180 私と浄化とバッドエンド
私の胸元とアレンの手首から伸びる、細い金色の光。
アレンと私を繋ぐ一本。
森の外で待機するバーナードの元へ伸びる後方への二本。
そして…、
沼の奥底へと伸びる二本の光…。
「どういう事だ…」
アレンが信じられないといった顔で光の先を見つめる。
理由はわからない。いつからそこにあるのかも。
でもそれは、確実にそこにある。
「アレン…ここで間違いないと思う。間違いなくここが瘴気の発生源。そしてその大元が、この中に沈んでる」
「……ステラ」
私はコクリと頷くと静かに目を閉じ、胸の前で両手を組んだ。
大きく息を吸いこみ、これまで体内に封じ込めていた力を一気に開放する。
ゆっくりと吐き出す呼吸と共にまばゆい光が私を包む。
そして、心の中で強く願う。
(呪いよ…消えて!!)
その瞬間。
今までとは比べ物にならないほどの強い光が私の中から溢れ出す。
大きな球体となった光の塊が瞬く間にその体積を広げ、周囲のものを次々に飲み込んでいく。
(すごい力…でも…これ……っ)
光の広がりと共にその場に立ち込めていた瘴気が渦となり一気に私の体に吸い込まれていく。
(ちょっと待って…っ!浄化ってこういう事なの……っ?!)
吸い込まれたそれらは私の体中を駆け巡り、澱みとなって体の奥底に蓄積されていく。反対に私の体を通して浄化された瘴気は白い光となって外に流れ出す。
つまり…、
(私は人間空気清浄機って事なのね…っ)
一人で納得している間にも瘴気はどんどん私の体に流れ込む。
(これ、ヤバイ…っ!さすがバッドエンド案件なだけの事はある…っ。めちゃめちゃ苦しい……っ!)
苦しい…というより胸に広がるこの痛みは……、
(悲しみ………?)
その時だった。
蓄積された澱みの中からふいに何かが聞こえてくる。
(なに…?)
耳を澄まし、意識を集中する。ヒクヒクとしゃくり上げるようなそれはおそらく誰かの泣き声。
(どこから…?)
闇の奥。
突如スポットライトが当たるように、脳裏に人影が浮かび上がる。
泣いているのは一人の少女だった。
両手で顔を覆い、悲し気に嗚咽を漏らす。時折聞こえてくる鈴のような声で紡がれているのは、
「ごめんなさい……ごめんなさい…っ」
謝罪の言葉だった。
カラスの濡れ羽のような艶やかな黒髪に鶯色の矢絣の着物。臙脂の袴を身につけた色白の少女…。
(だれ……?)
私の言葉が聞こえたはずはないのに、少女がふいに顔を上げた。そしてこちらに顔を向けると、ゆっくりとその手を伸ばす。
無意識に、私も彼女に向かって腕を伸ばしていた。あと少しで手が届く……指先が触れる…その瞬間、
「ステラ!!」
名前を呼ばれハッと我に返る。さっきまで目の前にいたはずの少女が消え、代わりにアレンのどアップが目の前に現れる。
「……アレン?」
「瘴気がどんどん君の中に吸い込まれてるっ!大丈夫なの?!これ?!」
アレンが青ざめた顔で私の肩を強く掴む。
そうか…。私、空気清浄の真っ最中だったっけ…。
「ああ…えっと…大丈夫。多分…」
「多分って…」
心配そうなアレンの顔に、やるべきことを再確認する。
「うん、大丈夫。早く…助けてあげないと…」
「……?助ける…誰を?」
困惑したアレンの顔を見ながら、心の中で「ごめんね」とつぶやいた。
(あとでちゃんと説明するから…。とにかく今は、この状況を何とかしないと…!)
