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20 私と義弟と仲直り

「ルーカス!!」


ルーカスの走り去った方向には森がある。しかも見た感じかなり深そうだ。


(奥に行かれたら見つけられないかもしれない…、早く追いつかないと…)


「ルーカス!!どこ?!」


肺が痛い。こんなに本気で走ったのはいつぶりだろう。


「ルーカス!!!返事をして!!」


奥に進むと木々が覆いかぶさり薄暗くなってくる。これ以上進むと戻れなくなるかも。それに何やら獣の気配もする。私は立ちどまり目を閉じ耳を澄ます。もしかしたら泣いている声が聞こえるかもしれない。意識を集中する。


(お願い…)


すると瞼の裏にうっすらと白く淡い光が広がる。そこから一筋の光が、ある方向に伸びていく…。

その先にもしかしたら…。


「ルーカス!!」


目を開き、私は走り出した。声が聞こえた気がした。藪を抜け茂みをかき分け()()方向に夢中で走る。スカートが木に引っ掛かり破れた音がする。ああもう!うっとおしい!!


「ルーカス…」


藪をかき分けた岩のそばにルーカスはいた。岩に寄り掛かるようにして一人泣いていた。その姿があまりに小さく今にも消えてしまいそうで、私はそっと彼を抱きしめた。ルーカスは私の腕の中で声を大きく上げて泣いた。


「ごめんね…ルーカス。私ひどい言葉を…あなたにぶつけてしまった…」

「…お義姉さま…」

「私の方がかわいそうなんて…不幸自慢なんて…悲しみは比べるものではないのに。あなたの悲しみなんてちっとも考えてあげられなかった。本当にごめんなさい」


謝るなんて、ただの自己満足でしかないかもしれないけど、許しを得て自分が楽になりたいだけの行為だととらえられても仕方のない事だけれど、私にはこれしか思いつかなくて…ごめんなさい。


「僕の方こそ…ごめんなさい…。アレンの言ってることは正しいです。初めてお義姉さまの姿を見た時、一瞬お母様が帰ってきてくれたのかと思ったんです。違うとわかっているのに…。でも口調も態度もお母様とは全然違う。当たり前なのになんだかすごく許せなくて…八つ当たりをしてしまいました。それからもお母様と比べて…勝手に怒って…そんな自分が情けなくて、でも…寂しくて…。甘えていいわけないのに…。お義姉さま…本当に…ごめんなさい…」


ルーカスがこんな風に思っていたなんて。私なんかよりルーカスの方がずっと大人だ。


「甘えていいわけないなんて…そんな風に思わないで。私はあなたのお母様には遠く及ばないけど、でも今、私はあなたの事がこんなに愛おしい。あなたはこんなに優しくて賢くてかわいらしいんですもの。ねえ、ルーカス。私たち普通だったら絶対に出会わない二人だったはず。でもおかしな運命のおかげでこうして家族になる事が出来たわ。だからね?少しずつでいいの。甘えたり喧嘩したりしながら本当の家族になりましょう。あなたが寂しい時はいつでも抱きしめてあげる。あなたの心の傷が癒えるまで私たちはずっと一緒よ。いや?」


ルーカスは私から体を離すと手の甲で涙をぬぐった。


「イヤじゃないです…」


ルーカスは私の顔を真正面から見上げそれはもう天使のような笑顔で笑った。つられて私も。

私はルーカスの額に優しくキスを落とした。目を閉じてそれを受け入れたルーカスは静かに目を開け首を少しかしげると私の右手をそっと取り静かに唇を押し当てた。それは私が恥ずかしくなるほど長い時間。


「ル、ルーカス…?」


手を引こうとしても放してくれない。困っている私の気配にルーカスは唇を押し当てたまま視線だけ上げると今度はいたずらそうに微笑んだ。この子…結構小悪魔なんじゃないの…?



