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181 私と第一王子『アレクシス』

金色に輝く大広間に流れる軽快な円舞曲(ワルツ)

きらびやかな装いに身を包み軽やかに舞う紳士淑女は、この国における高位貴族や隣国の来賓たち。

縦に長い広間の上座ははるかに遠く、その玉座には微笑みながらグラスを傾ける若き国王ローライ=ラングフォードの姿がある。


その両脇を固めるのは麗しき二人の王子。


王太子であるエリオット=ラングフォードともう一人…、

この祝宴の主役である、第一王子アレクシス=ラングフォードだ。


9年前、急な病で薨御(こうぎょ)された第一王子の存命と突然の帰還に人々は驚き、その一報は瞬く間に国の内外に伝えられた。


そして現在。

王宮では王子の帰還を祝う舞踏会が盛大に催されている。





(アレンって、やっぱり王子様なんだなぁ…)



時折、国王と雑談を交わしながら、代わる代わる訪れる招待客の挨拶に耳を傾け言葉をかけるアレンを見てしみじみとそう思う。


美しいブロンドの髪に緑柱石(エメラルド)の瞳。それは(まご)うことなき生粋の王族の証。

今日この会場で初めてその姿を目にする若き華たちが、一様に頬を染めうっとりと見惚れているのが分かる。婚約者の存在を周知しているエリオット殿下と違い、突如彗星のごとく現れ、まだ誰の手垢もついていない未登録の優良物件に狙いを定めるのは至極当然の事だろう。

少しでもお近づきになりたいと願うあまり周りをけん制し合うその姿は、正直見ていて恐怖しかない。


(確かに素敵よね。見た目はもちろんだけど、立ち居振る舞いとか所作とか、ホント綺麗だし…)


バーナードが魔法を解き、髪色をエンジから本来の金髪に戻したアレンは、どこからどう見ても立派なラングフォード家の血筋。私の知っているスラム育ち、男爵家の使用人『アレン』の面影はどこにもない。


(あのアレンにもう会えないかと思うとちょっと寂しいけど、ほんとの姿にも慣れなきゃね…)


ついじっと見つめていると、不意にアレンがこちらに目を向けた。目が合った瞬間、蕩けるような甘い笑みを浮かべて軽くこちらに手を振ってみせる。

その仕草があまりにも優美で、思わず頬が熱くなった。


(やめて…。心臓に悪い…)


でもそう感じたのは私だけではないようで…。


アレンの視線上に偶然居合わせた令嬢たちが、もれなく殺人スマイルの餌食になりパタパタと倒れてゆく。間一髪逃れた令嬢たちも頬を染め嬌声を上げる。皆が皆、自分に向けられた笑顔だと信じて疑わず、方々(ほうぼう)で軽い小競り合いが始まる。会場内は若干のパニックに陥った。



(これが有名なファンサというやつか…すごい魔力だ…)








遡る事、数日前。



呪いを解き、王都に戻った私たちはその足で国王陛下のいる王宮に呼ばれた。


謁見の()の玉座で私達を待ち受けていたのは当代国王ローライ=ラングフォード陛下。金色の髪に緑柱石の瞳。40代前半だという国王は、アレンが後20年歳を重ねたらこんな感じになるのかなと思うくらいよく似ていた。

その傍らには、アドラム家の後見のため再び侯爵位を与えられたハリエット侯が控える。



「この度の働き、ご苦労であった」



優し気な響きの声で労いの言葉をかけられ、私達は一同に敬意を示す。


「報告を」


ハリエット候に促され、エリオットが陛下の面前に歩み出る。事のあらましを詳細に説明する殿下の言葉に真剣に耳を傾ける陛下。


話が「アルテイシアの呪い」に及ぶと陛下が私に視線を移した。深くカーテシーで敬意を払うと次の言葉を待つ。


「そなたが今生の『白き乙女』、ステラ=ヴェルナー令嬢だな」


「はい。左様にございます」


「これまで、解決の手立てを講じられず、傍観する事しかできなかった『アルテイシアの呪い』を払ってくれた事、心から感謝する。そなたは初代にも匹敵する程の魔力の持ち主のようだな」


「もったいないお言葉にございます」


「呪いについて、話してもらえるか」


「承知いたしました」


私は森の中で起きた事、瘴気を体内に取り込んだ際、脳裏に浮かんだ黒髪の少女の事、もしかしたらそれが初代アルテイシア様なのではないかという推測に加え、呪いと呼ばれたそれが彼女の悲しみの産物であったのではないかという私見を王に伝えた。


