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177 私とアレンのヤキモチ

マールム領に着いた私たちを出迎えてくれたのは、数人の兵士だった。


(これが土人形(ゴーレム)だなんて…。アレンに聞いてなきゃ全然気がつかない。バーナードってホントにすごい魔法士なんだ)


案内されて向かった先は石造りのお城のような建物だった。人の気配を全く感じない建物内を進み一つの部屋に通される。そこにはベッドに横たわる一人の少年がいた。

黄金に輝く瞳と銀色の髪。パイロンの面影を色濃く残すまだあどけなさの残る少年。彼は私たちを見ると静かに体を起こした。


「申し訳ありません。このような姿で…」


「気にしなくていいよ。魔法力はどう?…まだ戻らない?」


エリオット殿下がバーナードの枕元まで歩み寄る。


「はい…。この辺りの大地の力は根こそぎ貰い受けてしまいましたので…回復の(すべ)がありません。自然回復ですとやはり時間がかかります」


ここに来るまでの道程、草木の生えない砂漠のような大地が続いていた。それが瘴気を押さえるためバーナードが大地のエネルギーを利用した結果だと知りすごく驚いた。


「僕の魔法力が足りないばかりに、国土をあのような姿に変えてしまいました」


俯くバーナードの肩に殿下がそっと手を乗せる。


「君の魔法力をもってしても、あれだけのエネルギーが必要だったという事だろう?不可抗力だよ。君はよくやってくれた。知らなかったとはいえ、君一人に負担を強いていた事、国王に代わり謝罪させてもらう。本当に申し訳なかった」


「…もったいないお言葉です。当家が王国に対して犯した罪を考えればそのようなお言葉、頂戴するわけには参りません」


「それは君の罪じゃない。パイロンは全ての罪を認め断罪を受けた。アドラム家は当面の間ハリエットが後見することになったけど、いずれは君の元に戻るだろう。だから今は、何も気にせずゆっくりと休め。それから…」


エリオット殿下は言葉を切ると、静かに…そして深く頭を下げた。


「兄を…、アレクシスを…生かしてくれてありがとう」


エリオット殿下の言葉にバーナードがそっと唇を噛みしめる。そして泣きそうな顔で微笑み頷いた。

私はそんなバーナードの枕元に跪くと、彼の胸にそっと手を置いた。


「ステラ嬢…?」


きょとんとする顔が子どもらしく、昔のルーカスを思い出す。


「大丈夫。痛い事はしません。ちょっとだけ体が熱くなるかもしれませんが少しの間我慢してくださいね」


そう言うと目を閉じ、意識を集中させる。

時を待たずに白い光が私を包み始めると、先日同様、光の筋が細く伸び始めた。その先がバーナードに届くと同時に、彼の体もまた同じように光に包まれる。カイル王子の甦生に比べ、生きているバーナードにはスムーズに魔力を注ぎ込むことができた。


「すごい…。消耗した魔法力が一気に回復していく…。これが覚醒した乙女の力なんですね…」


バーナードが驚いたように声を上げた。

やがて光が消え、彼の胸から手を離すと、ふぅ…と息を吐いた。


「もう大丈夫だと思うけど、一応安静にしていて下さいね」


「ありがとうございます。ステラ嬢」


頬に赤みがさしたバーナードがにっこりと笑った。



「さあっ、ステラ!チョコだよ!いっぱい食べて回復してね」


「え…っ…むぐっ!!」


突然伸びてきた殿下の手に無理やりチョコを押し込まれる。


「おい、エリオット!やめろ!!ステラに触るな!!」


「触ってません。兄上こそステラから手を離してください」


再び始まった兄弟げんかにうんざりしつつも、少しだけ距離の縮まった二人の会話がなんだか嬉しい。


(でも…私を間に挟んで溝を埋めようとするのだけはホントにやめて欲しい…)







「瘴気の発生地はここから半日ほど北に行ったところにあります。始まりは森の中の小さな泉ほどの大きさだったそうですが、今ではこのマールム全域を覆う勢いで拡大しつつあります。この辺りはまだそれほどではありませんが中心地は瘴気が濃すぎて近づくことすらできません」


バーナードが領の地形図を開きながら説明してくれる。


「拡大のスピードは?」


「日に500m四方…といったところでしょうか。今のところ被害はこの領に留まっています。が、マールムは広いので…。この地がすべて瘴気に呑まれたと想定すると、国土の十分の一を失う事になります」