その時、周りにおかしな気配を感じた。慌てて辺りに視線を向けると周りを取り囲んでいたのは…、


「野犬…っ」


1匹や2匹じゃない。少なくとも5、ううん7匹はいる。


「お姉さま…」


ルーカスが震えてるのがわかった。逆に私はなぜか落ち着ている。やるべき事は一つだから。


「大丈夫よ、ルーカス。あなたは私が守るから」


私はゆっくり立ち上がると近くにあったそこそこの木の枝を拾い上げた。ルーカスを後ろに庇い両手で構える。実は私、こう見えても剣道3段を取得している。こんな実践は経験ないけどきっとなんとかなる。ううん、何とかする!!


うなり声をあげて徐々に近づいてくる野犬の群れ。変な汗は出てくるけど頭の中は冷静だった。動物の急所は鼻だと聞いたことがある。そこを狙えばもしかしたら…。

1匹が大きく口を開けて飛びかかってくる。私は大きく振りかぶりその鼻を力いっぱい叩き落とした。キャン!とひと泣きし犬がのたうち回る。次が来る。その横腹を思い切り殴りつけた。犬たちが距離を取る。その隙にスカートを切り裂くと自分の左腕にぐるぐると巻き付けた。


「ステラ姉さま!!」


左から襲い掛かる野犬に左腕を差し出す。思い切り食いついた反動を使い叩き落す。口を離した瞬間その腹に枝を突き立てる。


(キリがない…)


息が上がる。腕に力が入らない。あと何匹…


「姉さま!!上…っ」


いつの間にか岩の上に回り込んでいた犬に背後を取られた。とびかかられ咄嗟に枝を横に構える。

ダメ…かも…、目は閉じたら負けだ、と逆に大きく見開く。そこに…


ズシャッ!!


何かが野犬の腹に突き刺さる。血が飛び散る様がスローモーションのように見える。


「大丈夫か!ステラ!!」


右手に剣を構えたアレンがそこにいた。ほかにも農具を構えた農場の男たちも。アレンは野犬から剣を引き抜くと続けざまに剣を振るう。群れていた野犬たちが散り散りに逃げて行った。


「……」


呆然と立ち尽くす。助かったの…?私たち…。ふいに膝の力が抜ける。ガクッと崩れそうになる私をアレンが支えてくれた。


「大丈夫か…ステラ」


心配そうに見下ろされ、私はようやく安堵の息を吐いた。


「大丈夫…。助けに来てくれてありがとう」

「全く無茶をして…。いったい何何匹仕留めたんだ」


視線をめぐらす。2匹…3匹か、な?


「私、剣道3段だから」

「……何言ってるの?…でも…」


アレンはギュッと私を抱きしめた。


「ほんと無事でよかった…」


その力が意外と強くてちょっと苦しい…。そして


「…痛っ」


左腕がズキッと痛む。見ると布地に血がにじんでいる。意外と深かったみたい。


「怪我してるのか?!見せて!」

「大丈夫。ちょっと厚みが足りなかったみたい」


巻き付けた切れ端をはぎ取ると牙の跡が数本分、そこから血が伝っている。


「平気…。大したことないわ」

「…とにかく手当を。今日はもう屋敷に戻ろう」


アレンは私を横抱きに抱きかかえると歩き出した。傍らにルーカス。心配そうに私の腕に手を添える。


「大丈夫?ルーカス…」

「僕は…大丈夫です。お姉さまに守っていただきましたから…」

「そう…よかった」


あ、なんだかちょっと眠たくなってきた、気がする。

瞼が重い。ちょっと疲れちゃったのかな。ごめん…少し…寝かせ…て…?


「お姉さま。僕強くなります。お姉さまを守れるくらい強く…。だから……」


ルーカスが何か言ってる。でも最後の方は聞き取れなかった。

私は生まれて初めて「気を失う」を経験した。


次話投稿は明日19時を予定しています。

よろしくお願いします。

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