19 私と義弟とピクニック
「ステラ、ピクニックに行こう」
「ふぇ?」
自己嫌悪から数日がたったある日、アレンが私の布団を引っぺがしながらそんなことを言ってきた。
今何時?まだ暗い気がするんだけど…。あれ?違う?私の目が開いてないのかな…?ううんそんなことないだってアレンの顔が見えてる。
「うぁぇ…、目が、乾く…」
親指と人差し指で私の瞼を押し広げてるらしいアレンがにこやかに笑ってる、気がする。
私はポヤポヤした頭でかろうじて返事だけした。
「だからさ、なんか作ってよ。あ、ポテトグラタンがいいな」
ポテトグラタン…おいしいよね……ポテトグラタン…私もたべたい…
再び夢の世界に落ちていく私の腕を引っ張ってむりやり起き上がらせる。首がだらんと後ろにおれる。
「ああ、ほら寝ないで、起きて。早く準備しないと収穫に行けなくなっちゃう」
……収穫?なんの?
「ジャガイモ。そろそろいい時期なんだ。今年は去年より出来がよさそうだよ。一緒に行こう?」
ジャガイモ!!
私の意識が急に覚醒した。
「ジャガイモ!!行く!!行こう!!もう行こう!!」
「待って。落ち着いて。とりあえず着替えて。それからグラタン作って」
「…グラタンって……。なんで?作って持ってったら冷めちゃうじゃない」
「あ、それは心配しないで。現地で焼けばいいから」
「現地で?焼く?」
そうなの?まあいいけど。アレンってそんなにポテトグラタン好きだったかしら。
「あ、あとこれレシピ」
「レシピ?!」
「そう。この通りに作ってね」
それじゃ、とアレンは出て行った。レシピ付きとは準備の良いことで…。私は呆然とアレンの出て行った扉を見つめた。
訳も分からずグラタンを作りついでにサンドイッチも作って外に出る。外ではアレンが馬車の準備を済ませて待っていた。そこにはルーカスの姿もある。
き、気まずい…。
それは向こうも同じようで下を向きながらチラチラとこちらを伺っている。
これから向かうのはジャガイモの農場。それもアレンの個人農場だ。これは私も男爵家に来るまで知らなかったのだけどアレンは2年ほど前から男爵様と交渉をして畑を借り受けていたらしい。目的は「よりフレンチフライに合うジャガイモの品種改良」と「仕入れ値を抑え安定した供給ルートの確保」だとか。僕にもなにかできる事はないか考えた結果だとアレンは言っていたが、そんな風に考えてくれていたことが衝撃だった。それとこれがほんとに本当にびっくりしたのだけどアレンの品種改良の方法が神がかっている事。本人はなんとなくと言っていたけど、普通なんとなくでできるようなそんな簡単なものじゃない。ジャガイモは他の作物に比べて品種改良が難しいといわれている。通常「育種家」と呼ばれるその道のプロが何年もかけてようやく完成するようなものなのに、たった2年で形にしてしまった。しかも私好みのホクホク感を残しつつしっとりした食感のおイモ。おそるべし才能…。だけどね。まあいいんだけどね。そのジャガイモの名前がね……。
「アレンーーっ!待ってたよ。今年の《ステラ》丸くて大きくてすごくいいよ」
「さすが、アレンが丹精込めて育てた甲斐があるよね《ステラ》は」
「今年の《ステラ》すごく子だくさんだぜ」
農夫さんたちが口々にそういう。
やめて!!!ほんと恥ずかしいから!!!!
「そうだろう。僕の《ステラ》は最高なんだ。愛情込めて育てたからね」
アレンもそんな風にハニカミながら言わないで!!変な誤解を生むでしょっっ!!!
プルプル震えていると、寒いの?とアレンが聞いてきた。違うわよ!!
