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173 王妃と白き乙女と邂逅(かいこう)

これは…私の罪なのかしら…。


パイロンを止められなかった私の…。


私の軽はずみな言葉のせいで、お優しかったルイーズ様が殺され、アレクシスもバーナードも、そしてカリスタにも…辛い人生を歩ませてしまった。



(そして…カイルも…。もっと丈夫に産んであげられたらよかったのに……)



全ては私のせい……。

私が彼と出会ってしまったから…。

私が彼を愛してしまったから…。




まだ暖かく、まるで眠っているような息子カイルの亡骸に触れ、ベアトリーチェは後悔に(さいな)まれる。





その時だった。





「カイル王子のお部屋はこちらでよろしいでしょうかぁ!!!!」




ノックもなく、バンッと勢いよく音を立ててドアが左右に開く。

その勢いに思わず目を見開くと、美しいプラチナブロンドの髪を揺らしながら一人の少女が飛び込んできた。


王子付きの侍女が慌てて少女を押さえる。が、それらをひらりと躱し、彼女が王子の元に跪く(ひざまづく)。


そしてその頬にそっと触れた。


そこでようやく私は事態を把握した。


「何をしているの…っ?!お前は…だれ?!気安くカイルに触らないで!!」


少女の肩を掴み、引きはがす。

すると、振り返った少女がにっこりと微笑んだ。


「ベアトリーチェ様ですね。大丈夫です。きっと今ならまだ、カイル様をお救い出来ますよ!」


この時はまだ知らなかった。


この少女が伝説の『白き乙女』だという事を。

物心ついて以来ずっと待ち望み、焦がれて止まなかった救い主だと、この時の私は知る由もなかった。







公爵家の持つ早駆けの馬車に乗り、私たちは急ぎ王子宮へと向かっていた。

その道すがらアレンが語ったパイロンの過去は、それは悲しく苦しいものだった。


愛する人と無理やり引き裂かれ、心をえぐられるようなタイミングでの再会。その過程で壊れてしまったであろう若き日の青年を責めるのは、あまりに酷な話なのかもしれない。


でもそれが、どんなに辛いものであったとしても罪を犯していい理由にはならない。


自分の父を殺し、罪のないルイーズ様に手をかけ、それに関わる人たちの口を封じた。家族もそして自分をも顧みず、ただ一途に彼の人を想う。



(彼は一体、どんな気持ちで今まで生きてきたんだろう…)



共に向かう馬車の中、パイロンは一言も言葉を発することはなかった。

アレンの話を肯定することもなくも否定もせず、ただ黙って聞いている姿は穏やかで、自らの罪が暴かれたにも関わらず慌てる様は全く見られなかった。


まるで最初からこうなる事が分かっていたかのような振る舞いに彼の覚悟を見た気がした。


(パイロン様は自分のためには何も望んでいなかったのかもしれない…ただ一途に…ベアトリーチェ様を想い、彼女のためだけに生きてきた。そして…ずっと自分を責め続けてきたんだ)


そう考えると胸が苦しくなる。



今後パイロンは、王の裁きを受け、それ相応の罪を償う事になるだろう。

その罰はおそらく―――。



私は膝の上に乗せていた両手をギュッと強く握りしめた。

風のように流れる外の景色に目を向けつつ、一刻も早く馬車が王子宮に着くことを願った。









馬の嘶きと共に馬車が速度を落とす。

私たちは馬車が止まり切るのも待たずにドアを開けると、馬車の外に飛び出した。



パイロンの案内で王子の寝室に向かって全速力で突き進む。



(お願い…間に合って……っ)



自分の力がどれほどのものかわからない。けれども時間が経てば経つほど蘇生の可能性は低くなる。無意識にそう感じていた。


パイロンが、ある扉の前に立つ兵士に開けるように指示を出す。が、それを待たずに私は勢いよくドアを押し開けた。



「カイル王子のお部屋はこちらでよろしいでしょうかぁ!!!!」



飛び込んだ先には数人の使用人と仕立てのいいドレスに身を包んだ美しい女性、それに白衣を羽織った老齢の男性が傍に控えている。


そして…ベッドに横たわる幼い少年。



私は急いで彼の元に駆け寄るとその傍らに跪きその頬に触れた。


(温かい…)


まだ温もりの残る体に思わず息を吐く。


(これなら…)


その時、


「何をしているの…っ?!お前は…だれ?!気安くカイルに触らないで!!」


語気を荒げた甲高い声が私の耳に届く。そして肩を掴まれ、強引に後ろに引きはがされた。



(多分彼女が…王妃ベアトリーチェ様…)



この国の人間にしては珍しい黒曜(こくよう)の瞳に艶やかな柘榴(ざくろ)色の長い赤髪。それを片側で緩く編み込んでいるのは看病の邪魔にならないようにしていたからなのだろうか。化粧っ気もなく、飾り気のないシンプルなドレスを一枚身に纏っただけのその姿はとても王妃の装いとは思えない。頬はやつれ、憔悴しきったその様子から、どれだけ長い間王子の病状と向き合ってきたのかが(うかが)い知れる。


彼女が私を見つめる。


その瞳はとても美しく、自分の子を守ろうとする母の強い意志を感じた。


(この人は…パイロン様とは違う。ちゃんと瞳に光がある)


私は肩を掴むベアトリーチェ様の手にそっと自分の手を重ねるとにっこりと笑ってみせた。



「ベアトリーチェ様ですね。大丈夫です。今ならまだ、カイル様をお救い出来ますよ!」



その言葉にベアトリーチェ様の瞳がクルリと揺らぐ。そして後ろに控えていたパイロンに視線を向けると僅かに口を開いた。パイロンがただ静かに頷く。



私の横にアレンが同じように跪く。そして私の手を優しく包むと、その甲にそっと口づけた。


「大丈夫?君にもしもの事があったら僕は…」


アレンの瞳が不安そうに揺れる。


「大丈夫よ、アレン。カイル様の命は絶対に取り戻して見せるから!任せといて!」


不安がないと言ったら嘘になる。でもここは敢えて自信たっぷりに答えて見せた。




そうして私は、カイル様の胸に両手を重ねると静かに目を閉じた。





本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


ようやくここまで来ました。本編ラストまであと少しです。

今しばらくお付き合いくださいませ(*^_^*)


次話もどうぞよろしくお願いします。

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