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184 私と彼と子息たちの後悔

少し長めです。

その言葉に、



ムカッ。プチッ。



胸の内に湧き上がる不快感と共に、頭の辺りで何かが切れる音がした。




(ここまで言われて我慢する必要なんてないよね!!)




私は3人ににっこりと微笑みかけると、笑顔のまま近くにいた青年Cの足の甲をパンプスのヒールで思い切り踏み抜いた。


「あぁっ!!いってぇえええっっ!!」


青年Cが大きな声を上げる。足を抱えて(うずく)るその口に、持っていたハンカチをグイッと詰め込み耳元でささやいた。


「ちょっと足を踏まれたぐらいで大きな声を上げるなんて…無作法にも程がありますわ。もう少し礼儀を学んだ方がよさそうね」


「お前…っ!何てことするんだっ!!」


青年Bが顔色を変えて私の腕首を掴む。反射的にその手に反対の手を添え、脇に挟さみ思い切り捻り上げた。


「ああっ!いたたたっ!は、離してくれ…っ!!」


「あら、てっきりダンスのお誘いかと思いましたのに残念ですわ。でも、強引な男は嫌われますよ」


懇願され、ほどほどで手を離してやる。

前世で習ってた時には全く使う機会のなかった護身術がこんなところで役に立つなんて夢にも思わなかった。


(なんでもやっとくもんね。人生に無駄な物なんて一つもないわ…)


「こいつ…っ!!」


「いっ……っ!」


いきなり後ろから髪を掴まれ、体が若干宙に浮く。キレイに結われた髪が乱れ、パールの髪飾りが床に散らばった。怒りに顔を紅潮させた青年Aが、私を上から睨みつける。


「お前…っ!調子に乗るなよ…っ!俺たちを誰だと思ってるんだ!こんなことをしてタダで済むと思うなよ!!」


怒りに声を震わせる男の顔を、私は下から真っすぐに見つめる。


「あなたこそ、これくらいの事で女性に手をかけるなんて。高位貴族が聞いてあきれるわ!」


これくらいの事…ではないかもしれないけれど。でも今更後には引けない。


「この売女が……っ!!」


男が拳を振り上げる。


まあ、言いたいことは言ったし。ちょっとやりすぎた感は否めないので、一発くらいは仕方がないかと覚悟を決め、ギュッと目を瞑る。



それなのに…、



とっくに頬を張られているいるはずの腕が、なかなか降ってこない。



不思議に思って目を開けると、青年Aが顔をしかめて呻いている。よく見ると、誰かが彼の腕を色が変わるほど強く掴んでいる。



「あ……」


「ステラ令嬢。こんなフロアの端っこで何をなさっているのですか?」



ブロンドの髪に緑柱石の瞳。

つい今しがた会場の上座で談笑していたはずの麗しの第一王子が爽やかな笑顔で目の前に立っている。


「ア、アレクシス殿下……」


青年Bが声を震わせてその名を呼ぶ。アレンは3人の顔を順に一瞥すると、穏やかな口調で話しかけた。


「これは…オルコット公爵家のご次男クライヴ卿に、ウィットブレッド商会のカーティスご子息ですね。それに…ああ、これは失礼。レドモンド侯爵家のドゥウェイン卿でいらっしゃいましたか。今日は僕のためにようこそいらしてくださいました。パーティーは楽しまれていらっしゃいますか?」


アレンがパッとドゥウェイン卿の腕を離す。ようやく解放された彼は、弾かれるように距離を取ると腕をさすり、その場を取り繕うように愛想笑いを浮かべた。


「え、ええ。楽しませて頂いています」


(すごい…アレン。もしかして全員の名前覚えてるの…?)


「こちらのステラ令嬢となにか揉めているように見えましたが…」


アレンが穏やかに3人に話しかける、が目が笑っていない。


(あ、この顔一番怖い時のアレンの顔だ…)


そんな事を知らないドゥウェイン卿は、アレンを自分の味方につけようと必死に訴えかける。


「ええ…そうなんです!この女…っ私たちに暴力と暴言を吐いたのです!たかが男爵家の令嬢の分際で…っ。しかも元はスラム出の女だというではありませんか!!どうやってこの場に紛れ込んだのかは知りませんが即刻追い出すべきです!!このあばずれを!!」