ルーカスはというと…後ろを向いてプルプルしている。笑ってるのね…いいわよ別に…もう。
それからみんなで畑に入ってジャガイモを掘り出す。土が柔らかいので少し鍬を入れただけで簡単に顔のぞかせる。確かに大きくて子だくさんだわ…《ステラ》。あーでも、収穫ってホント楽しいわ~~。ほいほい掘っては籠に放り込む。
「ルーカス、そっちの籠貸しなさい。持ってってあげるわ」
「あっ、ありがとうございます。重いですよ」
「平気平気。私結構力持ちなのよ」
そう言うと俯きながら少し笑ったような気がした。この間の事を謝ろうか。とも思ったけど今の雰囲気を壊したくなくて逃げてしまった。ああ、もう私のヘタレ…。
全身土まみれになりながら夢中になっていると太陽が真上に来ていた。そろそろお昼かなと思っていたら、畑の向こうのテントから声がかかる。ん、あそこに見えるのはもしかして石窯?ああだから現地で焼く、ね。一人納得しているとなんだかいい匂いがしてきてお腹がくぅとなった。
テーブルの上には農家の奥様方手作りのポテトサラダや果物、ピザにパン、私の作ってきたサンドイッチが所狭しと並べられていた。
「はーい、焼きあがりましたよ」
そう言って出てきたのは私の作ってきたポテトグラタンだ。焼きたてでチーズかグツグツ言っててとってもおいしそう。早速取り分けてみんなで頂く。うん!おいしい!!初めてのレシピだったけどなんだかすごく懐かしい味がする。みんな口々においしいおいしいとスプーンが止まらない。すごい、大人気ね。
でもその中で一人だけ固まってる人間がいた。
「ルーカス?どうしたの?口に合わなかった?」
「……っして……」
「え?」
「……どうして?この味…」
ひどく驚いている。なんだか顔色が悪い。
「ルーカス?どうしたの?」
「なんでこの味…。どうしてこれがここにっ?!この味はお母さんの…っ」
私はびっくりしてアレンを振り返る。アレンは真剣な顔でルーカスを見つめていた。
「そうですよ、ルーカス様。それはルーカス様、あなたのお母様のレシピです」
「なんでっ!!どうして!」
「勝手とは思いましたが、先日伯爵領に行って参りました。別邸で働いていたメイドを探し出しましてこのレシピの存在を知りました。これはお母様のお得意の料理…思い出のレシピだそうですね」
「……っ」
アレンはルーカスの前に跪くとルーカスの目を見つめた。
「ルーカス様。失礼を承知で申し上げます」
「……」
「ステラ様はあなたのお母様ではありません。それはお分かりですよね?」
「……っっ!!」
はじかれたようにルーカスがアレンを睨みつける。
え…?何言ってるの?
「伯爵領であなたとお母様の肖像画を拝見いたしました。お母様はとても美しいプラチナブロンドの髪とヘーゼルの瞳をお持ちだったのですね」
「……」
「あなたはお母様の面影をステラに重ねていたのではありませんか?」
「……っ」
「でも外見はともかく中身は全く似ても似つかなかった」
「……お母様はいつも優しくて、穏やかで…美しかった…」
軽くディスられてますね。私。
「あなたは聡明な方でいらっしゃいますが、それでもまだお小さい。お母様の死を頭では理解していても心では受け入れきれない。それで、ステラ様に八つ当たりをしてしまった?」
「お母様はあんな風に僕に怒鳴ったりしなかった。あんなのお母様じゃない…」
「そうです、ステラ様はあなたのお母様ではありません」
「……っ!」
「あなたがいくらステラ様にお母様の面影を見つけようとしても、それは無理なのです」
「わかってる!だけど…だけど…っ」
「ルーカス…」
思わず出した腕にルーカスがしがみつく。
「僕は…っもう…もう二度と……お、お母様には…会えないの…?」
「……っ」
初めて見るルーカスの涙…。この子こんなに我慢してたんだ。
「……ルーカス」
私の腕をぎゅっと握りしめていたルーカスは私の顔をとても悲しそうに見上げ、そして私の手を払いのけ走り出した。
「ルーカス!!」
「ステラ!追いかけろ!!」
「へっ?」
「早くっ!!」
私ははじかれるように立ち上がるとルーカスの消えた方向に向かって走り出した。
次話投稿は明日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




