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170 私と塔と脱出劇 中盤

塔の4階から本邸へと延びる通路は、まるで城壁のような作りをしていた。

大人の腰高ほどの矢狭間(やはざま)を設けた回廊が本邸へと真っすぐに続く。人が一人通れるくらいの幅しかない通路は挟まれたら逃げ場がない。



(とりあえず…行くしかない…っ!)



この季節にしては珍しく、強い風がうなりを上げる。時折吹き上げる突風に煽られつつも、慎重に歩みを進める。



回廊の中ほどまで進んだ時だった。



「いたぞ!!あそこだ!!」



ビクッとして振り返るその目に、後方から迫る数人の兵士が見えた。


急いで渡り切ろうと前方に顔を向けると、いつの間に現れたのかスチュアートたちが行く手を塞ぐ。



「……っ!」



じりじりと前後方から追いつめられ、逃げ場を失う。




(あ…ダメだ、これ…詰んだ…)





石壁を背に思わず目を瞑る。






(なぁんて事…っ!死んでも思うかっ!!!)






咄嗟に振り返り背にした石壁に両手をかけてよじ登る。そのまま上部に足をひっかけ壁の上に立った。


「ちょっ…っおま…っ!!なにを…っ?!」


低く腰を落とすと反動をつけて踏み込む。慌てて駆け寄るスチュアートを尻目に勢いをつけると、思い切って宙に体を躍らせた。


「おいっ…!うそだろ…っ!!」


私に向かって伸ばしたスチュアートの腕が、あと一歩のところで届かず、むなしく空を掴む。



重力に従って落ちる先には、狭い中庭を挟んだ本邸の屋上部分。距離的には問題なく着地できる、はず。



(大丈夫…っ!いける!)



下から吹き上げる風も後押しとなり確実に飛距離が伸びる。着地の衝撃に備え体勢を整えた、まさにその時だった。




「あっ…」





突然の強い横風に煽られバランスを崩す。


見えていたはずの着地点を見失い、重力に負けた体が真下に向かって引っ張られる。



(…ヤバイ…っ!落ちるっっ!!)



慌てて取り付こうとした本邸の外壁も、思った以上に距離があり伸ばした手が届かない。

両腕が情けなく空を掻き、さすがにもうダメだと諦めかけたその瞬間…、





落下する体が、ガクンと止まった。





強い衝撃が肩に走り、全体重を支える片腕だけが抜けそうに痛い。



「ステラっっ!!」



名前を呼ばれ、ハッと我に返る。


耳馴染んだその声にゆっくりと顔を上げると、


「……アレン…?」


そこにあるのは麗しき幼馴染の姿だった。

苦し気に顔を歪ませ、目いっぱい伸ばした腕で私の腕を掴んでいる。


「もう…なんて無茶するんだよ…。やっぱり君の側を離れるんじゃなかった…」


「…どうして…アレンがここに…?」


いつもの緋色の髪ではなく藍の瞳でもない。

眩しく輝く金の髪に深い緑柱石(エメラルド)の瞳。


でも…私を見る優しい眼差しは間違いなくアレンのモノで…。


「今引き上げるから安心して…もう大丈夫だから」


優しく微笑まれ胸に熱いモノがこみ上げる。

いつでも私が困っている時には必ず助けてくれたアレン。人買いに(さら)われた時も、ルーカスと共に野犬に襲われた時も、カリスタにハメられた時も、そして今も…。

私の窮地を救ってくれたのはいつもアレン。私の…誰よりも大切な人。


苦し気に顔を歪ませながら、アレンが腕に力をこめる。

そんなアレンを見つめる私の胸に不意に何かが影を差す。



(あれ…?この感じ、前にも…)



日の光を背中に背負ったアレンの顔が逆光で陰になる。その顔になぜか前世の…幼馴染の顔が重なった。




「…こう…すけ……?」




無意識に発した言葉にアレンがビクッと体を震わせる。その瞬間、私の体がズルリと下に下がった。


「……くっ!」


アレンが身を乗り出し、かろうじて耐える。上半身は既に外壁の外にあり、支えにしている左腕が外れれば私もろとも落ちるのは必至だ。


「……アレン」


「大丈夫…っだから…!死なせない…っ!今度は…絶対に…っ!」


「……っ」


その言葉を聞いた瞬間、私の脳に唐突にある映像がよぎった。



伸ばされた腕。それを掴む私。強い光を放つ車のハイビームに激しいクラクション…。



「……っ!!」



必死の形相で私の腕を掴むその顔は―――――。











いやだ…………




こんなことで、彼の幸せを奪ってしまうなんて……




私のせいで…




私が彼の手を掴んでしまったばっかりに…っ





薄れゆく意識の中、すっぽりと包み込まれるように体温を感じた。強く抱きしめられているのだと気づき僅かに顔を上げる。


事故の騒ぎを聞きつけた人達が周りを取り囲む。スマホを片手に通話をする人。こちらにレンズを向けている人…。


私はそれらを冷静に、ぼんやりと見つめていた。


どちらのモノともわからない温かな血だまりがアスファルトの上に広がる。冷えていく指先をかろうじて持ち上げ、意識のない彼の頬にそっと触れた。


やがて彼の体から徐々に力が抜け、私を抱きしめていた腕が血だまりの中に落ちる。間を置かず、微かに耳元で聞こえていた呼吸音が静かに止まった。

真っ赤な血の海にゆっくりと沈む彼の結婚指輪(マリッジリング)をぼんやりと見つめていると…涙が一筋、頬を伝った。

そして徐々に私の視界も暗くなり……。


それが最後だった。


私たちはその後、二度と目覚める事はなかった。







(思い…出した……)








本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


色々と伏線を回収しつつ突っ走っております。

今しばらくお付き合いくださいませ。


次回もどうぞよろしくお願いします。

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