。
「先日ようやく購入権の順番が回ってきて手に入れたんですが、これっぽっちで金貨3枚ですよ」
人差し指ほどの高さの細い小瓶。うわ、確かにこれで金貨3枚はないわ。
「うちの領で生産できればいい収入源になりそうね」
幸いにも男爵様の領地はまだまだ手付かずのところが多い。
「ふーむ…」
「いい暇つぶしができそうだね」
アレンの声にそうね、と返事をしたような気がしないでもないけど考えに没頭してそれどころではなかった。
その間ルーカスが頬をリスのようにしてスイートポテトを詰め込んでいた事にも私は全く気が付かなかった。
あれから数週間、私の頭の中は《はちみつ》事業の事で頭がいっぱいだった。《シモン》の方も気にはなるけど《スイートポテト》を商品化するにはまだまだ供給量が安定しない。アレンが農園でお試しで作ってはくれているけどまだまだ家庭菜園レベルだ。流通できるようになるには少なくともあと2.3年はかかるだろう。要はそれまで私にできる事はないという事。一応ヘイデンさんには試食を持っていって今後の話はしてきたけど、まだまだ先の話になるだろう。それにしても、
「エルマーさん、かわいかったな」
エルマーさんはご存じヘイデンさんの右腕でたいへん腕のたつ優男の事なのだけれど、予想以上にスイートポテトがお気に召したようだった。一つ口に運んだ時点で今まで見たことのないような幸せそうな笑顔で固まった。更に勧めると幸せそうな笑顔のまま泣き出した。大人で落ちついた人というイメージしかなかったのでそのギャップにとても驚いた。また持ってきます、というと跪いて靴を脱がされ足のつま先にキスされそうになった。そこまでして頂くほど好きなのかと甘味の中毒性を改めて知った。
(まあ、しばらくは身近な人たちとのおやつとして楽しもう。おイモ自体保存がきくしね)
それよりも《はちみつ》
とりあえず必要なのはミツバチと巣箱かな。今季節は秋。これから寒くなる冬に向けて蜂の行動は弱くなる。始めるなら雪が解ける春先からだろう。
「それまでに勉強と準備」
新しいことを始める時ってなんでこんなにワクワクするんだろう。それを知ったのは社会に出てからだいぶ経ってからだったけど。学生時代はあんまり勉強は好きではなかった。やらされてると感じる勉強はどうしても身につかない。でも大人になって自分の学びたいことを勉強するのはそれなりに楽しかったし、いろんなことに興味を持つことって大事なんだなと死ぬまでの何年間でそう思っていた。
(あのまま死んでなかったら、私はどんな人生を送っていたんだろう)
ふとそんな考えが頭をよぎった。
20代後半、仕事に生き、趣味に没頭しやりたいことを全部やろうと夢中だった。それなりに楽しかったし知り合いもできた。でもどことなく無理していたことが今ならわかる。ふとした瞬間思い出すつらい傷にフタをするように資格受験にのめりこんでいった。没頭することで忘れることができたから。そう思うとやりたいことができていたかはちょっと疑問だ。興味を持ったものに片っ端から手を付けていたけれど、それらはすべて点であり線にはならなかった。それはつまり将来を見据えて勉強をしていたわけではないという事。そのまま年を取り一人で生き、やがて一人で死んでいったんだろうか…。
(薄っぺらいな、紗奈って)
でも今この世界に生まれ変わって、その古傷を思い出しはするけれどフタをするほどではない。それは現世のみんなの癒しのおかげに他ならない。そして一番大きいのはステラの存在。彼女の存在は私の中で太陽のように輝いている。なりたかった憧れる存在がステラそのものだと最近気づいた。正義感が強く真っすぐで優しくて。こんな風になれたら…そんな風にずっとあこがれていた存在が今自分の中にある。今表に出てきているのは紗奈としての私が強い。でもいざという時、私を叱咤し背中を押してくれるのはステラ。ステラと二人なら私は生きていける。
でもステラはどう?本当は誰かを好きになってその人と幸せになりたいと思うかもしれない。そうなったら紗奈は…、
「消えるしかないんだろうな…」
この体は本来ステラだけのものであるべき器。生まれ変わりの概念がいまいちよくわからないけど、私は「紗奈」の意識が「ステラ」の体を「間借り」していると認識している。
生まれてから10年はこの体はステラだけのものだった。本当なら彼女だけの物語を刻めるはずだった。一つの体に2つの人格は必要ない。紗奈の人生はすでに終わったものだから。じゃ私が記憶を持ったまま転生した理由って何なんろう。
(私の知識がステラの役に立つのなら…)
もう少しだけこのままでいさせて欲しい。いつかステラが本当に愛する人に出会ってその人と幸せになる道を歩むというのなら私はここから消えなければならない。恋愛のできない私はきっとステラの邪魔になる。ステラには幸せになって欲しい。でも…怖い。このまま消えてしまうのは…。
「もう少しだけ…一緒にいさせてくれる?ステラ…」
祈るように目を閉じる。
私の周りを仄かに白い光が包んだことを私は知らない。
次話投稿は本日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




