171 私と塔と脱出劇 終盤
(思い…出した……)
「ステラ…っ!必ず助けるから…っ諦めないで…っ」
アレンの腕がプルプルと震えている。おそらくもう限界なのだろう。
「離して…」
私の頬に熱いものが伝った。
「離して…アレン…。このままだとあなたも落ちちゃう…」
それが涙だと気づくのに相当の時間を要した。
「いやだ…絶対に離さない!!」
アレンが必死の顔で私を見る。
「お願い…手を…放して、アレン。もう嫌なの…私のせいであなたが死ぬのは…お願いだから…手を…離して……康介…っ!」
「……っ!」
アレンが驚愕の目で私を見る。
なぜそう思ったのかわからない。でも今、私の目の前にいる相手は絶対に…。
なぜかそう確信できた。
「全部…思い出した…。分かったの…。アレンは…康介…でしょ…?ごめん…ごめんね康介…。私があの時…あなたの手を掴んだ…ばっ…ばっかりに…巻き添えにして…っ。あなたの幸せ…壊しちゃった…。私のせいで…ホントごめ…っ」
私の頬が涙で濡れる。嗚咽でうまくしゃべる事ができない。
ステラとして転生してから一度も流したことのなかった涙が、堰を切ったようにあふれ出す。
「違う…っ!あれはオレが勝手に…っ」
しっかりと掴んでいたはずの手が、私の重みに耐えかねて徐々に離れていく。
指先だけがかろうじて繋がっている現状に、アレンの声が震える。
「ダメだよ!しっかり掴んで…っステ…っ……紗奈っ!!」
アレンが、支えにしていた左手を離そうとするのが見えた。
その瞬間、
私は彼の手を振り払った。
スローモーションのように落下する私の体が突然真っ白な光に包まれる。
(これが……覚醒…なのかな?)
私の心に巣くっていた闇。白き乙女としての覚醒を妨げていた記憶が一気に解き放たれた途端、信じられないほどの力が体の中に満ち溢れる。と同時に、今まで必死で閉じ込めていた罪の意識に胸が押しつぶされそうに痛んだ。
(私はズルい…生まれ変わっても…)
康介にはずっと幸せになってほしかった。お母さんが亡くなって以来ずっと沈んでいた彼の悲しそうな顔を見るのが嫌だった。たとえ傍にいられなくても、どこかで笑っていてくれるならそれでいい…ずっとそう願ってた。あの日…結婚した康介を見て、お父さんになった彼を見られて本当に嬉しかった。それなのに…。
(彼の幸せを…私が壊した…)
しかも罪悪感から逃れたくて心に鍵をかけて見ないふりをしてたなんて…。
(ホント…最っ低……)
今流している涙だって結局は自分のため。
どんなことがあっても泣かない自分が常に誇らしかった。そんな自分が強い人間なのだと思いあがっていた。
(こんな私が白き乙女とか…笑える…)
恨まれて当然の自分。
それなのに康介は…私が紗奈だとわかって尚、ずっと傍に寄り添ってくれていた。
(アレンには今度こそ絶対に幸せになって欲しい。だから…これでいい)
「ステラ――――――っ!!」
強い光を放ちながら落下していく私の耳に、アレンの声が響く。
遠のいていく声。
それなのに…
その声はなぜか徐々に近づきやがて耳元に迫る。その瞬間、突如腕をとられた。びっくりして目を開きその正体に目を瞠る。
「アレン…っ?!」
「大丈夫。しっかりつかまってて…」
アレンが優しく微笑む。次第に地面が近づく中、その腕に強く抱き寄せられ、その胸にすっぽりと包み込まれた。
あの日と同じように…。
頭を下に落下速度が増す。
思わギュッと目を瞑った瞬間、アレンが軽く指を鳴らした。パチンと響く軽い音と共に、ふわりと掬うように体が浮かぶ。
先ほどまでの強風がウソのように止み、そよ風をまとった空気の塊が優しく私たちを包み込む。
恐る恐る目を開けた私の瞳に飛び込んできたのは静かに微笑むアレンの笑顔。
私たちの体は何事もなかったかのようにそのまま、静かに地面に着地した。
「今度こそ…おまえを死なせずにすんだ」
目元を赤く染めアレンが微笑む。
その顔がクシャっと泣きそうに歪むと、再び強い力で抱きしめられた。
「…違うんだ、紗奈…。違うんだよ。あの日オレが死んだのは…おまえのせいじゃない。おまえはあの日、オレの伸ばした手を振り払ったんだ…さっきみたいに…」
「え…?」
アレンが私を見つめる。
「あの日、おまえと別れた後…見てたんだ、ずっと。おまえの事…。このまま別れたら今度こそ会えなくなる…。そう思ったらいてもたってもいられなくて…つい追いかけた。そしたらお前が事故に…。咄嗟に手を伸ばした。でもおまえは…その手を掴もうとして…やめた。振り払って…微笑んだんだ。その顔を見たオレが勝手に飛び込んだ…自分の意志で…。ただ…おまえを守りたくて…。だから…お前は悪くない。責任を感じる必要なんてないんだ」
「なんで…?なんでそんな事…」
私の目から再び涙がこぼれる。
「康介には大切な人がいたじゃない…。守らなきゃいけないのは私じゃなかったはずでしょ…っ。どうして…っ?!」
声が震える。責めるつもりはないのに…つい口調が荒くなる。
「……好きだったから…っ…ずっと!!ずっと…おまえの事が好きだったから…っ!!」
「……っ!」
「再会して…指輪のないおまえを見て…ひどく後悔した。なんであの時諦めたんだろうって。なんで一度でも自分の気持ちを打ち明けなかったんだろうって…。そんな資格はないって勝手に決めつけて自己完結して、おまえのこと傷つけて…。この世界に転生して、もう一度おまえに会えて…もう絶対に離れないって決めた。今度こそオレの手で幸せにしてやりたいって、そう思ったんだ」
「……なんで?…もっと早く打ち明けてくれればよかったのに。どうしてずっと黙ってたの…?」
「……言えなかった。おまえの話を聞いて、自分がどれだけお前を傷つけてきたか…。怖かったんだ、ずっと。ほんとの事を言っておまえが離れていくんじゃないかって…。もうおまえに…嫌われたくない」
「嫌ってなんか…。康介を嫌いだなんて思った事…一度もない…」
「ごめん…ホント。何もかも…」
私を抱きしめるアレンの腕に力がこもる。その背中に回した私の腕も、強く彼を抱きしめた。
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