176 私と呪いと兄弟げんか
本来ならハッピー4周、バッド1周分のルートを全クリアした後、最短で6周目以降からじゃないと『アレクシス』は登場しないそうだ。その設定を捻じ曲げてしまった今、今後のアレクシスの立ち位置がどうなってしまうのかわからない。
「この世界で言う所のバッドエンドって、いったい何なんだろう…?」
私が消えちゃうほどの魔力が必要な事って一体なに?
「……」
アレンが静かに目をそらす。その仕草にピンときた。
「……なにか思い当たる事あるでしょ?」
「……」
「話して」
アレンが俯いて唇を尖らす。
「そんなかわいい顔してもダメ。隠し事はしないって言ったでしょ。もう撤回する気?」
アレンはちらっと私の顔を見ると、しばらくの間逡巡しやがて、はぁ…、と長く息を吐いた。
「『アルテイシアの呪い』…」
小さくボソボソと呟く。
「『アルテイシアの呪い』…?」
「…このロクシエーヌ王国の東の地、ベアトリーチェの出生地でもあるマールム領に、『アルテイシアの呪い』と呼ばれる瘴気に侵された大地があるんだ。これまではパイロンの命令で息子のバーナードが抑え込んでくれていたけどもうそれも限界だ。瘴気の大地は着実にこの王都に向かって広がりつつある」
「そうなの…っ?」
バーナードって確かルーカスと同じ年じゃなかったっけ?そんな子が一人でそんな得体のしれないものを抑え込んできたって言うの?
「瘴気の広がりは誰にも止められない。この王国が呪いに飲み込まれるのもそう遠い未来じゃないと思う」
「そんな…」
アレンが拳を握る。複雑な表情を浮かべる彼の顔を見て、彼の考えが手に取るように分かった。
「じゃあそれを、私が払えばいいって事ね」
「……ステラっ!」
「だって、そうでしょ?どう考えてもこれがバッドエンドの案件じゃない。これさえ攻略すれば、国は救われるし、アレンも問題なく『アレクシス』として王室に戻れる」
「…そんな簡単な話じゃないだろっ!!僕の話、ちゃんと聞いてた?バッドエンドだよ。これのせいで君は消えちゃうかもしれないのに…っ。僕が今までどんな思いでこのルートに入らないように苦労してきたと思ってるんだよ…っ」
「そうだけど…。私しか呪いを消せないんでしょ?だったらやるしかないじゃない」
「……っ」
アレンが唇を噛んで黙り込む。強く握られた拳がブルブルと震えている。
そんな彼の拳に私はそっと触れた。
「大丈夫よ、アレン。私は死なないわ」
「そんな保証は…どこにもないだろ…っ」
「あるわよ。だってアレンは今『アレクシス』としてここにいるじゃない」
「……?」
「バッドエンドをクリアしないと『アレクシス』は登場しないんでしょ?でも第一王子アレクシスは既にここにいる。っていう事はバッドエンドごときじゃ私は死なないの。生きてあなたと出会うのよ。だって私、ヒロインだもん」
ニカッと笑った私を、アレンが呆気にとられた顔で見つめる。
「行きましょう、アレン。マールムに。手遅れになる前に…」
マールムへの移動は、エリオット殿下の手配してくれた王族専用の馬車を使わせてもらう事になった。
(使わせてもらうって言うか……本人も一緒に来ちゃってるんだけどね)
私の隣に陣取り、ニコニコと微笑みながら高級チョコレートを勧めてくるエリオット殿下に私も愛想笑いで答える。
「ほらこのチョコレート、前にステラがおいしいって言ってたやつだよ。僕が食べさせてあげるね。あーん」
「いえ、殿下…。自分で食べられますから…」
折角の大好きなチョコレートなのに、今は全く喉を通る気がしない。
それもそのはず。
「………」
向かいからその様子を思いっきり不機嫌な顔で睨みつけるアレンがいるから。そして隣には青い顔で居心地悪そうに座っているヴィクター様がいる。
(なんなの…この構図)
今馬車の中は、3人のイケメン男性と私という世の女性が見たら嫉妬の嵐に巻き込まれそうな人員で構成されている。
しかもアレンとエリオット殿下の雰囲気がずっと険悪で…なんとも居心地が悪くて仕方がない。
「エリオット殿下…。どうしてあなたがステラの隣に座っているのですか?ステラは僕の恋人です。王太子として人の上に立つ人格者となられるならもう少し気を利かせるべきではないでしょうか?」
アレンの丁寧だけど脅すような物言いに、一瞬で車内の空気が凍り付く。
それを、殿下はふふんと鼻で笑うと、
「なんでって…こっちが上座だからだよ。アレン」
エリオット殿下がにこやかな笑みを浮かべてアレンに言う。
「序列で行けば、上位から王太子である僕、次に国の要人であるステラ、続いて三大公爵家嫡男のヴィクター。ただの従僕でしかないアレンは本来ならこの馬車に乗る権利すらないんだけど。それを特別に乗せてあげてるんだから感謝こそされ、文句を言われる筋合いはないと思うけど…あれ?僕、何かおかしなこと言ってる?ねえ、ヴィクター?」
「……っ」
トゲのある言い方に車内の空気が再び凍り付く。急に振られたヴィクター様は言葉に詰まり、胃の辺りをずっと押さえているのが見えた。
(はぁ…。なんでこんなことに…)
とにかくわかるのは、今殿下がものすごく怒っているらしいという事。
(まあ、わからないでもないけどね…)
カイル王子を甦生したあの日、意識を失っていた私は全く知らなかったのだけど、カイル王子の薨去の知らせに駆け付けたエリオット殿下とアレンは9年ぶりの対面を果たしたのだそう。
あまりの事に言葉を失うエリオット殿下。それはそうだろう。死んだと思っていた大好きだった兄に思いがけず遭遇し嬉しさに胸がいっぱいだったのだから。そのせいでカイル王子が甦った事にもしばらくの間気づかなかったようだ。
それなのに。
アレンはそんな殿下には目もくれず私を抱えて一目散にその場を走り去った。
(要は拗ねちゃってるんだよね)
可愛い兄弟げんか…と言えればいいのだけど、間に挟まれた身としてはいい加減にしてもらいたい。
私はそんな二人のにらみ合いから目をそらし、窓の外に目を向ける。
風のように流れる景色を見ながら、まもなく到着するマールムに想いを馳せた。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
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