「……」


何かを考えるように黙り込む陛下に、私はあるものを差し出す。


「これは?」


「『かんざし』と呼ばれる髪飾りです。テンプルムの沼から持ち帰りました。おそらくこれが…呪いの発生元だったと考えられます」


「かんざし…?」


ハリエット候の手を介し、陛下の手にかんざしが渡る。馴染みのない形状に陛下が眉を顰める。


あの時、私が呪いの元として沼から引き揚げたのは、黒塗りの軸に琥珀玉が一つ刺さっただけのシンプルな一本軸のかんざしだった。大きめの紅茶金(ティーゴールド)の飾り玉が光を反射してキラキラと輝く。


「バーナードに確認したところ、これまで不明とされていた守り石の最後の一つで間違いないそうです」


エリオットが補足する。


「なぜそのような場所に守り石が…」


「理由はわかりませんが、これは元々アドラム家の初代当主ルーウェン=アドラムが作ったとされるものです。呪いの発生時期から考えても彼と聖女との間に何かがあったと考えるのが妥当ではないでしょうか」


「……」


エリオットの言葉に陛下が再び考え込む。私たちは静かに次の言葉を待った。


「…今となっては、(ただ)す術もない、か…」


独り言のように呟く陛下。


「ステラの浄化のおかげで今はただの髪飾りだそうです。今後再び、呪いの元になる事はないとバーナードは言っていました」


「……そうか」


陛下はかんざしをハリエット候に渡すと、私たちの顔を順番に見渡す。そして決断を下した。


「長きに渡りこのロクシエーヌを苦しめ続けた『アルテイシアの呪い』の脅威は去った。これからはマールムの復興のために尽力しよう。彼の地の復興には今後ドーソン=ベレスフォードをあたらせることとする」


(ドーソン=ベレスフォードって、確かカリスタの養父でパイロン様の右腕だった人じゃ…)


みんなの空気を察し、陛下が付け加える。


「本人たっての希望だ。過去の罪を償いたいと、そう言っていた。自分と…そしてパイロンのな」


ドーソンは既に爵位を返上し、財産も全て王室に献上したと聞いた。パイロンとの間にどのような因縁があるのかはわからないけど、彼自身、身一つになってまで悔いる事があったのだろうか…。


「それから、ステラ嬢…」


「…はい」


陛下が真っすぐに私を見つめる。


「そなたには十分すぎるほど世話になった。アルテイシアの呪いを解き、第三王子カイルの命をも取り戻してくれたそうだな。そして…」


陛下がゆっくりと言葉を切り、アレンを見る。


「大切な息子アレクシスを保護し、寄り添い、今日この場での再会にまで導いてくれた。そなたがいなかったら私は二度と息子に会えなかっただろう。心から感謝する。ありがとう」


そう言って深く頭を下げた。


「お、おやめください…私は特別な事をしたわけじゃありません。というかむしろ私の方がずっとアレンに助けてもらっていたというか、迷惑をかけ続けたというか、ひどい事もたくさんしましたし…それから…」


しゃべっているうちに段々何を言っているのかわからなくなる。血がのぼった頭でグルグルしていると、後ろからポンっと肩を叩かれた。


「ア、アレン……」


アレンは私に優しく微笑みかけると、そのままゆっくりと陛下の前に進み片膝をつく。そして伏せていた顔を上げると真っすぐに陛下を見つめた。


「ご無沙汰しておりました、父上。お元気そうでなによりです」


その言葉に、陛下が腰を上げる。そしてアレンの目の前まで歩み寄るとその肩に手を置いた。


「よく戻ったな…アレクシス」


そしてその手を頭に乗せ、クシャっと髪をまぜた。


「あんなに幼かったお前がこんなに立派な姿になって戻るとは…。何もしてやれなかった私を許してほしい…」


「すべてはバーナードと義母上…、それにここにいるステラのおかげです」


アレンが私に顔を向け、微笑む。


「僕が今生きているのは全て彼女のおかげです。そして今、僕も彼女のためだけに生きています。彼女は唯一、僕の愛する女性ですから」


そう言い切ったアレンの言葉に、思わず頬が熱くなる。


陛下はそんな私をじっと見つめると、少しだけ唇の端を上げた。



本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


ブックマーク、評価共にありがとうございました。


次話もどうぞよろしくお願いします。

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