「そんなに……」


「ステラ嬢に回復して頂いた魔法力のおかげで今は何とか抑え込む事ができています。が、大地がこの有様では補う事ができません。もって2日が限界でしょう」


「……急いだほうがいい事に、変わりはないようだね」


殿下が真剣な顔で言う。


「それじゃあ私、今すぐ行ってきますね!!皆さんはこちらで待っていてください!」


はい!と手を上げ、勢いよく立ち上がった私に、


「「「「 は? 」」」」


4人が一斉にこちらを向く。


「?」


「何言ってるの?一人で行かせるわけないでしょ?」


怒ったような第一声はアレン。


「そうだよ。僕たちも一緒に行くから」


追随する殿下の言葉を、


「…いえ、殿下はこちらに残って頂きます」


ヴィクター様が一蹴する。


「え…?」


心底驚いた顔の殿下に、ヴィクター様がため息を漏らす


「当たり前でしょう。なんで一緒に行けると思ったのですか。仮にも王太子でしょう。そんな危険な場所に行かせるわけにはいきません」


「僕もその意見には同意です。中心地の瘴気は皆さんが思っている以上に濃いんです。僕も数年前に一度行ってみましたが、とてもじゃないけど近づけませんでした」


「それならステラだって危険じゃないか。そんな場所に一人で行かせるなんて、僕には出来ない」


「一人でなんて行かせない。ステラにはオレが同行する」


「だったら、僕も行く」


「殿下はダメです。大人しく従ってください」


そんな三人の会話に


「……堂々巡りですね」


今度はバーナードがため息を漏らした。


「それならこうしましょう。ステラ嬢にはアレクシスに同行してもらいます。ヴィクターの言う通り、仮にも王太子というお立場の殿下を危険な場所にお連れするわけにはいきません。殿下はもう一度、ご自分の立場をよくお考え下さい」


「ぐっ…」


年下のバーナードの最もな意見に、思わず言葉に詰まる殿下。


「お二人には僕も途中まで同行します。最後までお供できればいいのですが瘴気の拡大を抑えつつとなると保険をかけたいのが本音です。二人の周りの瘴気を払う事ぐらいはできますのでサポート役としてお考え下さい」


「ありがとう。助かるよ、バーナード」


「ありがとう」


「いえ…お二人も決して無理はなさらないでください。危険だと思ったらすぐに撤退してください。約束ですよ」


「わかった」


アレンがそう答えてバーナードの肩に手を置いた。




「……。」


ふと見ると、エリオット殿下が悔しそうな顔で俯いている。私は殿下の前まで歩み寄ると声をかけた。


「心配しないで待っててください。きっと呪いを払って戻ってきますから」


そう言う私を殿下が悲しそうな顔で見つめる。


「今ほど…王太子の立場なんていらないと思ったことはないよ。こんな時になんの役にも立てないなんて…」


「殿下はここまで一緒に来てくれたじゃないですか。それだけでとっても心強かったですよ。あとは、私とアレンにお任せください。あっ、そうだ!無事に戻ったらまた一緒になにか作りましょう。だから私が戻るまでに作りたいもの考えといてくださいね」


「約束だよ…?」


「はい、約束です」


殿下は静かに私の腕を掴むとその胸に引き寄せた。


「わかった。待ってる。だから絶対に戻ってきてね」


ぎゅうぅぅ、と強く抱きしめられる。なんか大きい子どもみたいだなぁと思って、背中をポンポンしてあげていると、ふいに後ろから不穏な視線を感じた。


アレンがものすごい目でこちらを睨んでいる。


(最近気がついたんだけど…アレンってもしかして、相当なヤキモチ焼きだったりする…?)


つかつかと歩み寄ると、私から殿下を無理やり引きはがし、代わりに私を抱き込んだ。


「どさくさに紛れて何やってんだ!!ステラに触るなって言っただろ!今度やったら()だからって承知しないからな」


「痛たた…。ひどいな、兄上。そんな独占欲丸出しだとそのうちステラに嫌われるよ」


そんな目に遭ってもなんだか嬉しそうな殿下。


「そんな事あるわけ…っ!え…?ないよね?…ステラ…」


急に不安そうな顔をするアレンに思わず苦笑する。


(全く…)


「嫌いになる訳ないでしょ。だからそんな顔しないで。大好きよ、アレン」


そう言って頬にキスをする。途端に嬉しそうな顔をするアレンがものすごくかわいく見えた。


(ふふっ、アレンってこんな顔もするんだなぁ。全然知らなかった。今までカッコいいとことかいじわるなとこしか見たことなかったけど、拗ねたりやきもち焼いたり…なんか普通の男の子って感じでいいな。かわいい)


「さあお二人とも、時間がありません。続きは戻ってからにしてください。準備ができ次第すぐに出発しますよ」


バーナードに促され、私たちは強く頷いた。



本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


次回は水曜日以降の投稿になります。


どうぞよろしくお願いします('◇')ゞ


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