17 私と義弟とベーコンポテトパイ
「…………」
「……」
「…………」
「……っ」
「…………」
「……お義姉さま…。僕に何か御用ですか…?」
今は座学の時間が終わったところ。今日は歴史の先生がいらして王国の歴史と男爵領のルーツについて教えてくださっていた、と思う。が、若干うわの空であまり頭には入ってはこなかった。
「あの…、用もないのにじろじろ見るのはやめて頂けますか?気分が悪いです」
先日、町からの帰りにアレンに言われた「よく見てれば」を目下のところ実践中なのだけれど未だにさっぱりわからない。よく見るってそういう事ではないんだろうなと思いつつ他の方法が全く思いつかない私は純粋に「ずっと見る」を実行しているのだけれど…、とうとう気分が悪いと言われてしまった。そうだよね。それは私もそう思う。
でもね、これが甘えたい人間に対する言葉なのかと思うとそれはそれでどうなのよとも思う。アレンとおばあちゃんが間違ってるってことはないのかなあ…。とりあえず、ごまかすために必殺天使の笑顔で乗り切ってみようと、あはっと笑いかけてみた。するとルーカスは一瞬たじろぎ下を向くと、
「……気持ち悪い」
と一言つぶやいた。とうとう気持ち悪いと言われてしまった。
気まずい空気が流れる。
まあいいや、ちょっと仕切りなおそう。私は椅子から立ち上がり部屋を出る。そのまま部屋に戻ろうかと思ったけど、ふいに思い立ってくるりと方向を変えた。すると同じ方向に向かって歩いて来たルーカスとお見合いになり、ぶつかる寸前ビクッとしたルーカスが立ちどまり、そして身構えた。反応がいちいち傷つくなぁ…。
「…ど、どうされたんですか?」
「ん?、ちょっと厨房に行こうかと思って」
「厨房に、ですか?」
さっきまで睨みつけていた顔がきょとんとする。その顔があどけなくてなんだかかわいい。
「ええ。前から作ってみたいものがあったのよね」
今日の予定はさっきの座学でおしまい。この後は自由時間だ。晩餐の時間までにはまだ大分時間もあるからもしかしたら厨房を使わせてもらえるかもしれない。この屋敷に来てからお屋敷の使用人のみんなとはだいぶ仲良くさせてもらっている。私付きのメイドさんたちは勿論の事、料理長のローアンさんとも最近仲良くなった。きっかけはフレンチフライのワゴン販売だ。お休みの日たまたま町で見かけて食べたのをきっかけにあの味の虜になってしまったらしい。販売当初からのご贔屓様らしく最近はお腹周りが少しふくよかになったんだとメイドたちが話していた。本人は否定してるけど…。まあ、しょうがないわよね。おいしいんだもの。私が開発者(ホントは違うけど…)と知ってからは意見と情報交換を定期的にしている「ジャガイモ仲間」だ。
ルーカスは何かじっと考えているようだったけどふと顔を上げ、
「僕もご一緒してよろしいですか?」
と言ってきた。
「……別にかまわないけど、お料理に興味があるの?」
「……別に」
それっきり黙ってしまった。
(まあ…いいけど)
「それじゃ一緒に行きましょう」
「やあ、ステラ様!いらっしゃい。今日はルーカス様もご一緒ですか?」
ローアンさんは人好きする笑顔で私たちを迎えてくれた。ついついお腹周りを見てしまったのは内緒だ。
「今日はちょっと作らせてもらいたいものがあって来てみたんだけど。ちょっとだけ厨房をお借りしてもいい?」
「作りたいものですか?いいですよ!!どうぞどうぞ!」
ローアンさんの顔がキラキラしている。これはかなり期待してますね。
「で、何を作るんです?」
「今日はね、《ベーコンポテトパイ》を作ってみようかと思って」
「ベーコンポテトパイ、ですか?」
初めて聞きました、とポカンとしている。
「材料を使わせて貰いたいんだけど、大丈夫?」
「かまいませんよ。今日はちょうど仕入れの日だったんで。何でもそろってますよ」
と食品棚を見せてくれた。
「ベーコンはあるかしら?」
「ありますよ。地下の貯蔵庫にありますから今持ってきます」
「あ、あとバターとミルクもお願い」
「わかりました」
ローアンさんが席を外すと、私は食品棚を物色する。ジャガイモに玉ねぎと、後は…、
「あ、パイ生地もある」
晩餐用かな?少し使わせてもらっても大丈夫かな?一から作るのは時間がかかるしめんどくさい。あとできればすぐ食べたい…。なんて一人でぶつぶつ言ってると、
「お義姉さま…べーこんぽてとぱいとは何ですか?初めて聞きます」
「文字通り、ベーコンとジャガイモが入ったパイの事よ。とってもおいしいのよ」
ルーカスの喉がゴクッと上下したのが見えた。