勝ち誇った顔でドゥウェインが言い切る。カーティスとクライヴもそうだそうだと尻馬に乗る。

先ほどまで騒がしかった会場がシーンと静まり返り、ざわざわと囁く声がさざ波のように広がる。


アレンは静かに3人を見つめる。そしておもむろに私の肩を引き寄せるとその胸に抱きしめた。


「そうでしたか。それは…私の()()()が大変失礼な事をしたようで…」



一瞬…


会場中の時が止まる。



さざ波がどよめきに変わり、令嬢たちが再びパタパタと倒れ、嬌声がフロアに響き渡る。



「い…今なんと…?こ…婚約者……?」


ドゥウェインが信じられないという顔で私を見る。


「ええ、ステラ嬢は私がこの世で唯一愛する女性です。先日国王からも祝福を受け正式に婚約を交わしました。それで…なんでしたっけ?彼女があなた方に暴力を働いたと?しかし僕の目には、彼女も十分ひどい目にあっていたようですが…。しかも売女と…あばずれとも聞こえた気がしましたが、もしかしてそれは、彼女の事を言っていたのでしょうか?」


私の髪に触れ、優しく唇を落とす。周りに散らばったパールに目をやると、再びドゥウェインに視線を戻す。


「どういうことか、ゆっくりとご説明頂く必要がありそうですね」


アレンが手を上げると、近くにいた衛兵が彼らを拘束する。連れ出される3人が脇を通り抜ける瞬間、アレンの低い声が彼らに耳に届く。


「オレのステラに手を出して、ただで済むと思うなよ。一生かけて償わせてやるから覚悟しろ」


3人がガクガクと震えながらフロアを後にする。その後を年配の男女が3組、ワタワタとしながら追いかけていく。おそらく彼らの両親なのだろう。


(子どもの躾は親の責任とは言うけど…、ちょっと手遅れよね)


彼らがこの後どんな罰を受けるのかわからないけど、少し痛い目にあった方がいいのかもしれない。


(随分手慣れた感じだったし、きっとこれまでにも同じような事してきたはず。これに懲りて少しは反省してくれるといいんだけどね)


そんな事を考えている私の頬に、優しくアレンの手が触れた。


「ステラ…大丈夫?」


心配そうに揺れるアレンの瞳。


「うん、大丈夫。髪が少し乱れただけだから。それに痛い思いしてるのは向こうだろうし…。ちゃんとやり返したから気は済んでる」


乱れた髪を解き、手櫛でハーフアップに結び直すと笑ってみせる。


「それより、ごめんね。折角の祝宴で騒ぎを起こしちゃって…。もう平気だから戻っても大丈夫だよ」


「……震えてる」


アレンがそっと私の手を握る。そんなはずは…と思いつつ自分の手を見る。確かに指先が僅かに震えていた。


「これは…っ!初めて使った護身術が予想以上にうまくいって、ドキドキしたって言うか…単なる高揚感よ…っ」


アレンがはぁぁ、とため息を漏らす。


「やっぱり、一人にするんじゃなかった…」


そのまま強く抱きしめられた。


「君が絡まれてるの見て心臓が止まるかと思った。あいつらに何言われたの?何かひどい事されなかった?」


「別に…。大したことじゃないわ」


「話して」


「……えっと」


こういう時のアレンは何を言っても聞かない。


「スラムの出だから、それなりに経験があるだろうって…。身分の高い令息から金をせびる気だろうって」


「……っ!あいつら…っ!殺してやる……っ」


アレンの拳に力がこもる。


「もう…っ!いいんだってば!そんなの今までだってよく言われてきた事じゃない。心無い事を言う人なんて彼らだけじゃない。そんなのいちいち気にしてたら疲れちゃうわ。言いたい人には言わせとけばいい。私は気にしないわ」


「…ステラ」


「さあ、この話はもう終わりにしましょ。折角の主役がこんな下座でくすぶってたらパーティーが台無しになっちゃう。それに……そろそろみんなの視線も気になるし…」


先ほどから会場中の視線が集中しどうにも居心地が悪い。アレンははぁ、と息を吐くとようやく私から体を離した。


「わかった。でももしまたこんなことがあったら必ず僕を呼ぶこと。どんなことがあってもすぐに駆け付けるから。くれぐれも自分で何とかしようと思わないで」


「わかった!」


「……」


元気よく頷く私にアレンの目が半目になる。けれどすぐにクスッと笑うと、私の前に手を差し出した。


「では婚約者どの。よろしければ僕と一曲踊っては頂けませんか?」


芝居がかったアレンの様子に私も笑みがこぼれる。


「ええ、喜んで」


その手にそっと手を重ねた。



本日も最後までお付き合い頂きありがとうございました。

次回、本編最終話となります。


完結まではもう数話ありますので、宜しければ今しばらくお付き合い下さいませ。


ブックマーク、評価等大歓迎です。

感想も随時お待ちしています。今後の作品のためお勉強させて頂ければ幸いです。


次話もどうぞ宜しくおねがいします(*^^*)

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