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179 私とアレンと守り石

うっすらと目を開く。すると、

そこには信じられない光景が広がっていた。


「なに…これ…っ」


足元が見えないくらい白く輝く光。その光がものすごい勢いで地面を這い周囲一面に広がると、周りの瘴気を巻き込み一気にパァンッと弾けた。

光の通り抜けた大地には褐色の土壌が広がり、それまで周囲を閉ざしていた黒い靄も掻き消え視界が晴れる。


「すごい…。これが乙女の浄化の力」


バーナードが足元の土を掬い上げ、小さくつぶやく。


「私なんにもしてないんだけど…」


そう、ただ地面に足を下ろしただけ。


(地面に足を下ろしただけでこれなら、この辺走り回ったら一気に浄化できるんじゃない?)


そんな淡い期待を持った私だったけど、やっぱりそんな簡単な話じゃなかった。

森から流れ出る深い瘴気が、再び私たちの周りを覆い始める。モノの数分もしないうちに大気は黒い靄に閉ざされ、大地は腐敗し朽ちていく。


「やっぱり、大元を断たない限り完全な再生には至らないようですね。ここから先、ステラ嬢はなるべく魔力を温存してください。アウラのコントロールはできますね?」


「うん。殿下に教えてもらったから」


「では現地に着くまで、魔力は体内に抑え込んでください。ステラ嬢の保護はアレクシス…」


バーナードがアレンにアイコンタクトを取る。アレンは軽く頷くと右手をパチンと鳴らした。


すると、私の周囲を取り囲むように優しい風が巻き起こる。その風がアレンと私を包むようにドーム状の空気の膜を作りだす。


「すごい…っ。アレンってこんなことできちゃうの?!」


「見直した?」


「見直したって…見くびったことないし。アレンはいつだってすごいと思ってるよ」


「フフッ、ありがとう。じゃあ、もっと褒めてもらえるように頑張らないと」


アレンの殺人スマイルが輝く。


(うっ…眩しい…。私の白い光と同じくらい…ううん、それ以上かも)




「瘴気の元はこの森の深部、かつて聖なる水をたたえた泉の付近だと言われています。ただその場所がどこなのか…。古図にも詳細は記されていませんでした」


「多分…大丈夫だと思う」


私は無意識にそう答えていた。


この場所に来てから、何かがずっと胸をざわつかせている。最初に感じた悲しみもそうだったけど、何かに呼ばれているような……そんな切迫感がずっとある。


「何か根拠でも?」


バーナードが探るように私を見る。


「ない。しいて言えば、勘?」


「……」


何とも言えない顔をするバーナード。


「……わかりました。でもくれぐれも無茶はしないでください。おそらく森の中はここよりも深い闇です。帰り道を見失わないように…これを」


バーナードが差し出したのは黄金色の石がついたネックレス。


「これは…琥珀?」


「ええ。これは当家の初代が作ったとされる守り石です。持っている者同士を繋ぐ力を持っていますので危険を感じたらこれを頼りに戻ってきてください」


バーナードが髪をかき上げると、そこには同じ石のついたイヤリングが輝いている。よく見るとそこから伸びる細い光がネックレスの石に繋がっている。


「アレクシスにはこれを。万が一ステラ嬢とはぐれた時のため、念のために持って行ってください」


「わかった」


バーナードがブレスレットをアレンに差し出す。


「やっぱりすごいのね、アドラム家って。こんなすごいアイテムをいくつも作れちゃうなんて…」


「現存している石は全部で6つ。残りはアンクレット、リング、ブローチ。それぞれが石の大きさに合わせた宝飾品に加工され当家が所蔵しています」


「現存してる?」


「文献によると石は全部で7つあったようです。最後の一つはずっと行方が分かりません」


「そうなんだ…」


ちょっと気になるけど、ない物はしょうがない。


「それじゃ、とっとと行ってさっさと払ってきちゃいましょ」


「……頼もしい限りですが…くれぐれもお気をつけて」


「わかってる。じゃあ、行ってきます!」



私とアレンは森の中へ一歩足を踏み出した。












森の中は思った以上に暗闇に包まれた世界だった。


(すごい真っ暗…それにこの臭い。鼻もげそう…)


腐敗臭のような硫黄臭のような…何ともいえない不快な臭いが鼻をつく。

アレンの風魔法に包まれているおかげで、五感のほぼすべてが瘴気から守られているはずなのに、この臭い。


(これ…生身で入ったらあっという間に死んじゃうんじゃない?)


「大丈夫?ステラ」


白灯熱石のランプを掲げてアレンが私を覗き込む。


「ふがっ?」


「……」


そのまま絶句するアレン。


「ふぁれんもやふ?」


鼻の穴につめた薄紙の残りをアレンに差し出す。


「……いや、いい」


「ほう?」


どうせ真っ暗だし誰も見てないのに…。かっこつけてる場合じゃないよ、アレン。


「それより、どっちに進んだらいいんだろう。闇雲に進んでもいたずらに体力を奪われるだけだ」


アレンがランプを高くかざす。闇の中に乱立する木立のようなものが重なり合い、行く手を塞ぐ。


「多分…こっち、だと思う」


私は進行方向を二時の方角に定め、指を指す。


「わかるの?」


「わからないけど…多分」


微かに感じる気配。呼ばれている…というほど強いものではないけれど、何かを感じるのはまさにこの方角からだ。


「あ、でももし違ったら…。ごめん、もうちょっと考えてからの方がいいよね」


アレンの魔法力にだって限りがある。なんの確証もない推量にアレンを付き合わせるわけにはいかない。


「いや、大丈夫。このまま進もう」


アレンが私の前に立って歩き出す。


「いいの?」


「うん。これまでステラの勘が外れた事ってないから。信じるよ」


「……ありがとう」





暗闇の中、道なき道を手探りで進む。

あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。



(相当森の奥まで来たと思うんだけど…)



ピチャ…。



その時、足元にそれまでと違った感触を受ける。ずぶずぶと沈み込むような感覚に、慌てて足を引き抜き後ろに下がる。


「アレン…」


「うん。これは…沼だね。もしかしたら元は泉だったのかも。何か感じる?」


そう言われて、目を閉じ意識を集中する。



(なにか…)



閉じた瞼の裏に、滾々(こんこん)と吹き出す瘴気の靄が見える。止めどなくあふれるそれはまるで涙のようで、なぜか胸がツキンと痛む。


(なんでこんなに悲しい気持ちになるの…?)


その元になっているこれは…丸い…玉?


「…ステラっ」


アレンに呼ばれて目を開ける。


「どうしたの?アレン」


「……光ってる」


「え?」






本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


次話もどうぞよろしくお願いします。

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