178 私と瘴気の森『テンプルム』
年度初めで仕事が立て込んでまして…更新遅くなりました。
申し訳ないです(>_<)
バーナードの用意してくれた荷馬車に揺られながら、私たちは瘴気の中心地となる森へと向かう。
『テンプルム』
かつてそう呼ばれていたというその森は、ロクシエーヌの時代、聖なる水を生み出す神聖な場所とされるほど美しい森だったそうだ。
それがなぜ、瘴気を生み出す恐ろしい森へと姿を変えてしまったのか…。多くの古文書を所蔵するアドラム家にさえ、その詳細を伝える文書は残されてはおらず、真相は今となっては誰にも分らない。
(伝承を聞く限り、魔力の関わりを感じざるを得ないけど…。なんかそう言うの使える人がいたのかな?魔王とか…?)
魔王はともかく、白魔力があるんだから黒魔力があってもおかしくない。みんなはそうは思わなかったのだろうか…。
(初代乙女のアルテイシア様が浄化を拒み姿を消したっていうのも、私としてはなんか引っ掛かる。国のために尽くしてきた乙女が土壇場で逃げ出すとか、そんな事あるのかな…)
そんな思いに耽る中、馬車は速度を落とすことなく目的地につき進む。
バーナードの魔法で瘴気を遮断しつつ、アレンの作り出した追い風に乗る。あえて幌を失くし荷台だけにした車体は軽く、文字通り風のような速さで道なき道を進んでいく。
「すみません。こんな簡素な馬車しかご用意できなくて」
「ううん。それよりやっぱりバーナードはすごいのね。ゴーレムで馬まで作っちゃうなんて…」
これから向かう森までは、当然生身の馬を連れて行くわけにはいかない。そこでバーナードが用意したのが馬型のゴーレムだった。
二頭立ての馬車を引く黑鹿毛の馬たち。全身が黒色がかった茶色の毛並みは艶やかに美しく、風に靡く鬣が優美に揺れる。これが泥で出来ているなんて、作られる過程を見せられた今でも到底信じられない。
(すごかった。土がむくむくーって盛り上がったと思ったらハミと頭絡付きの馬がいきなり目の前に現れたんだもん。バーナードってホント天才…)
「昔から造形は得意だったので。物心がついた頃から人型と馬はよく作って遊んでいました。ベアトリーチェ様も褒めてくださったので…」
「そうなんだ…」
バーナードが少し寂しそうに微笑む。
アレンから、ベアトリーチェ様がバーナードの事をとても気にかけていたという話を聞いた。きっとバーナードも彼女の事を母のように慕っていたんだろう。
「バーナードは絵も上手なんだよ」
私たちの会話に、アレンが隣から加わる。手綱を握るバーナードが恥ずかしそうにアレンを振り返る。
「やめてよ。いつの話持ち出してくるの」
「ええっと…?オレが連れ出されるちょっと前だから…お前が5歳くらいの頃かな?よくオレの事描いて見せてくれただろう?」
「…そうだけど…自慢できるようなものじゃないよ。はずかしい…」
「そんなことないよ。あ、貰った絵は全部取っておいてあるんだ。オレの宮に手が入ってなければ寝室の机の引き出しにしまってあるはずなんだけど…。帰ったらステラにも見せてあげる」
「やめてよっ!…っていうか捨ててください!」
「やだ」
「アレクシスっ!」
「……」
二人の会話を聞きながらふむ、と納得する。黙り込んだ私の顔をアレンが覗き込んだ。
「どうしたの?ステラ。急に黙り込んで」
私はこれまでずっと思っていた疑問をアレンに投げかけた。
「アレンってさ、ホントは最初っから記憶喪失なんかじゃなかったでしょ?」
「……っ」
「おかしいとは思ってたのよね。アレンって嘘つく時、変な笑顔作るから。口だけ笑って目が笑ってない…みたいな?それ…昔からちっとも変ってない。康介もちっちゃい時ずっとそうだったもん」
「……」
「記憶の話になると曖昧な顔しながらすぐに逃げちゃうし…。まあいつかは話してくれるかなぁって、気長に待つつもりでいたからいいんだけど」
「……ごめん」
アレンの元気が途端になくなる。
「嘘ついててごめん。…ずっと騙してて…ごめん」
(もう…。こういうとこも全然変わってない)
シュンとするアレンの頬を両手で挟むとムニムニと上下に動かす。
「ほら!そんな顔しない!別に怒ってるわけじゃないから。いい男が台無しだよ」
「…うん」
されるがままのアレンの顔が面白いように形を変える。あ、なんかかわいい。
(やっぱアレンってめっちゃいい男なんだよね。今更だけど、実はすごく好みの顔だったりする)
そのまましばらく、無言のまま顔を弄っているとアレンに腕を掴まれた。
「ステラ…痛い」
「あ…ごめん。なんかかわいくて…」
その言葉にアレンがフッと笑った。
「オレがこんな事許すのはステラだけだから。いいよ、いくらでも触ってくれて…」
「……っ」
相変わらずの甘い言葉に思わず顔が赤くなる。
「も、もういい…。気が済んだから。堪能しました。ごちそうさまでした」
「フフッ、何それ…」
照れ隠しにそっぽを向くと、アレンが楽しそうに笑った。
出発からどのくらいの時間が経ったのだろう。
バーナードが手綱を引くと馬がゆっくりと速度を落とす。やがて静かに馬車が止まるとバーナードがこちらを振り返った。
「この先が目的地…かつて『テンプルム』と呼ばれた聖なる森のなれの果てです。ロクシエーヌの時代より数百年、ただいたずらに呪いを生み出し続けてきた瘴気の森。ここから先は僕も立ち入った事はありません」
目の前に広がる森…というのは名ばかりの、靄に包まれた巨大な塊。どんよりとたれ込める深い闇はその全てを覆い隠し、奥に何が潜んでいるのか、まったく見当もつかない。
でも…、
(何だろう、この感じ…。怖いっていうより…なんだか…悲しい…?)
胸の奥が詰まったように苦しくなる。なんだか涙が出そうになり思わず目を瞬いた
「…行きましょう」
悟られないように目元を押さえ、何食わぬ顔で馬車を降りる。
アレンの手を借りて、腐った大地に足を下ろす。
と、その瞬間、
(……なに?!)
私の足が触れた大地が突如強い光を放つ。目のくらむような強い光に思わず目を瞑った。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
ようやく呪いの森に到着です。呪いの元とは一体何なのでしょうか?
次話もどうぞよろしくお願いします。




