167 私と指輪と黒幕登場
シンプルな作りのプラチナリングは明らかに結婚指輪。
はめる機会は残念ながら来なかったけど、私も昔少しの間だけ持っていたことがある。
(とっくの昔に売っぱらっちゃったけどね)
そんな私の言葉に、康介はビクッと顔を上げ、なぜか慌ててそれを隠した。
「えー知らなかった。って言っても当たり前か…。いつ?」
康介は上目遣いで私を見ると再び視線をそらした。
「……もう…4年になる」
「そうなんだ。お子さんは?」
「…2人。上が男で…下が女。3歳と1歳になる」
「そっかぁ。へぇぇ、康介がお父さんねぇ…。なんか想像つかないなぁ」
私の質問に康介がぽつりぽつりと話し出す。良かった、とりあえず会話は成立しそう。
「紗奈は…?」
「え?」
「結婚…。したんじゃないのか?大学ん時、付き合ってた先輩いただろ…?」
康介が私の左手を見つめながらそう聞いてきた。
「ああ……」
私は左手をひらひらさせながら康介に見せる。
「色々あってさ。結局別れちゃった」
へへっと笑ってみせる。
「いつ?」
「ん?」
「別れたの…。いつ別れたんだ?」
「えっと…24の時?だから5年前かな?」
「……」
康介が自分の拳をギュッと強く握りしめた。でも私はそれに気づかない。
彼がその時何を考えていたのか、この時の私は全く知る由もなかった。
それからはお互いの近況を報告し合った。
自分がコンサルティング会社で働き始めた事、趣味で資格を取る事にハマっている事など、たいして実のない話を康介は穏やかに聞いてくれた。
一方康介は大学を卒業後、大手建設会社に入社。一級建築士の資格を取って今は九州の支社で活躍しているのだという。そこで知り合った今の奥さんと結婚して今は子供が二人もいるお父さん…。
「ふふっ」
「なに?」
突然笑い出した私に康介が顔を上げる。
「康介は今、幸せ…?」
大分お酒の回った頭でそんな事を聞いた。
「………ああ」
少し間をおいて康介が答える。
「そっかぁ…。ふふっ、よかったぁ。康介にはねぇ…ずぅーと、幸せになってもらいたかったんだよねぇ。私康介の事だぁいすきだったからぁ…。あとねぇ…こんな風にぃ、また康介と話せるなんて思わなかったから嬉しい。へへっ…今日はすっごくいい日だぁ」
外で誰かと飲んでこんなに酔っぱらった事は初めてだった。きっとそれだけこの再会が嬉しかったんだろう。気持ちが大きくなりつい幼い頃の調子で余計な事まで口走ってしまう。
(いいよね、もう会う事もないだろうし。酔っぱらいのたわ言だと思って聞き流してね、康介)
それから私たちは、店を出て別れを告げた。
「大丈夫か」と聞かれフワフワした頭で大きく頷く。ヒラヒラと手を振り、楽しい気分そのままに視界に入ったコンビニに立ち寄った。
大好きなハッシュポテトを一つ買って店を出る。
そこに遠くから、さっき別れたはずの康介がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
(あれ…?康介?どうしたんだろ?忘れ物かな…?)
そう思った瞬間、誰かの肩にぶつかった。買ったばかりのハッシュポテトが私の手からすり抜ける…。
(ああ!私のポテト…っ!まだ一口も食べてないのに!)
慌てて体をかがめた瞬間膝の力が抜けた。体がぐらりと傾く。
(うわ…転ぶ……っ)
咄嗟に掴もうとしたガードレールをつかみ損ね、上半身が道路に飛び出す。
突然照らされた強い光と激しいクラクションに自分の身に起きている事を悟った。
康介が何かを叫んでいる。
そして伸ばされた手を私は―――――。
「……っ!は…っ!あ……っ」
落ちるような感覚に体がビクッと震えた。
全身から流れる汗に体が一気に冷たくなる。ハアハアと聞こえる荒い呼吸が自分のモノだと気づくのに多少の時間を要した。
(夢…?どっちが…?)
意識がはっきりしてくると、視界に入るのは石造りの天井。高窓から入る日の光のおかげで、自分がいるのがアドラム邸の塔だという事を認識した。
「こっちが…現実……」
ホッと安堵の息が漏れ出る。無意識によかったと思う自分がいる。
(何なの…今の夢…。あれ…あの後いったい…どうなった…?)
混乱する頭を抱えていると、
「目が覚めましたか?」
聞き覚えのない穏やかなバリトンボイスが耳に響いた。
ビックリして顔を向けると、見知らぬ男性が枕元に座っている。
「だ…だれ?」
その男はきれいなガラス玉のような瞳で私を見つめたまま、額に触れていた手をそっと離した。
絹糸のような銀髪にグリーン味を帯びた黄色の瞳、若く見えるが目尻にうっすらと浮かぶ薄ジワを見ると既に40は超えている年齢だろうか。
「失礼しました。私はパイロン=アドラム。このロクシエーヌ王国で宰相を拝命するものです」
「パイロン…様…?」
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
昨日は感想も頂き、勉強させて頂きました。
次回もどうぞよろしくお願いします(^^)




