174 王子と魔力と罪と罰
私の体を、ぼんやりとした白い光が覆い始める。
うすい靄のようなそれはやがて強い光となって輝き、体全体を厚く覆う。それに伴い、胸の辺りが急激に火がついたように熱くなる。
(……すごく熱い…っ)
燃えるような熱さに思わず顔をしかめる。激しくなる鼓動。
このまま爆発でもしてしまいそうな熱量に途端に不安が押し寄せる。
(怖い…)
でも……
私はカイル王子の胸に強く手のひらを押し当てた。
その手に不意に、何かが重なる。
「アレン…」
「大丈夫。僕がついてる」
アレンが優しく微笑み、背中から抱きかかえるように私を包むと、重ねた手を強く握った。心に広がっていた不安が見る見るうちに消えていく。
アレンの言葉に強く頷き、大きく息を吸い込むと、私は力のコントロールに集中した。
(この強烈な熱を…私から王子に移すイメージ…。ゆっくり…)
胸の辺りでグルグルと滞っていたマグマのようなエネルギーが、じわじわと流れを作る。胸から肩へ、そして腕へ。手のひらを通してそのエネルギーがカイル王子の体に届いた瞬間、カクンッと体の力が抜けた。
(すごい…何かが…一気に吸い出される…っ)
昔よく通っていた献血の、100倍くらいの脱力感とめまいに体がふらつく。
(すごく…気持ち悪い…)
ひどい貧血のような感覚に一瞬目の前が暗くなる。船酔いのような酩酊感と吐き気に体を支える事ができない。
「ステラ…っ」
咄嗟に支えてくれたアレンの胸に背中を預け、呼吸を整える。
「大丈夫…。ちょっとびっくりしただけ……」
体勢を立て直し、そのままカイル王子に力を注ぐ。勢いよく吸い出されていた魔力の流れが徐々に穏やかなものに変わると、少しだけ体が楽になった。
それに伴い流れる光の筋が目で認識できるようになる。
(すごい。力の流れが見える…)
白い光の束が細い水の流れのように殿下の胸に吸い込まれていくのがはっきりと見えた。私を厚く覆っていた光が同じように王子の体をも包み始める。
すると、先ほどまで青白く生気のなかった王子の頬に僅かに赤みが差し始めた。
「カイル…っ!」
ベアトリーチェ様が声を上げる。
血の気の失われていた唇がかわいらしいピンクに色づく。
それに反比例するように私の意識は徐々に遠のき、視界がぼんやりと霞んでゆく。
(もう少し…もうちょっと……っ)
ほどなくして彼の胸がゆっくりと膨らみ、上下する。長いまつげが僅かに揺れ、指先がピクンと動く。
そして…、
「ひぅっ……っ!」
突然、王子が息を強く吸い込んだ。
「…っふ…はぁ……。はっ…はぁ…はぁ」
浅く短い呼吸を繰り返す。
それが徐々に落ち着き、深い呼吸ができるようになると静かにその瞼を上げた。
「カイル……っ!!」
ベアトリーチェ様が王子の名を呼び、小さな体を強く抱きしめる。
「おかあ…さ…ま…?」
小さくかすれた声でそう呼んだカイル王子の手が、ベアトリーチェ様の頭をそっと抱きかかえた。
(よかった……帰ってきてくれた…)
力を注ぎきった私の周りからは、いつの間にか光の靄は消えていた。
ぼんやりと母子の姿を眺めていた私だったが、唐突に強い眠気に襲われた。
(あれ…?なんかすごく眠い…)
瞼が徐々に閉じていく。
そんな私を見て、アレンが何かを叫んでいるように見えた。
(ごめん…アレン。何言ってるか全然聞こえない…)
彼の顔も、もうよく見えない。
「…ちょっとだけ……。ちょっとでいいから…眠らせて…」
その言葉を最後に、私は意識を手放した。
意識を失った私がようやく目を覚ましたのは、カイル王子の甦生に成功してから一週間もたったある日の事だった。
目覚めてすぐ、目の前にあったアレンの顔にびっくりする。驚いたのはアレンも同じようで、一瞬の間の後、クシャっと顔を歪ませると勢いのまま抱きしめられた。
二度と目覚めないかと思ったと、声を震わせるアレンの背中に腕を回す。
心配をかけてしまった事を謝り、もう大丈夫だからと頭を撫でる。
気になっていたカイル王子の経過を尋ねると、これまでの病巣も全て完治し健康な体を手にしたのだと聞かされ心底安心した。これならベアトリーチェ様もお喜びになってるわねと呟くと、アレンが途端に顔を曇らせる。その表情に私の心がざわついた。
「なにかあったの…?」
その言葉にアレンが私の頭を引き寄せる。彼の胸に頭を埋めるとアレンが一言つぶやいた。
「終わったんだよ…全部」
悲し気に微笑みながら、そう私に告げた。
長きに渡り国家を欺き、王の信頼をも裏切った三大公爵家筆頭パイロン=アドラムは、裁判においてこれまでの罪をすべて認め、この国で最も重いとされる斬首の刑に処された。
第一王子アレクシスの誘拐事件に関わったディケンズ=ダンフォードと、白き乙女の拉致と傷害に携わったスチュアート=クラレンスは、この国唯一の監獄である「アバカロフ」に収監されることとなった。おそらく二度と外の光を見る事は出来ないだろう。
パイロンの右腕として国政に携わっていたドーソン=ベレスフォードは、これらの件には一切の関わりが見られなかったため罪には問われなかったが、自ら爵位を返上し東の果てに退くこととなったという。
そして……
すべての元凶とされるベアトリーチェ=ラングフォードは、自ら毒を煽り、この世を去った。
何とも後味の悪い結末が、私の胸に影を落とす。
それでももう、過ぎた時間を取り戻すことはできない。
そう…これまでの王家にまつわる事件の全てが、ここに幕を閉じたのだった。
そして…私は今、
「ステラ。ホントに大丈夫なの?」
不安げにアレンが問う。
「うん、大丈夫。今日の私は絶好調なんだから!」
始まりの地『マールム』にアレンと二人、立っている。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
シリアスな展開が続いていますが、このまま突っ走ります。
宜しければお付き合いませ。
次話もどうぞよろしくお願いします(*^_^*)




