18 私と義弟と罪悪感
「ってことがあってね…」
私は相も変わらずアレンに今日の出来事を報告している。ただ今日は厩でも使用人棟でもない。本館のサロンでお茶を嗜んでいる。
「……ねえアレン、いったいどうなってるの?」
今日のアレンはなぜか黒の燕尾服に黒のスラックス、白いベストに黒のリボンタイを結んでいる。そしてなぜか私のお茶のお世話をしてくれている。
「従僕になった」
「………」
とんでもないスピード出世だ。もともとフレデリックさんに気に入られてたのは知ってたけど…。馬丁→従僕。さすがはアレン、なんてハイスペックなの…。
それにしても…この格好、反則でしょ。もともとかっこいいのはわかってるけど、これは本気でヤバイと思う。似合いすぎてメイドさんたちが気を失うレベルだわ。
「気を付けてね、アレン…」
「何を?」
「メイドさんたちが出血多量で死んでしまうわ…」
「…何を言ってるんだ?」
あれからルーカスは部屋に閉じこもったまま出てこない。晩餐にも顔を出さなかった。
作ったパイは彼付きのメイドに渡してもらうように頼んでおいた。せっかく自分で作ったんからどうしても食べてほしい。
「あんなに楽しそうだったのになぁ~。何がいけなかったんだろう」
「楽しそうだったの?」
「うん、すごく積極的に手伝ってくれて。焼けるのだってオーブンの前に待機して待ってたのよ。そしたら急に…急によ。私の顔見たとたんに手を振り払って出て行っちゃった…。やっぱあーんしてあげようとしたのがダメだったかなぁ。それに私が笑ったら気持ち悪いって言ってたし…」
「気持ち悪い顔って言われたの?」
「そこまでは言われてないわよ!おんなじ単語だけど勝手に並び替えないで」
「ふむ…」
アレンは私の事は軽く無視して自分の世界に行ってしまった。なんだろう、最近のアレンって私に対して少し雑じゃない…?
「少し調べてみるよ。ステラはなるべく普通にね。やりすぎると空回りするみたいだから」
「…う、うん」
自信ないけど、と渋々頷いた。
自室に戻ってきて着替えを済ませ、ベッドに横になる。
アレンに言われて私はルーカスの事をちょっと整理して考えてみることにした。
最初の頃の印象だとルーカスは私の事、自分の立場を脅かす「男爵家と付き合いの長いスラムの小娘」ぐらいに思っていたはず。ルーカスは大切な家族と居場所を失くしてここにやってきた。そして私がこの家に来た事によって、自分の居場所を再び失うんじゃないかって怖がっている。だから私に敵意むき出しだった、と解釈している。ここまではたぶん間違ってないよね。
更に私のチートのせいで自分が私より劣っていると感じ、より心を閉ざしてしまった。そこまでは私でもなんとなくわかる。
問題はおばあちゃんが言っていた「さみしい」とアレンの言っていた「甘えてる」だ。これらが私への八つ当たりと結びつかない。あと「男だからわかる」がもっとわかんない。
部屋のベッドでゴロゴロとのたうちまわった。のたうち回りすぎてベッドの端が見えず、勢いよく転がり落ちた。うう…痛い。
そういえば、おばあちゃんは「ルーカスの気持ちに寄り添って」とも言っていた。
ルーカスはたった一人愛してくれていたお母様とお別れして、しかも父親には疎まれていたようだった。でもそれを言ったら私も同じ。私なんて生まれてすぐに親に捨てられてしまった。しかもスラムの墓場に。季節は冬。運が悪かったら間違いなく死んでいただろう。死んでもいいと思ったんなら産まないでもよかったんじゃないか?とも思う。でもその事について私は両親を恨んだことはない。むしろ会った事もない人を恨みようがない。
「でも普通だったら恨むよね、自分はなんで捨てられたのか。両親がそろってる子を見たらうらやましくなる。幸せそうに笑ってる人を見たら自分ばっかりなんでこんな目に…合うのかって…」
辛い事は人のせいにする。それが一番簡単だから。じゃあ私は?なんでそんな風に思わないのか…。
それは…、
「決まってる。それは私が幸せだからだ…」
そこまで考えて気が付いてしまった。そこに気づいたとたんパズルのピースが埋まっていく。おばあちゃんの言葉の意味に理解が追いついた。
「私…なんてひどいことを言ってしまったんだろう…」
同じだなんて、そんなことあるはずがない。そもそも比べること自体が間違っている。
確かにスラムは貧しかったけど私はこれまで「寂しい」とか「不幸」だとか思ったことはただの一度もなかった。それはいつでも近くにおばあちゃんがいてアレンがいて、ちゃんと居場所があったから。両親には捨てられてしまったけどそんなこと思い出さないくらい愛情を注いでもらった。そして私は今でも会って話すこと、触れること、そして抱きしめることもできる。
じゃルーカスは?たった一人の大切な人にはもう二度と会うことはできず、生きている唯一の肉親はその大切な人を死に追いやった張本人。そこにあるべき居場所を奪われて大好きなお母さんが傷つき苦しんでいる姿をずっと小さい頃から見続けてきた。彼の心はきっとお母さんよりひどく傷ついていたはずだ。そんな自分を押し殺してお母さんのために笑っていたのかもしれない…。
それなのに私は自分の方がかわいそうだと…、不幸自慢をするなと言い放ってしまった…。
「……私…最低だ……」
ずっとつらい思いをしてきた子にあんなひどい言葉を投げつけてしまった。しかもマウントを取って勝ったつもりになって。何様だろう…。
「はぁぁぁぁあああああ…………」
もう穴があったら入りたい…そんな気持ちで布団をかぶって丸くなる。
もし私がステラだったら…。紗奈とという人格のない純粋なステラだったら、あんな言葉は出なかったのかもしれない…。
そんな考えがふと頭をよぎった。
ごめんね。ルーカス…。本当にごめんなさい…。
次話投稿は明日19時を予定しています。
少し仕事が忙しくなってきてしまい、しばらくの間、平日は1日1話更新になるかと思います。
週末は2話更新できるよう頑張ります。
少しずつ読んでくださる方が増えてきてうれしい限りです。
まだまだ話は続きますのでどうぞよろしくお願いします。