私はもう一度、『浄化』に意識を集中する。
(このまま瘴気を吸い込み続けるなんて絶対無理。私がいくら高性能な清浄機でもフィルターがつまったら終わりだもん。だったら…)
私は両袖のボタンを急いで外すと腕の付け根まで袖をまくり上げた。そして目の前に広がる沼の中に両腕を突っ込む。
「うっ…」
その途端、両腕に火がついたような痛みが走る。沼の液体に触れた部分が赤黒く変色し、蒸気を上げながらシュウシュウと音を立てる。
「ステラ…っ?!何して……っ?!」
バランスを崩し、ぐらりと前方に傾いた私の腰を咄嗟にアレンが捕まえる。
「そのまま!!ちゃんと掴んでて!!」
突然大声を出した私の勢いに飲まれ、アレンが無言で従う。
グルグルと沼の中をかき回し目的のものを探す。ドロドロとした液体は重く指先をまともに動かすことすら難しい。
(多分…この辺にあるはず…っ。にしても、なんでこんなに重たいのっ!まるでタールみたい…っ!)
痛みの感覚さえ薄れて来た頃、指の先に何かが触れた。
急いでそれをつかみ取り、沼の中から腕を引き抜く。沼の液体に触れていた服は肩口まで溶け、いつの間にかノースリーブになっていた。
「ステラ…腕が…っ!!」
赤黒く色を変えた両腕を見てアレンが声を上げる。私はそんなアレンを押しとどめ沼から引き揚げたそれを強く胸に抱きしめた。
そして祈る。
(もういい…!もういいのっ…!もう誰もあなたを責めてないから!だから…泣かないで。苦しまないで…っ。これからは私がみんなを守るから…あなたの分まで…っ!だから…!)
胸の辺りから湧き上がる強い光が再び私を包み込む。
(自分を許してあげて…。そしてこの悲しみを消し去って!!)
強烈な光が辺りを包む。
それは同心円状にどこまでも、どこまでも遠く大きく広がっていく…。
そして……、
真っ白な世界に、私はポツンと座っていた。
呆然とする私の肩に後ろから誰かが触れる。
耳元でささやく声は、鈴のように澄んだ穏やかで優しい音色。
(ありがとう…。大切なものを見つけてくれて。あなたなら…きっと大丈夫ね。いつかまた会いましょう。その時まで…それは…預かっ…て…)
小さくなる語尾に慌てて振り返る。でも既にそこには誰もいなかった。ただ遠い昔嗅いだことのある、懐かしい花の香りが仄かに漂っているだけ。
「……ラ……ステラ……っ!ステラ!!」
落ちるような感覚と私を呼ぶ必死な声に目を覚ました。
「アレン……」
クシャリと顔を歪め、苦しそうにアレンが見降ろす。
「よかった…。君が生きてて…っ!終わったよ…何もかも…。君はやり遂げた。呪いは…消えたんだ…っ」
アレンの後ろに見える白い光。
それは、真っ青に澄み渡る青空だった。
あまりの眩しさに思わず目を細める。
どこからか聞こえる水音に気づき、その方向に顔を向けると、澄んだ水を湛えた泉が滾々と湧き、溢れた水がせせらぎとなって細く大地に小川を作っている。
指先に触れた大地は柔らかく、掬い上げた土は空気を含んだ褐色の土壌へと姿を変えていた。
「終わったの……?」
先ほどまで黒く渦巻いていた瘴気の靄はもうどこにもない。深く吸い込んだ空気は清涼で、風に乗って流れてくるのは芽吹いたばかりの新緑の匂い。
不意に、私の目尻に涙が伝った。
「アレン……。私…頑張ったよ……」
「うん」
アレンがそっと私を抱きかかえる。
「これでやっと……家に帰れるよ」
「うん」
「よかったね…アレン。エリオットも国王様も、それにクローディア様も…アレンの帰りを待ってるよ」
「………」
それには何も答えず、アレンが強く私を抱きしめる。私も彼の背中に強く腕を回した。
アプリゲーム『白き乙女ステラ』
イレギュラーの連続ではあったけれど
残すはルートはあと一つ――――――。
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