「あ、せっかくだからルーカスも一緒に作ってみない?結構楽しいわよ」
嫌がるかな?と思ったけど、以外にも目を輝かしてこちらを見ながら食い気味に頷いた。
めずらしい…。ていうか初めての反応にびっくりしたけどちょっと嬉しい。
「まず、玉ねぎはみじん切りにしてジャガイモは小さめの角切り、ベーコンは一口大に切ります。ルーカス、ナイフを使ったことは?」
「あ、あります」
「じゃあ、ベーコンを切ってくれる?」
「はい」
メインの材料はこれだけ。
「フライパンにバターとさっき切った材料を入れて炒めます。こげないように混ぜながら、ある程度火が通ったらコンソメスープと牛乳を入れて軽く塩胡椒。あとは柔らかくなったジャガイモを軽く潰しながら水分がなくなるまで煮詰めます。やってみる?」
またもやルーカスが頷く。意外と料理好きなのかしら。ここに来てから反抗的な態度が全くない。敵意ゼロだ。
水分が飛んだら粗熱を取る。10㎝位の正方形に切ったパイ生地の縁に卵黄を塗って片側半分に具材を載せて半分に折り畳み、周りをフォークで押さえて上に刷毛で卵黄をぬってオーブンで焼く。薪のオーブンは火加減の調節が難しいのでローアンさんにお願いして焼いてもらう。中身は火が通ってるからパイ生地にこんがり色がつけば完成だ。
焼けるまでしばらく時間がかかるので私はお茶の準備を始めた。ルーカスを見るとワクワクしたような顔でオーブンを見つめている。
お茶を飲みながら私はローアンさんと商会の新メニュー《コロッケ》の話題で盛り上がった。
「コロッケですか?聞いたことないです」
私は簡単に材料と手順を説明する。
「それを油で揚げてこんがりきつね色になったら完成よ。そのまま食べてもおいしいけどパンに挟んでもとってもおいしいの」
「へえ、それはぜひ食べてみたいですね。販売はいつから?」
「そうね~、どうかしら?まだ話を詰めてないから何とも言えないけどそんなに時間はかからないと思うわ。はっきりしたら教えるわね」
「はい!楽しみにしてます」
ルーカスは何も言わずオーブンの前にかじりついている。でも耳がこっちに傾いてるのは間違いない。
ローアンさんがそろそろかな、オーブンを開ける。鼻をくすぐるバターのいい香り。焼き色もばっちりだ。
「焼きあがりましたよ」
ローアンさんが天板ごと作業台にのせる。
「しかしめずらしい形にするんですね?皿に盛りつけるにはちょっと貧相な気もしますが…」
確かに晩餐に出すなら丸い型で作って切り分けた方が見栄えはいいかもしれない。でもやっぱりこれは、
「こうやって持って食べるのよ。これが一番おいしいの」
熱々なので厚めに紙に包んでローアンに渡す。ローアンはそれをじっと見つめていたがおもむろに口に運んだ。熱いのではふはふしながら確かめるように、それからぱあぁぁと顔が輝く…。
「おいしいです!!お嬢様!!なんだこれ!!周りがカリッとしていて、でも中身すっごくとろとろしてます。胡椒のアクセントがいいですね。しかもこの形!食べやすいですね。これなら何個でも食べられちゃいますよ」
ふふ、そうでしょうそうでしょう!私もこれは大好きでしたから。そして相も変わらず考えたのは私ではありませんがね。
「さあどうぞ、ルーカスも食べてみて」
私はその時、ちょっと調子に乗っていた。ルーカスの前に立ちパイを一つ取り上げるとルーカスの口の近くまで持っていった。いわゆるあーん、だ。一瞬たじろいだルーカスがパイを見て、それから私を見る。
「さあ、熱いから気を付けてね」
つい笑顔で普通に話しかけてしまった。嫌われてるんだという事をうっかり忘れていた。
一瞬眉を顰め私を見た彼はその後、なぜか表情を失った。そしてそれもつかの間、顔をしかめ泣きそうな顔になり唇をかみしめ下を向いてしまった。
(なんだろう…、今の顔…)
何とも言えない気持ちになって彼の名前を呼ぼうとした時、
パシッ、と。
ルーカスが私の手を払いのけた。弾みでパイが宙を舞う。
「あっ…」
ゆっくりと弧を描きパイは厨房の石床の上に落ちる。
急な出来事に固まる私。当のルーカスも「あ…」と小さくつぶやき困ったような顔を見せた。
「…ルーカス」
「……っっ!」
ルーカスは私から目をそらすとそのまま私を突き飛ばし調理場を飛び出していった。
あとに残されたローアンはびっくりしたまま固まっている。
私はというと、何が起きたかよくわからず、只々落ちて中身の飛び出したパイを黙って見つめていた。
次話投稿は本日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




